第303話 新しい制度のご提案。(金曜日16時頃の話)




 俺は臨時講師が終わったところで即行で逃げた。

 なんかあのまま会場に居たら危険な気がしたのだ。

 これ、『直感』が良い仕事をしている?


 今回俺が語った〈転職〉の有用性について、やっと気がついたと言わんばかりにざわめく受講者たちを置いて、セレスタンと共に去った。

 幾人かのおっさんから声を掛けられた気がしたが、1人に応対すると他の人も応対しなければいけなくなるため、無視した。


「ゼフィルス様、どちらへ?」


「このまま学園長室に行こうか。ちょっと言っておきたいことがあるんだ」


 横を歩くセレスタンに向かっている場所を伝える。

 ちょっと釘を刺さないといけない。

 じゃないと、さっきみたいに爆弾を放り投げてしまうかもしれないから。


 今回授業、予定では〈転職〉について語る気はなかった。

 だって受講者が1年生だし、ここに来ている自分の職業ジョブを伸ばす方法を知りたい子たちばかり。

 つまり〈転職〉の必要は、あまり無いと言っていい。


 しかし、今回敢えて予定を変更し〈転職〉について語ったのは、まさに爆弾投げ。

 ちょっとどころじゃなく学生以外の人が多かったのが原因だな。

 俺の授業を邪魔する規模の人を入れるとか、ちょっとやり過ぎたね学園長は。


 とはいえ俺も思わずやってしまった感は否めないが……。

 まあ、やってしまったものは仕方ない。


 それに、これは良い機会だったしな。

 正しい〈転職〉の認識はいつか広めなきゃいかんと思っていたのでちょうど良かったというのもあった。

 だから仕方なかった。仕方なかったという事にしておこう。


「今の授業のことも踏まえて学園長にいくつか提案したいこともあるんだ。主に〈転職〉についてだな」


「理解いたしました」


 セレスタンが優雅に礼をとる。

 さすがにこの授業だけで〈転職〉の正しい認識を広められるとは俺も思っていない。

 ということで学園長を通し、あのお偉いさん方に色々広めておきたいというのが今向かっている目的だ。


 そのまま学園の中央にある城にアポイント無しで訪問すると、即行で中に通された。

 さすが、情報が早いな。


「学園長、失礼いたします」


「うむ。入りたまえ」


 すぐに学園長室に通されると、奥のデスクではなく、手前にあるソファに腰掛けた学園長の姿があった。

 視線にうながされ、対面のソファに座る。前回、前々回も座ったソファだ。

 セレスタンは俺の後ろに立ったまま待機する。


 俺が座ると同時にメイドさんが入ってきてお茶を入れてくれた。

 メイドさんが一仕事を終え部屋を出ると、学園長は重い腰を上げるかのように渋い声で話し出す。


「まだ、報告の途中じゃが、大体のことは聞き及んでいる。とんでもない授業を行なったようじゃの?」


「はは、まだまだ序の口ですよ」


 まずは牽制。

 あの授業でとんでもないと言っていてはこの先もっとお辛いですよ? と暗に伝えてみる。


「ほっほ。そうか。わしの友人たちが詳細をもう少し聞かせていただきたいと言っておるのじゃがの」


「それはお断りさせていただきたく。私がお受けしたのは授業まででしたから。時間外まで教えていては自分が勉学に励む時間がなくなってしまいます」


 もっともらしいことを言って回避する。

 さすがにあのお偉いさんたちのためにこれ以上授業をするのはごめんだ。

 俺がこの授業をしている目的は最強のギルドを作ること。

 〈ダン活〉は学生しかスカウト出来ないのだ。

 あのお偉いさんに教えるのは最低限としておきたい。


「そうじゃの。そなたはまだ学生じゃ。今のことは忘れてくれるとありがたい」


 学園長があっさりと引くのでちょっと拍子抜けする。

 いや、今の言葉には俺を刺激しないようにする気遣いがあったのか?

 ふむ、ちょっと探ってみる。


「そうですね。自分も今日は学外のお偉い様方が多かったですから、少し気合を入れすぎてしまいました。今後も同じような方が来ればもっと力が入ってしまうかもしれません」


「そうじゃの。ゼフィルス君にはもう少し落ち着いた授業をお願いしたいの」


 うん。やはり今回の情報爆弾がかなり効いているっぽいな。

 なんか、暗にこれ以上刺激のある授業は抑えてくれと言われているような気がする。


「それでは、受講する教員などはもう少し減らしてほしいです。10名までとしませんか? これ以上は自分の緊張が高まってしまいそうですから、うっかり力が入ってしまうかもしれません」


「む、10名か。せめて20名は頼めないかの?」


「では15名でどうでしょう? その代わり学生は2年生3年生の受け入れを行いたいのです」


「ふむ」


 今回の〈転職〉は、主に2年生と3年生が対象となる。


 今まで俺は同級生のみで〈エデン〉を構成していた。

 これは、実力主義なこの世界において、LV差のある上級生にギルドが乗っ取られるなどのケースを警戒していた、というのもあるが実際はLVが低いキャラを育成した方が最強に至りやすいからだ。

 できればLV0から自分好みで育てたいという思いがあった。


 しかし、〈転職〉すれば上級生だろうとLVはゼロからやり直し。〈育成論〉の授業を受け入れた人なら間違いなく俺の〈最強育成論〉に飛びつくだろうという考えだ。

 しかもノウハウがある分1年生より上級生の方がLV上げがやりやすいまである。

 〈エデン〉に引き抜けばギルドが強化されること間違いなしだな。ふはは!


 しかし、もう一つ上級生には問題がある。大きな問題だ。

 むろん卒業である。

 ゲーム時代、上級生をメンバーに選んでしまうと卒業シーズンに学園から卒業してしまい、さよならする必要があった。

 なお、卒業したメンバーは〈○○ネームの第二ボタン〉というアイテムをくれるので、それを使ってキャラクターメイキングするとステータスとレベルがそのままの同職業ジョブキャラを作製出来る仕様となっていたけどな。

 先輩後輩で遊びたい人や、再度キャラクターをメイキングしたい人向けのコンテンツだった。


 しかし、リアルでは絶対そんなことは起こらない。

 3年生をメンバーにしたとして、来年の3月には本当に卒業してしまうだろう。せっかく育てたキャラが消えてしまうのだ。とても耐えられない。

 ということで今まで上級生はメンバーに加えていなかったのだが、ちょっと思いついたことがあったので、この場を借りて学園長に相談してみることにした。


「学園長さえよろしければ、〈転職〉について新しい制度を作ってみてはいかがでしょうか?」


「……なんじゃと?」


 新しい制度のご提案だ。

 やり方次第では、上級生を卒業させずにいられるかもしれない。

 俺は気合いを入れながら学園長に提案していった。




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