第618話 歴史的瞬間? 勇者とユーリ王太子、握手!




「ラナ?」


 人波を掻き分けて進んできたユーリ王太子が俺の後ろに半分隠れたラナを見て呟くと、辺りはシンッと静まりかえった。


 エステルからうっすらとだが事情は聞いている。

 ラナは兄と喧嘩中? みたいな事を。


 ラナは俺の装備をギュっと掴んだまま顔だけそっと出してユーリ王太子を見ていた。いつものラナと大違いだ。

 なんとなく小動物を感じさせて、いつものギャップに少し驚く。ちょっと、守りたくなってしまうかわいさがある。しかしお兄さんの前だ。俺は自重が出来る男である。そっとラナが身を隠す障害物役に徹した。


 いったいどんなことを話すのか、王族同士、兄妹の会話を誰もが固唾を呑んで見守っていた。


「…………」


「…………」


 しかし、二人とも無言。

 久しぶりで偶然の邂逅みたいだし、言葉が上手く出てこないのかもしれない。

 二人共話したそうな雰囲気は感じるのだが、これは時間が掛かりそうだ。

 ラムダの方に視線を向けるが、ラムダも含め、向こうのメンバーも少し困った顔をしていた。


 助け舟が必要かもしれない。


「ラムダ、そちらの方がパーティメンバーか?」


「! ああ、紹介しよう。こちらの4人が今日のパーティメンバーで、この方は俺の所属する〈キングアブソリュート〉のギルドマスター、ユーリ殿下だ」


 俺がラムダに紹介してほしいと声をかけると、ラムダはすぐに乗ってきた。

 俺の意図を察してユーリ王太子に発言させるために自然な流れを作ってくれる。さすがはラムダだ。


 紹介されたユーリ王太子も少しすまなそうに笑ってからその流れに乗る。


「はじめまして、〈戦闘課3年1組〉のユーリという。〈キングアブソリュート〉のギルドマスターを務めている。〈エデン〉にはいつも妹が世話になっている」


「はじめまして〈戦闘課1年1組〉のゼフィルスといいます。ギルド〈エデン〉のギルドマスターをしています。こちらこそ、ラナにはいつも助けられていますよ」


 一応王太子という手前、丁寧にしゃべってみる。

 え? ラナはって?

 ラナとの初めての邂逅の時はアレだったからなぁ。例外ということで一つ。


 そのまま俺はユーリ王太子とグッと握手を交わす。

 一瞬〈メビウスの輪〉がチラッと視界に入った気がしたが、気のせいだろうか?

 あと、妙に〈中上ダン〉全体がざわめいている。ざわついているのは主に後ろの野次馬だけどな。少し声が聞こえる。


「お、おい。これって歴史的瞬間なんじゃないか!?」


「勇者と王太子、初めての邂逅からの友好的な握手!? これはニュースだ!」


「イケメンが二人グッと握手していて目がふやける~」


「涙で前がよく見えない」


「何してんのよ、ここは網膜に焼き付けるところでしょ! 涙なんか溜めている暇は無いわ!」


「お前ら少しは落ち着け、こっから勇者氏と王太子殿下がどんな会話をするのか聞こえなくなってしまうだろう」


「も、もう少し前に行ってもいいかしら」


「おいバカ止めろ。みんなこの出会いの瞬間にテンション上がっているのはわかるがマジで落ち着け、邪魔しちゃダメだ!」


「いや、止めないで!」


「いや止めるぞ!? 止めないわけないだろう!?」


 …………。

 ここでは落ち着いて話をするのは適していないようだ。


「えっとユーリ王太子殿下」


「ああ、僕のことはユーリでいいよ。口調も気にしないでくれ、ここは学園だからね。僕のことも一生徒として、そうだねラナに接する時と同じ感じで頼むよ」


 おお、本人から口調は気にしなくていいと言われたぞ。思っていたより気さくな方だ。

 とはいえラナに対する言葉使いをそのまま言うわけにはいかない。

 あれはちょっと砕けすぎているからな。


「そう、か? ではユーリ先輩で」


「うん。それで構わないよ。ゼフィルス君とは是非友達になりたいと思っていたんだ」


 友達、というワードに周りがざわめく。

 その気持ちは分かるぜ。俺だって驚いている。

 つまりは、友達感覚でしゃべってくれ、ということか?


 友達になるのは大歓迎だ。実は俺もラナの兄さんには聞いてみたいことが山ほどあるんだ。

 俺は少しずつ距離を測りながら踏み込むことにした。


「ユーリ先輩もダンジョン行くのか? 今日はどこのダンジョンに行く予定?」


 ここで立ち話もなんなので、話の場をダンジョンに移すためにそう聞くとユーリ先輩は少し困った顔をした。

 俺はラムダに視線を向ける。ラムダもちょい困った顔だ。

 言いづらいのか? ふむ、話を振ったのは俺だし、先に俺が答えようか。


「俺たちは〈芳醇の林檎ダンジョン〉に行くところなんだ」


「ええ?」


 そう言うとラムダからビックリという声が漏れた。

 なぜか〈キングアブソリュート〉のメンバーもビックリしている。

 そして一番ビックリしているのはユーリ先輩だった。チラチラとラナを見ている。


「どうかしたのか?」


「いや、俺たちも同じところに行く予定で、ね、ユーリ殿下」


「うん。まあそうだね……」


 なんとなく歯切れが悪いが目的地が同じならちょうどいい。


「なら一緒に行かないか? 俺たちは10層の転移陣に向かう予定なんだが」


「あ、それなら俺たちも一緒だ」


 ラムダの返しにちょっと驚く。マジか、しかしあんなところになんの用だ?

