第409話 最前列の女子より前にいる、只者じゃない先輩。
―――キーンコーンカーンコーン―――。
学園の6限目のチャイムが鳴り、それと同時に学生たちの弛緩した声、では無くとても残念というようなため息が聞こえてきた。
現在金曜日。俺が臨時講師をしている選択授業〈育成論〉の授業が終わったところ、聞こえてきた反応がこれだった。
いやあ、みんな勉強熱心で嬉しいよ。
「じゃあ今日はここまでにしよう。質問があれば少しの時間だけだが受け付けるよ」
「ゼフィルス先生! 本日〈エデン〉はDランクギルドの昇格試験を受けるとのことですが、お時間は大丈夫なのですか!?」
そう言って高らかに手を上げるのは、確か二年生の【錬金術師】の人だ。
この人はすごく勉強熱心で、いつもかぶりつきで真剣にノートを取っているのが印象的だ。
しかも、初期から参加している女子1年生たちが大体最前列を埋め尽くしている俺の授業で、ここ何回かは最前列中央の席、つまり教卓の目の前の席に座っているためとても印象に残っている。
周りの1年生女子のチームワークを持ってしてもこの人との席取りには敵わないらしい。
只者じゃないな。
「よく知ってるな。その通り、今日は俺が所属しているギルド〈エデン〉のDランク昇格試験があるんだ。午後5時からだから少しは時間が取れるけれど、いつもみたいな時間は取れないと思ってほしい」
俺が申し訳なさそうに学生たちに告げると、周りからキャーキャーという黄色い声と、うおーという嘆きの声が聞こえてきた。
キャーキャーのほうは要約すると1年生しかいないギルドなのにもうDランク昇格試験に参加するとかすっごいよね。という声が大半のようだ。
嘆きの声のほうは……主に上級生だな。要約すると1年生ギルドに抜かされるという切実な声が聞こえる。〈育成論〉と〈転職〉で強くなって出直してきてくれ。
そんな悲鳴で講堂内がざわめく中、教卓の前の【錬金術師】二年生がそんなことお構いなしとでもいうように距離を詰めて来た。
「ではゼフィルス先生! 質問よろしいでしょうか? ここの説明の部分なのですが」
「あ! 抜け駆けよ! 先輩が抜け駆けしようとしているわ!」
「くっ、出遅れたわ!」
「なんてこと!」
おお。抜け駆けかは分からないが、【錬金術師】二年生さんが質問してきたことにより一瞬で周りのざわめきが収まったぞ。
まさか【錬金術師】二年生さんはこれを計算して距離をつめてきたのか?
今日はあまり時間が無いから貴重な質問タイムが潰れなくて助かった。
やはり只者ではないな。
【錬金術師】二年生さんの活躍(?)によりいつもの質問タイムとなったので丁寧に一つ一つ答えていき、午後4時前に質問タイムは終了することになった。
急ぎ足だったが、それなりにスムーズに進んだと思う。
【錬金術師】二年生さんがことあるごとに場を鎮めてくれたおかげだな。ただ積極的に質問してきただけだが、みんな俺の答えを聞き逃すまいと静かになるんだよ。
「ありがとうな、えっと」
「いえいえいえはい! どういたしまして! あ、私の名前、セルマって言います! 覚えてくれると嬉しいです!」
「セルマ先輩か、覚えたよ。改めてありがとう、助かったよ」
「はう。天国」
「じゃ、俺はDランク昇格試験に行くから。みんな、また来週!」
帰りがけにお礼を告げるとお名前が判明した。セルマ先輩な。
なんか天に召されそうな幸せそうな顔をするセルマ先輩、大丈夫かなぁと思いつつみんなにさよならを告げると、
「あ、ゼフィルス先生! 昇格試験、見に行きます!」
「見学させてもらいます! 先生の勇姿、見たいです!」
「私も絶対行きますね!」
「応援しに行きます!」
前列の女子たちから熱く参加を表明された。
「え、いや。だがただのDランク昇格試験だぞ? そりゃ応援に来てくれるのは嬉しいが」
昇格試験というのはギルドバトルのようで、やっぱり普通のギルドバトルではない。
何かを賭け、勝者を巡る負けられない戦いがギルドバトルを熱くするのだ。
しかし、今回の昇格試験は勝っても負けても構わない。むしろDランクがEランクギルドを見るのだ。接待とまでは言わないが、ある程度手加減されるのも仕方が無い。
むしろ、下位ギルドを本気出してぶっ潰そうとする試験官がいたらそっちの方が問題だろう。
故に、緊張感という面で少し気の抜けたギルドバトルになるだろうと俺は予想している。
それに今回〈ジャストタイムアタック〉戦法も〈馬車〉も〈竜の箱庭〉すら使わない予定なのであまり見る価値の乏しいものと言わざるを得ないのだが。
しかし、彼女たちにはそんなこと関係ないようだった。
「ゼフィルス先生だもの、昇格するのは決まっていますよ!」
「むしろ落としたら暴動が起きる」
「大丈夫です! 私たちはゼフィルス先生がギルドバトルをしているところが見たいだけですから!」
「正直者! でも私も純粋にゼフィルス先生を応援したいだけだよ!」
「この横断幕持って応援するからね」
「それ、いつの間に作ったの?」
前列女子が全員参加を表明するだけではなく、3人くらいの女子が一緒になって横断幕を広げる。隣の女子が思わずツッコむが、俺も思った。いつ作ったの?
いつの間にか横断幕が完成していた件。
しかも内容、『ゼフィルス先生』と書かれていた。そこは〈エデン〉じゃないんだ。
本当に、いつの間にこんなの作ったのだろう。
いや、応援に来てくれるというのはありがたいことだ。
とりあえずお礼を言っておく。
「ありがとうみんな。応援に応えられるよう今日は頑張るよ」
すると黄色い声が鳴り響いた。
中には隣の子に支えられている子もいる。大丈夫だろうか。『リカバリー』いる?
「ゼフィルス先生! そろそろお時間が迫っています。そちらのセレスタンさんも急かしていますよ」
「おお? ああ、ありがとうセルマ先輩。じゃあな」
気が付けば午後4時を回っていた時間に気付かされ、俺は授業を受けている〈エデン〉の関係者とセレスタンを伴い、足早に第六アリーナへと向かったのだった。
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