第333話 ハンナがお嬢様方からハンナ様と呼ばれている件




「あれは、ハンナ様、ハンナ様よ!」


「ああ、今日もたいへん可愛らしくおいでだわ」


「夏服がとても可愛らしいですわね」


「学園がお休みの日にハンナ様に出会えるなんて、今日は良い日ですわ」


 なんだこれ?


 俺は自分の目と耳を疑って目を瞑り、一旦目頭を押さえて脳みそを空っぽにするともう一度前を向く。


「これからどちらに向かわれるのでしょう?」


「錬金部屋でしょうか? 土曜日は見学できましたかしら?」


「ハンナ様の錬金姿はいつ見ても目の保よぅ、……んん、勉強になりますものね。わたくし、今日の予定をキャンセルして見学に向かおうかしら」


「わ、私も付いて行きたいですわ」


 おかしいな。

 さっきと状況が変わっていない。


 回りを見渡すと、みんな女の子ばかりだ。

 それもどこかのお嬢様的な方ばかり。みんな片手を頬に添えてオホホと微笑んでいるかのようだ。

 いや、オホホがお嬢様なのかはわからないが。


 そしてその視線の先、話題の先には悠々と歩く、1人の女学生の姿があった。

 俺もよく知っている、〈エデン〉のメンバーであり、唯一の生産職であり、そして俺の幼馴染でもある、ちょっと幼い感じの女子。ハンナだった。

 6月ということもあって衣替えをし、夏服になって健康的な肌がチラチラ見える。


 本日土曜日。今日は例のギルドバトルがある日だ。

 時間は午後4時から。

 つまり、午後4時までは時間があるということ。


 ということでギルドに集合するのは午後からとして、午前中はみんなで思い思いに過ごすこととなっていた。

 俺はというと、色々と準備したい物もあり、買い物に出向こうと思っていた所、それなら一緒に行こうとハンナに誘われて今日は2人で買い物へ行くことになった。

 ハンナを1人にするのも心配に思っていた所なのでこれは渡りに船だった。


 ここまではいい。

 問題はここからだ。


 女子寮までハンナを迎えに行ったところ。

 ハンナがちょっと大きな、なんか高級感ある女子寮から出てきた所から始まる。


 ちなみにだが寮にはいくつかグレードがある。

 貴族の子が中心に生活している貴族舎。

 平民が使っている男子寮、女子寮。

 そして、ちょっとお金持ちな商家の子など平民の中では裕福な子などが生活する、ちょっと上のランクの、福男子寮と福女子寮だ(なぜフクフクなのかは知らない)。


 このちょっと上の福男子寮、福女子寮というのは完全個室で、さらに生活レベルも普通の男子寮、女子寮より上だ。

 食事は豪華だし、部屋は広いし、個室だし、設備も整っている。

 そんな場所からハンナが出てきたのだ。


 これはどういうことかというと、実はハンナ、5月2日の時点で1年生代表に選ばれるなど学園に貢献した。その報酬としてこのちょっとランク上の福女子寮を使わせて貰えることになったのだ。つまりお引っ越ししていたのである。

 ハンナご本人は。「でっかい個人用倉庫があってね、そこにアイテムとか置くことができるんだ。これで部屋を溢れさせなくて済むよ~」と言って笑っていた。

 その倉庫がパンドラの箱にならないことを願うんだぜ。


 まあ、ここまでは俺が知っている範囲だ。ハンナはちょっと裕福な子が住む寮にお引っ越しした。ここは問題無い。


 問題なのは、


「わたくしちょっと小耳に挟みましたの。ハンナ様は本日ギルドバトル〈決闘戦〉にご参加なされるのだと」


「なんですって! それは本当なんですの!?」


「大変! アリーナの席をすぐに買い求めなくては! チケットがすぐに無くなってしまいますわ!」


「ああ、なんてこと。生産職にも関わらず〈決闘戦〉に参加されるハンナ様が凜々しくて眩しいですわ」


 ハンナが歩くだけで回りに居る福女子寮の子と思われるお嬢様たちがテンション上げ上げになっているところだ。

 ハンナはいったい何をしたんだ?


