第636話 リーナはちょっとご不満です。




 さて、〈決闘戦〉だが……、次の火曜日に行なうことに決まった。

 来週はダンジョン週間で学園は休みだからな。

 今日が水曜日なのであと6日だ。


 俺はその間、しなくてはいけないことがある。

 と、早速動こうとしたところで声をかけてきた人がいた。


「ゼフィルス殿、久しぶりだな」


「ん? ダイアス先輩、久しぶり。……また背が高くなったか?」


「ははは、我ながらこの身長がいつ止まるのかまるで分からん」


 会議後、多忙のユーリ先輩と学園長は俺と何点か話した後すぐに帰って行った。

 今回は公証人のような立場なのであまり片方に肩入れしないようとしているようだ。


 その代わり話しかけてきたのは〈ホワイトセイバー〉の現ギルドマスターの大男ダイアス先輩だ。相変わらず背がむちゃくちゃ高いな。聞けばやはり前よりも高くなったらしい。まだまだ成長期ということか。


 以前アイギス加入の時に話した時は堅い口調だったが、〈学生手帳〉のチャット機能を通じて会話していくうちにだんだんと堅さが取れ、今では気安い口調で話し合う仲である。

 ただ、ダイアス先輩の後ろに控えるサブマスターのニソガロン先輩とはあの時以来なので軽く挨拶する程度だ。


「それでどうしたんだダイアス先輩」


「どうしたんだ、ではないだろう。なぜ〈エデン〉が勝ったら俺が親ギルドのギルドマスターに就任することになってんだ? そこら辺が分からなくなって聞きに来た」


 いやあ、それは話の流れでつい。


「しかし悪い話でも無いだろう? 話し合いの席でも否定しなかったし」


「ふ、まあな」


 ダイアス先輩は以前〈テンプルセイバー〉で活躍していたが、派閥争いかなんかで負けて下部組織ギルドのギルドマスターをやらされていたという話は既に聞いていた。別に下部組織ギルドのギルドマスターが悪いわけでは無い、学園からちゃんとした評価を貰えるからな。しかし、いくら良く取り繕っても実際は左遷のようなものだ。


 ダイアス先輩は〈テンプルセイバー〉のメンバーのことを〈ホワイトセイバー〉からずっと見守り続けてきた。〈テンプルセイバー〉がランク落ちして脱退者が出るときも、方々を駆け回り受け入れ先のギルドを探していたのを俺は知っている。責任感が強い人なのだ。

 職業ジョブも高位職、高の中、「貴人」カテゴリーの【正義漢】だからな。


 今の〈テンプルセイバー〉はさっきセレスタンが遠回しに言ったように落ち目のギルドだ。というか今回負けると本当に落ちたギルドになってしまう。なりふり構わず〈白の玉座〉を取り戻そうとしているからな。

 今回の〈決闘戦〉で負ければ〈テンプルセイバー〉は多分自然解散する。あのギルドマスターたちを見る限り大きく間違いは無いだろう。


 しかし、今の〈テンプルセイバー〉メンバーを受け入れてくれるギルドが果たしてあるだろうか?


 元Aランクギルドのメンバーだった者たちだ。それがDランクに落ちたとする。その失意は相当大きなものとなることは想像に難くない。しかも1年生ギルドに負けたとなれば元Aランクギルドのプライドも粉々だろう。腐る者も出てくるはずだ。装備以外全部無くなってしまうし、どうなってしまうか分からない。


 それを止めるにはまるっと交代してしまうのが手っ取り早い。社長チェンジだ。むしろ会社チェンジ?

 要は解散できないよう下部組織ギルドに押し込めてしまえば良いわけだ。


 下部組織ギルドのメンバーは親ギルドのギルドマスターの許可がないと脱退できないからな。解散の権限を一時的にダイアス先輩に譲るということになる。


 これで〈テンプルセイバー〉は首輪が掛かった状態だ。


「嫌だったかな? ダイアス先輩?」


「こいつめ。ふふふ、まあ俺たちの代の負の遺産を後輩に引き継がせるわけにもいかない。卒業までにはしっかり地に足の付いたギルドに立て直せるよう努力しよう」


 どうやらダイアス先輩はしっかり〈テンプルセイバー〉も立て直す心算のようだ。大きな男だぜ。


「元々上級職の多いギルドだし誰かが使っている装備を賭けてもらうつもりも無い。極端に弱体化するわけじゃ無いからそこまで苦労はないかもしれないけどな」


「その言葉通りなら確かにそうなんだがなぁ」


 うむ、ダイアス先輩の言いたいことはなんとなく分かる。

 今回負けたら立て直しはとても大変だ。


 しかし、そんなギルドの長をしなくてはならなくなったダイアス先輩の表情はとても晴れやかだった。




 ダイアス先輩たちと別れた後、俺はギルド部屋へと向かう。


「リーナいるか~」


「ゼフィルスさん! リーナはここにおりますわ!」


 部屋に入ると元気なリーナの挨拶が返ってきた。

 摺り合わせの内容を聞いてもらうためリーナにギルド部屋に来てもらっていたのだ。


 交渉と言えばリーナの出番だ。

 俺を見てパァっと輝く花の笑顔で出迎えてくれる。頬も若干染まっているように見えるのは気のせいか? 一人称が自分の名前になっていることといい、リーナのテンションが高い。