 あの辺はあまり美味しい場所ではない。上級ダンジョン攻略中に潜るような場所ではないんだが……、これが40層ならMPポーション系素材を取りに行くで分かるんだが。


 まあいいか。目的地が一緒なら好都合だ。


「じゃあ、とりあえず行ってみるか。ボスはすまないが午前中俺たちが倒してしまったんだが」


「ああ、構わ――」


「ふむ、そういうことなら、今回は遠慮しておこうラムダ」


「え?」


 しかし、ユーリ先輩がそっと何かを言いかけたラムダの肩に手をかけて首を振る。

 銀髪が揺れて後ろから少しだけ黄色い声が聞こえた気がした。


 ああ、なるほど。〈リンゴダン〉10層付近は人気が無い、つまり人が少ない。ユーリ先輩たちの目的は俺たちと同じように職業ジョブの練習だったのかもしれないな。俺は納得した。


 ラムダもなんだかきょとんとした顔でユーリ先輩に振り返り、そのまま何かに納得したかのように一歩下がる。

 そのおかげでユーリ先輩が前に出た。


「誘ってくれてありがとうゼフィルス君。今回は残念だが、近いうちに話し合う機会を設けたいが、いいかい?」


 確かに、今回は突然だったからな。こういうこともあるだろう。

 しかし、ゆっくり話す機会を設けてくれるのはありがたい。元々ダンジョンに誘ったのもここじゃ話すのが落ち着かなかったせいだから。

 現Sランクトップギルド、〈キングアブソリュート〉のギルドマスターとの話とか、うむ聞きたい!


 俺は喜んで了承する。


「もちろん。あ、これ俺の〈学生手帳〉のアドレスだ。いつでもチャットしてきてくれていい」


「ありがとう。お言葉に甘えさせてもらうよ。――それじゃあ、みんな行こうか」


「はい!」


「じゃあねゼフィルス君、少しだけど話せて嬉しかったよ。――ラナも、またね」


「…………うん」


「ははは……」


 最後にラナに話しかけてみたユーリ先輩惨敗。

 ラナは別に無視していたわけじゃないが、なんだかずっとムッとしてユーリ先輩を見つめていた。


 残念そうに苦笑すると、ユーリ先輩はメンバーを引き連れ〈中上ダン〉から退出していったのだった。


 それを手を振って見送り、俺たちは少し元気が無いラナを連れ、再び〈リンゴダン〉へと入ダンする。


「は~」


 なかなか深い溜め息を吐くラナ。珍しい光景だ。


「ラナ、大丈夫か?」


「〈ゴールデンアップルプル〉のリンゴジュースを飲めば、大丈夫になると思うわ」


 うむ、やはり少し元気が無いな。

 お兄さんについて、気軽に触れていいのか分からないので、事情を知っていそうなエステルにこっそりと聞いてみる。


「ラナとユーリ先輩はまだ喧嘩中なのか?」


「はい。もう2年ほどになります」


「そりゃ長いな!」


 筋金入りだ。そりゃギクシャクするわ!


「とはいえユーリ王太子が誠意を込めて謝れば多分ラナ様も許すのではないかと思いますけど。多分久しぶりすぎて何を話したら良いのか分からなくなってしまっただけだと思います」


 ふむ、やはりそうなのか。なんだかエステルの言葉の端からラナがそこまでユーリ先輩のことを嫌ってはいないというのが伝わってくるようだ。

 もし、ラナが相談してきたら乗ってあげようと思う。


 ちなみに今日の午後のダンジョンだが、ラナに元気を出してもらうために〈オカリナ〉回復後の即使用によって呼び出された〈ゴルプル〉2体はまた狩られ、俺たちはその日、〈芳醇な100%リンゴジュース〉を計5本も手に入れたのだった。


「5本よ5本! 帰ったら絶対試飲するわ!」


 ラナは、先ほどのユーリ先輩との邂逅を忘れたかのように大はしゃぎしていたよ。さっきからまったく話題にしないんだ。お兄さんは泣いていいかもしれない。

 まあラナの元気が出て良かったよ。でも全部は開けさせないぞ?


 その日は〈リンゴダン〉の20層を突破。とりあえずこれでダンジョンは終わりとした。


 20層フィールドボスは〈ツイン・リンウッズ〉。2体に増えちゃった〈リンウッズ〉も倒し終えたので、そのまま転移陣で帰還したのだった。




 そしてユーリ先輩からの連絡だが、――その機会は思いのほか早くやって来た。



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