第367話 〈ホワイトセイバー〉からの移籍要望。




 大男ダイアスが視線を下げメルトを見つめていた。


 その様子はまるで大人と子どもの図のようだ。言葉にはできないが。

 あと、後ろのミサトは何故そんなにも目を耀かせているのだろう。

 俺の耳には「メルト様、ちっちゃくてかわいい」なんて言葉が聞こえた気がしたが、きっと気のせいだろう。


 大男ダイアスがメルトに問う。


「理由を、聞いてもよろしいか?」


「先も言ったが安い。交渉したければ最低30億ミールは持ってこい。話はそれからだ」


「ぬ、30億ミールか」


 メルトの言葉に大男ダイアスが困った顔をする。確かに30億ミールなんて言われたらビックリするだろう。普通こんな金額を用意できる学生はいない。用意できるとすれば生産ギルドか、ほんの一握りの戦闘ギルドくらいだろう。

 しかし、これにはちゃんと理由がある。


「俺から説明するが、以前学園からも〈ダンジョン馬車〉作製依頼があった。その時の報酬は70万QPを超えてたんだ。レシピを買い取りたければそれ以上でないと割に合わない」


「ぬう。70万QPで作製のみの依頼か……」


 メルトの言葉足らずではまずいと思ったので補足説明する。

 QPとミールのレートは約1000倍。70万QPなら7億ミールと同等の価値がある。


 ただの作製で70万QPの報酬だったのだ、買い取りなら最低でもその3倍か4倍は貰わないと割に合わない。いや、現在の希少価値的にもっともらっても良いくらいだった。


 とはいえ彼らがこれを知らなかったのは仕方ない。

 例のクエストはわざわざ学園を通して指名依頼されたものだった。そのクエストの内容がそうそう公開、流失したら学園の不手際が追及されるからな。学園側からは公開されない。

 まあ、自分たちで言うのなら話は別だがな。

 〈馬車〉を見れば誰がどこに依頼をしたかなんてすぐ予想できるし。


 〈ホワイトセイバー〉のリーダーもそれが理解出来たのだろう。

 素直に引き下がった。


「では、親ギルドにはそのように伝えよう。おそらく交渉の席には立てないと思う。最低30億ミール、今の〈テンプルセイバー〉にそれほどの資産は無いはずだからな」


 ずいぶんあっさりと引き下がる、と思ったが、もしかしたら元々断られると思っていたのかもしれない。


 しかし、〈テンプルセイバー〉は〈馬車〉を欲しているのか。

 〈テンプルセイバー〉は以前〈獣王ガルタイガ〉相手に〈馬車〉レシピを賭けて〈決闘戦〉を挑んだというし、どうしても〈馬車〉を手に入れたいようだ。

 上級へ躍進する気なのか? 確かに上級ダンジョンの装備群を手に入れればギルドバトルで逆転を狙えるだろう。


 簡素な物なら〈大図書館〉にレシピがあるのだが、それを勧めてみようか? 見た目はトロッコだが。

 Aランクギルドの騎士が乗るトロッコ……。

 やめておいてあげよう。


「すまないが〈ホワイトセイバー〉からも要望がある」


 大男ダイアスが姿勢を正して言う。

 先ほどの話し方から察するに、おそらくこっちが本命なのだろう。


 メルトはそんな大男ダイアスを見上げながら何故か目を細めていた。

 高身長が気に入らないのだろうか?

