第311話 お昼はダンジョンで贅沢に!




「ごめんね、牛さん。お肉のためなの……」


「モー!?」


 カルアが寂しそうな声と共に氷属性の短剣、〈アイスミー〉を一閃する。


 牛がエフェクトに返った跡にはパッケージ済みの〈安心安全ユッケ〉が鎮座していた。氷属性で斬ると〈ユッケ〉をドロップするのだ。


 すでに何度も繰り返している光景だが、未だにカルアの表情は晴れない。

 どうやらモンスターと違い、ゴブリンから助け出した牛という存在に感情移入してしまったようだ。


「大切に食べる」


 すごく食べにくくなりそうだ。カルアは本当にあのユッケを食べられるのだろうか?

 そしてカルアは、次の牛へと向かっていった。たくさん狩る気らしい。

 頑張ってほしい。


 ちなみに先ほどの牛からドロップした〈上手に焼けたビーフステーキ〉はカルアの〈空間収納鞄アイテムバッグ〉の中だ。

 なんか、物欲しそうにしていたのであげた。お昼に食べるらしい。


 とそこへシエラが寄ってきた。


「ゼフィルス。結構集まったし、そろそろ戻りましょう。食事を作る時間も加味すれば、いい時間のはずよ」


「そうだな。肉類も十分集まったし、戻ろうか」


 ここはまだ下層に入りたて、ここで取れる食材もすでに贅沢な品質ではあるがまだまだ先がある。品質がこれ以上の物も下層にはたくさん眠っている。

 このエリアでこれ以上確保に時間を掛ける理由はない。

 というより早くお昼が食べたい。


「じゃあ、リーナとカルアにも伝えに行くか」


「待って。まだ食事を作るにも時間が掛かるから2人にはまだ狩りをしていてもらいましょう。食事が出来そうなころチャットで呼べばいいわ」


「確かに効率的ではあるが……」


 俺はカルアを見る。

 なんだか無駄に決意をした表情で牛を狩りまくっていた。

 ピカイチのスピードを持つカルアなら短時間ですさまじい数の肉が採れるだろう。

 しかし、このまま狩りをさせるのは、なぜか不安だ。


 できればカルアも連れて帰りたい、しかしそうなるとリーナ1人にさせるのも可哀想だしなぁ。


「じゃあ、皆で戻りましょう。向こうで野菜の採取をお願いしましょうか」


 俺の視線に気が付いたシエラが一つ息を吐いてそう提案してくれる。

 さすがサブマスターだ。そんなシエラが好きです。


「悪いな」


「いいわよ別に、効率の良いことだけさせるのもダメ、なのよね?」


「おうよ。ダンジョンは楽しまなくちゃいけない」


 効率を重視するやり方も悪いわけじゃないが、楽しくないことをさせれば気持ちが冷めてしまう。

 ゲームする時の基本は楽しむこと。

 俺のこだわりだ。


「おーい。2人ともそろそろ戻るぞー」


「ん。わかった。ゼフィルス、たくさん狩った」


「あ、ああ。すごいなカルア。よく頑張ったな」


「頑張った。すごく」


 俺の声に素早く戻ってきたカルアだが、その表情がものすごく堅かったので頭を撫でてほぐしてあげた。


「カルアだけ撫でてもらえるのはちょっとずるくないかしら」


「ん、なんか言ったかシエラ」


「別に……。それよりヘカテリーナはどこまで行ったのかしら?」


「なんか遠くの牛まで砲撃しちまったみたいでドロップを回収して回っているみたいだな。リーナの砲撃って軽く100メートル以上飛ぶから、回収も大変みたいだ」


 シエラがキョロキョロするので俺が指差すと、そこではパタパタと走り回っているリーナの姿があった。

 正直言って、とても走るのが遅い。そして女の子走りだった。

 さすがお嬢様、走る姿がとても慣れていなさそうである。そこがまたお嬢様という印象を強く抱かせていて、ちょっと、いやかなり萌える。

 女の子の走る姿っていいよな。


「ゼフィルス、見惚みとれてる?」


「あれはいいものなんだよ……」


「……」


 頭を撫でられながらも上目遣いで窺うようにするカルアに、うむっと頷いて答える。


 しかし、横からのシエラの無言の圧力がすごい。でもジト目は歓迎したい。

 カルアの頭を撫でながら、萌えるリーナを見て、シエラにジト目される…。

 なんだろう、ちょっと幸せな気分になった。


「お待たせいたしましたわ。終わりました」


 もうしばらく見ていたい気もしたのだが、〈ミンチ肉〉を初めとする色々な肉を大量に拾っていたリーナが戻ってきてしまった。

 大砲でしとめられた牛は〈ミンチ肉〉をドロップするのです。


「終わっちゃったか」


 始まりがあれば終わりもある。

 なんて儚いんだろうか。

 また見せてもらいたいと思う。


「終わっちゃった、ですか?」


「いや、こっちの話だなんでもない。戻ろうか」


 いい加減、シエラの目つきが剣呑な雰囲気を纏い始めているからな。


 美少女なリーナから視線を切り、先導して畑エリアに戻った。



「あ、ゼフィルス君帰ってきたよ!」


「もうゼフィルス! どこ行ってたのよ! 私を置いていくなんてとんでもないことだわ!」


 戻るとすでにハンナたちが昼食の準備に取り掛かっているところだった。

 集中していたはずなのにすぐに俺に気がついたハンナが手を振り、それに反応してラナがプリプリしだす。


「お肉たくさん狩ってきたから許してくれ。そっちはどうだった?」


「この辺りは大体採りつくしたかも。今はセレスタンさんたちが隣の森林エリアでキノコ系の食材を探しているはずだよ」


 見れば残っているのはハンナ、ラナ、エステル、シズの4人だけだった。

 セレスタン、ルル、シェリア、パメラ、リカはどうやら採取の続きをしているらしい。


「ゼフィルス殿、お肉を頂いてもよろしいでしょうか。こちらで下ごしらえをしておきます」


「オーケー、頼むエステル。えっと10kgくらいあればいいか」


 生肉2kgのブロックを5つ取り出して渡しておく。

 いくら成長期で食べ盛りな学生たち10人以上とはいえ、この中の半分は姫だ。そんなに量はいらない、とは思うが念のため。

 とりあえずと考えてこれだけの量を渡しておいた。


「十分です。では早速取り掛かります」


「ああ。俺も手伝うよ」


「わたくしたちは戦力外ですわね。カルアさん、今度はお野菜を採りましょうか」


「ん。行く」


 俺はお昼の準備の手伝いを申し出るが、リーナとカルアは料理が出来ないようで早々に離脱して行った。

 役割分担は大事だな。うん。


 ちなみに今日のお昼は贅沢にBBQバーベキューとなった。

 ただ切って焼いてタレつけて食べるだけなのに、どうしてこんなに美味く感じるのか。

 食材が良いだけが理由ではない。こうした雰囲気が何よりも大事なのだと感じる。


 ああ。仲間とダンジョンに来てBBQバーベキューするって最高だな!




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