「ゼフィルス君お待たせ~おはよう~」


 周りのことに気がついているのかいないのか、ハンナがのほほんとした空気で声を掛けてくる。多分これは気がついてないな。幼馴染の俺の勘がそう告げている。

 とりあえず挨拶を返そう。


「ああ。俺も今来たところだから気にするな。おはようハンナ」


 瞬間、お嬢様方の視線が一瞬で向く。ちょっと冷や汗が流れた。

 まるで品定めされているかのようにジロリと見られている。しかし、


「あ、あれは勇者様?」


「本当! 勇者ゼフィルス様ですわ」


「ほ、本物ですわね。ごくり」


「まさか、ハンナ様は勇者様と待ち合わせを!?」


「それ以外にあり得ませんわ。ああ、なんて尊い」


 しかし、一瞬で品定めのような視線は払拭された。

 なんかよくわからないが助かった。

 すぐにここから立ち去りたい。


「じゃあ早速行こう。とりあえず料理専門ギルド〈味とバフの深みを求めて〉に行くけどいいか?」


「うん。大丈夫だよ。次は私の買い物に付き合ってね」


 そう軽く交わし、俺たちはC道へと向かう。

 後ろから、お嬢様と思われる好奇の眼差しに見送られて。




 C道に行く道すがら、ハンナに聞いてみた。

 最近の最大の疑問を。


「ハンナさ、最近ハンナ様ハンナ様って呼ばれてないか?」


 例のギルドバトルの相手さんもハンナ様言ってたし気になるところなのだ。


「へ? あーうーん。確かに呼ばれているかも」


 理由を聞いてみると。ハンナはちょっと話しづらそうながらも話してくれた。


「この前ね、〈ハイポーション〉と〈魔石(中)〉が足りないーってクエストがあってね。それを納品したらなんだか騒がれちゃって」


「あー、有ったなそんなクエスト」


 ちょうどダンジョン週間中のことである。

 俺が忙しくみんなをキャリーしていた時、ハンナから「クエストやっていい?」と尋ねられたことがあったんだ。

 納品クエストで、納品物が〈エデン〉で埃を被っている〈ハイポーション〉と〈魔石〉ということで、いいぞーと適当に許可した覚えがある。


「でね、個数が問題で、実は〈ハイポーション〉1万個、〈魔石(中)〉10万個の納品だったの」


「……ん?」


 おかしいな。俺が思っていたのと桁が4つくらい違う。


「なんだかね、学園で凄くポーションが足りなかったんだって。上級攻略? っていうので使うらしくって、1年生や2年生が使うポーションがなくなっちゃったって言ってた」


 確かに、「凄く困ってたんだよー、助けてあげて良いかな?」ってあの時ハンナに説得された覚えがあったが、え? それ〈学園救済クエスト〉だぞハンナ! ただの納品クエストじゃないぞ!?


 学園救済クエストとは、物流が滞る系のクエストのさらに上位のクエストで、時期はランダムだが、何らかのイベントが原因で発生。素材やアイテムが売り場に無くなってしまうのだ。

 これを放置すると巡りめぐって他の素材なんかの購入にも支障を来し、売店やオークションなどが1ヶ月閉鎖されたりもする、


 その代わり、クエストを達成すると特大の名声値がプラスされ一気に〈姫職〉キャラスカウトへと近づく超重要クエストでもあった。


 マジで? 全然気がつかなかったんだけど!

 しかも桁がやべえぞ!? ゲーム時代でもこんな桁は見たことが無い!

 俺が知っているのでもせいぜい千個台だったのに、10万個だと!?


「やべえじゃん! 早く数を揃えないと!」


「へ? あの、実はもう終わっていたり」


「……ん?」


「え、えへへ?」


 ん~。ん?

 俺はハンナの言葉の意味を呑み込むのにしばらく掛かった。

 えっと? もう終わってる?

 〈ハイポーション1万個〉と〈魔石(中)10万個〉の納品が終わってる??


「……んん? え? マジで?」


「えと、うん。〈魔石(中)〉は私持ってたし、〈ハイポーション〉は素材の〈上薬草〉は学園のを使っていいって言われてたから。私のポケット魔石から〈魔石(中)〉をさらに1万個使って作っちゃった。そしたらね、なんかみんなの様子がおかしくなっちゃって」


 おう……。聞き間違えじゃ無かったようだ。

 俺は思わず目頭を揉んだ。

 〈魔石(中)〉を作るには〈魔石(極小)〉が8個も必要だ。

 さらに〈魔石(中)〉は、普通そう簡単にモンスターからはドロップするものではない。普通なら、そう簡単に揃えられる物じゃ無いんだが…………。


 ハンナよ、それはな。生産無双って言うんだぞ?

 もしかしてこれって、得られるはずだった特大の名声値が全部ハンナに行ってる?


 いつの間にか、知らないうちにハンナが〈学園救済クエスト〉をクリアしていた件。

 そりゃ、ハンナ様って呼ばれるようになるわ!


 おそらく多くの学生たちを助けたであろうハンナ。

 俺はその話の実態を聞いて、しばらく何を言おうか迷ったのち、全て飲込んだのだった。


 これは後で別に聞いた話なのだが、ハンナは小さくも一生懸命でさらに超優秀な【錬金術師】、さらにはあの〈エデン〉の一員であり、もっと言えば俺を差し置き学年トップのLVであったことも起因して、生産専攻の校舎では学生たちから尊敬を集め、今ではハンナ様呼びが定着してしまったらしい。


 住んでいるところもお嬢様が住まう福女子寮ということもあって、学生たちはハンナを上流階級のお嬢様だと思っているとも聞いた。

 ハンナは村人だよ!?


 色々驚きまくったが、とりあえずあれだ。〈学園救済クエスト〉クリアしてくれてありがとなハンナ。マジで助かった。


 ハンナ様呼びの謎も解けたことで俺とハンナは買い物を済ませ、午後一番でギルドへ向かったのだった。




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