 そして後ろからも「嫉妬するメルト様かわいい」という声が聞こえた気がしたが、きっと気のせいに違いない。


「手短にな」


 メルトが淡々とした口調で先を促す。

 しかし大男ダイアスは気にした様子もなく頷いた。


「我らは親ギルド〈テンプルセイバー〉が近いうちBランク落ちすると睨んでいる。故に、脱退者を出す前に〈エデン〉に数人を移籍させてもらいたいのだ」


「……ほう!」


「後ろの4人は職業ジョブが中位職というだけで下部組織ギルドに燻っている。しかし腕は悪くない。だが親ギルドのランクが下がればここの何人かは皺寄せを食らい脱退を余儀なくされるだろう。〈エデン〉は〈転職〉を行えば受け入れは可能だと噂に聞いた。ここの4人は〈転職〉を受け入れているメンバーだ。例の〈面接〉は受け損ねてしまったが、もしそちらさえよければ今からでも移籍を頼めないだろうか」


 少し前にミサトが開催した〈エデン〉の下部組織ギルド加入の大面接。

 〈ホワイトセイバー〉はそれを見て〈エデン〉がメンバーを募集していると判断し、交渉しに来たのだろう。

 まさか、こんな話が来るとは思わなかった。

 何気に初めての経験である。しかし、考えてみればおかしくはない。むしろ今まで交渉しに来たギルドが一つも無かったことの方が不自然かも知れなかった。まるで誰かに止められていたかのようだ……。気のせいか?

 そういえば、なんで〈ホワイトセイバー〉はこんなところダンジョン内で俺たちが来るのを待っていたんだろうか?


 おっと、話が逸れかけた。

 俺はそこでようやく大男ダイアスの後ろに直立する4人を確認する。


「ほほほうー!」


 全員が規格が統一されたプレートアーマーを着ているが兜は身につけておらず顔はさらけ出している。男子が2人、女子が2人だ。

 そしてそのうち2人は「騎士爵」のカテゴリーである〈盾と馬のブローチ〉のシンボルを身につけていた。


 ゲーム時代、「騎士爵」のカテゴリー持ちのメンバーは5人まで受け入れが可能だった。

 現在〈エデン〉にいる「騎士爵」のメンバーはエステルのみ。

 あと4人迎えられる。


 いや、もしかしたらリアルなら上限なんて無いのかもしれない。

 「騎士爵」はダンジョン、ギルドバトルの両方に、非常に有用な能力を持ったカテゴリーだ。

 ゲーム〈ダン活〉時代、俺は毎回上限5人まで「騎士爵」をメンバーに入れていたほどだ。


 いきなりのことで驚いたが、「騎士爵」が加入するのは大歓迎である!


 今のところ〈大面接〉では6人が正式採用され、残り4枠のうち3人が有力候補となっており、まだ枠が余っていると言っていい。

 さすがに面接以外からスカウトしても良いか、シエラたちと相談する必要はあるだろうがおそらく問題無いと思う。採用者ゼロの面接なんてよくあるからだ。


 なんでこんなところダンジョン内で待っていたのかは分からないが、そう言うことなら突然の訪問も水に流そうじゃないか!


「突然の話ですまない。もし検討して貰えるのなら後日改めて話をさせてもらいたいのだ」


「了解した。では〈学生手帳〉のIDを教えてくれ」


「! 助かる!」


 俺が了承すると大男ダイアスが頭を勢いよく下げた。

 受け入れてもらえるか、話を聞いてもらえるか不安だったのかもしれない。


 大男ダイアスが頭を下げた衝撃でブォンという風切り音が鳴る、それを聞いたメルトが顔を歪めていたのがちょっと印象的だった。

 後日ミサトから聞いた話では、メルトは自分が頭を勢いよく下げても風切り音がしないと顔をへの字にしていたらしい。なんでそんなことに対抗意識をもってるんだと聞きたい。

 いや、聞かないが。

 多分、男の子のデリケートな部分を刺激したんだろう。


 とりあえずここでの話は纏まったので大男ダイアスと〈学生手帳〉のIDを交換してその場で別れた。

 メルトは大男ダイアスを苦々しい視線で見つめていた。



「もう、メルト様だって今に身長伸びますよ。さ、お魚を食べましょ。カルシウムを摂取しましょう」


「ミサト、やかましいぞ! いや、俺は今日魚の気分なだけだ。決して身長を気にして夕食に魚をチョイスした訳じゃないぞ!」


 食堂でそんな話し声が聞こえた。

 ミサトよ、そっとしておいてやってくれ。




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