「ごきげんようゼフィルスさん、ささ、どうぞこちらに来てくださいませ。良い紅茶が手に入りましたのよ」


 そう促され、リーナの真横の席に案内されて座る。あ、隣なんだ。対面の席じゃないんだ。


 リーナはそれを見届けると立ち上がり、ルンルンと弾むような仕草で紅茶の準備をして、クッキーと一緒に俺の前にそっと出してくれた。

 とても良い香りだ。茶葉がしっかり開いているのだろう。セレスタンやシズが入れてくれた紅茶に引けをとらないのではなかろうか? ちなみにだが、セレスタンとシエラはもう帰ったためここにはいない。というよりあちらもやるべき事があるので解散したという言い方が正しいか。


 そして俺はありがたく香りを堪能しながら紅茶をいただいた。うん、美味い。

 セレスタンがいつも紅茶を用意してくれるおかげですっかり紅茶の味が楽しめるようになった俺が太鼓判を押そう、とても美味しいぞ!


「どうでしょうか?」


「美味い。特に香りが良いなぁ」


「はわ、嬉しいですわぁ」


 俺がそう感想を言うと、リーナがさらに花開いたように微笑んで紅茶の説明をしてくれる。なんだか距離感がとても近かった。


 クラス対抗戦の決勝戦でリーナがとても頑張ってくれたことをたっくさん褒めてからかな、なんだかこうなってしまったのだ。いや、凄く楽しかったんだよ。ゲームしているみたいでさ。だから俺は自分のつむげる言葉のかぎりを尽くして褒めたのだ。

 そうしたら何だろう、距離が縮まった? うん。なんだかぐいぐいくるようになったのだ。


 リーナは公爵令嬢なのに紅茶を入れるのが趣味らしく、この世界に来て紅茶通(飲み専)になりつつあった俺がそれも褒めるので、最近はリーナがどこの紅茶どうの、新しい紅茶が、と言って色々と購入してきてティータイムをするようになった。

 正直、とても気分が良いです。


 おっと、あまりに気分が良すぎて和みすぎてしまった。

 ティータイムも落ち着いたところで先ほどの話に移る。正直、ずっとティータイムしていたいんだけどな。


 先ほど纏まった話をリーナにも説明した。


「まあ、それは。結構大事になっておりますわね。それで、わたくしは何をすればいいんですの?」


 さすがリーナ、話が早い。いや、ここまで来るのに時間を掛けすぎたような気もする。いや、きっと気のせいだろう。


 リーナにはいつも通り交渉役を頼んでおいた。

 それと、もう一つ重要な話がある。


「ニーコは今どれくらいの証を持ってるんだ?」


「ニーコさんですの?」


 あれ? なんだかリーナの雰囲気が少し変わったような? 気のせいか?


「あ、ああ。中級中位ダンジョンの攻略状況を知りたいんだ」


「……それでしたらたしか二つ持ちですわね」


 リーナの答える二つ持ちとは〈攻略者の証〉を二つ持っている、という意味。

 つまり中級中位ダンジョンを二つクリアしているということだ。


「ニーコさんの攻略状況を聞くと言うことは、ニーコさんを中級上位ダンジョンに連れて行こうと計画していますわね?」


 さすが、リーナにはごまかせないようだ。ごまかそうとも思っていないけどな。


 そう、俺はニーコを中級上位ダンジョンへ連れて行こうと計画している。

 とある〈金箱〉産のドロップを狙うためだ。あと数日しかないため、急ぎ準備する必要があった。


「なら、わたくしもついて行きますわ」


「え?」


 予想外の言葉が出て思わずリーナと目があった。その視線はとても真剣だ。


「わたくしもこの機会に中級上位ダンジョン、見ておきたいですし。最近はゼフィルスさんともダンジョンにも行けてないですもの。この前のクラス対抗戦なんか敵側でしたわ! 皆さんゼフィルスさんと一緒に戦っていたのにわたくしだけ……ずるいですわ!」


「ちょ、ちょっとリーナ落ち着け?」


 なんだか自分で口にしているうちに感情が高ぶっているようだ。

 二の腕を優しくタッチして落ち着かせる。


「し、失礼いたしましたわ。わ、わたくしったら、はしたない」


 お、おう。よかった。落ち着いてくれた。

 しかし、ここまで不満が溜まっているのはギルドマスターとして見過ごせない。

 確かに最近はリーナとの時間を多く取っているが、やはり一人だけ敵側だった、というのが尾を引いているようだ。


「そのなんだ、ごめんな? 確かにそうだった、よし、じゃあ明日からは一緒にダンジョン攻略をしようか」


「よろしいですの?」


「よろしい。リーナとのダンジョン攻略を断るなんてしないさ」


 最近、上級職組とばっかりダンジョンに潜っているのは認める所だ。

 俺がもちろんウェルカムという態度で頷くと、リーナは再び花が咲いたような笑みを浮かべたのだった。


「ありがとうございます。ゼフィルスさん」




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