第264話 姫軍師の交渉術。心の震えが止まらない。




「はい。今日来たのはフィリス先生から預かりましたこの依頼書の件について、詳しくお話を伺いたかったからです」


 俺は学園長の問いに答えて依頼書をテーブルに置く。


 しかし学園長の表情を窺うが、変化は見られない。


「これは学園長が直接自分たちのギルド〈エデン〉に依頼してきたのですか?」


「いや。他のギルドから学園を通しての依頼となるが、ちと急ぎでの、〈エデン〉ならばこれを解決してくれると考えたのじゃ」


 ふむ。学園を通しての依頼か。


 QPの利用方法についての時にもチラリと話したが、ギルドは他のギルドに依頼を出すことがある。

 しかし、あまりに規模が大きい依頼や複数のギルドへの依頼する時などは、ギルド単体での運用が難しくなる場合がある。

 その場合、学園を通すことでスムーズに依頼を出すことができるシステムがあるのだ。学園が把握している適性のあるギルドに依頼を割り振ってくれる、などだな。


 どうやら今回はそのシステムを使った上位ギルドによる規模のデカい依頼であるらしい。

 しかも学園長クエストである。

 相当な大事か、それとも速さが求められているのか。それともその両方か。


「なるほど。確かに期限が残り5日しかないクエストがありますね。ですが、さすがに残り5日でこれだけの量は難しいのでは無いですか? いくつかのギルドに分散して依頼した方が良かったのでは無いでしょうか?」


 この依頼書の最大の懸案事項は納期が短いこと。

 〈公式裏技戦術ボス周回〉ならば可能だが、逆に言えば普通は不可能だ。

 まあギルド単体での話だが。


 ならば多くのギルドに依頼を分散して出せば良いだけのこと。例の大型クエストみたいに。

 わざわざ1年生だけで構成された、しかも駆け出しのギルド単体に任せる理由は無い。

 なぜ大型クエストにしなかったのか、その辺もハッキリ聞いておかなければ話は始まらない。


「ふむ。実はすでにいくつかの〈笛〉持ちギルドにも依頼を掛けておる。ゼフィルス君が担当するダンジョンとは別のダンジョンではあるがの」


 おっとそれは初耳だ。


「分散してなお、この量ですか?」


「その方が、ゼフィルス君もやりやすいじゃろう?」


「!」


 その一言で全て察した。

 こりゃ一本取られたかな。


 とりあえず、学園長は俺たち〈エデン〉が何らかの方法でボスを複数体倒している、またはドロップ量を増大させている、と分かっているようだ。

 それも踏まえて、こちらへ干渉しない、〈公式裏技戦術ボス周回〉を認める、と言ってきている。


 わざわざ〈エデン〉にこれだけの依頼をしてきたのは探るためじゃなく、認めた上で協力を依頼するためだったようだ。

 つまり、この依頼は普通に切羽詰まったから〈エデン〉に頼んだ、ということになる。


 大型クエストをするにも〈笛〉の数がネックになるだろうしな。

 その貴重な〈笛〉持ちのギルドをさらに様々な場所へ送ってしまったんだから、もう〈エデン〉にしか頼むところがなかったのだろう。


 ふむ。

 これは非常にありがたい。

 正直なところ〈ダン活〉で最強を目指すのであれば〈公式裏技戦術ボス周回〉をするのは前提だ。必須事項である。

 故に、もしこれが広まり最奥でボスの取り合いが起きてしまうとゲームが破綻してしまう。


 結局学園長から〈公式裏技戦術ボス周回〉について、どう認識しているのかを確かめることはできなかったが。

 これが年の功ってやつか?

 しかし、収穫は大きくあったと見るべきだろう。



 万が一学園長がこの情報を寄越せと言ってきた時の対処も考えて来てはいたが、できれば使いたくなかった。

 戦争が起きなくて良かったよ。


「とりあえず学園長のお考えは分かりました。こちらの事情を留意していただきありがとうございます」


「ほっほ。学園としても、今は様々な発見や情報があっての、少々立て込んでおる。〈エデン〉にも協力願いたいのだ」


 これは、暗にこれ以上爆弾情報を投げ込むなと言われている?

 まあ、うん。この前の高位職の発現条件の一角を話しただけであの騒ぎだったからなぁ。

 学園側もかなり混乱したようだし。


 ただ、そのおかげで〈迷宮学園・本校〉は今や名声を欲しいままだ。分校などと比べると差は歴然、というかぶっちぎりの名門と化している。

 来年の入学希望者はさらに増えそうで、倍率がどのくらいになるのか、恐ろしいことになりそうだ。

 あ、その借りもあるから秘密にしておいてくれるのかな? それもあるっぽい。


 そして〈公式裏技戦術ボス周回〉の情報がもし投げ込まれたら、そりゃ大混乱は必至。

 むしろ投げ込むなと釘を刺すレベルだと知れただけで大安心だ。


 しかし、ちょっと気になるのは「今は」と付いている部分。

 しばらくして落ち着いたら情報を求められるかもしれない? 

 ふむ、もしそうなったら他の、公開してもいい爆弾情報を放り投げて煙に巻こうか。

 これで情報の扱い方をより計画的にしなくちゃならなくなったが、問題はない。


 小出しにする情報をピックアップしていつでもカードを切れる状態に準備しておこう。

 〈ダン活〉プレイヤーの英知を舐めないでほしいね。爆弾情報は〈公式裏技戦術ボス周回〉だけではないのだよ。うむ。いっぱいある。



 とりあえず最大の懸案事項は消えたな。

 次は値段交渉だ。


「それと、報酬の〈20万QP〉ですが、期限がこれですと少ないです。最低でも30万QPはいただきませんと」


 正直に言おう、俺はこれでも報酬額をちょっと盛っていた。吹っかけていたつもりだった。

 ゲーム〈ダン活〉時代であれば、この20万QPは凄まじく破格なんだ。

 これだけ貯めるのにいったいどれほどのクエストを受け、どれくらいの日数が掛かるか、ちょっと分からないレベルの大金ポイントである。Eランクなら特に。

 だから30万QPとか、ちょっと貰いすぎってレベルじゃないな、ここから交渉して25万QPくらいで決着したいなぁ。と、わりと本気で思っていた。


 しかし、ここはリアル世界。

 そんな俺の妄想に物申す者がいた。

 俺の横でジッと様子を見ていたリーナである。


「ゼフィルスさん、失礼ですがそれは甘甘だと思いますわ」


「へ、リーナ?」


「ゼフィルスさんその、できれば値段交渉はわたくしにお任せしてはいただけないでしょうか? きっと損はさせませんわ」


 ポカーンである。

 今ですら破格と思っているのに損をしていると言われた。甘甘さんと言われた。

 あれ? 俺ちょっとやらかしたか?


 もう一度よく考えてみる。報酬20万QP。

 これだけでもゲーム時代ならまず間違いなく受けていただろう。

 でもリーナからすればこれは損をしている額らしい。


 なるほど分からん!

 え? もっと釣り上げていいの? 30万QPって言ったんだよ? 本当にいいの?


 そんな視線をリーナに投げてみるが、リーナは何を勘違いしたのか、


「大丈夫です。父からこの手の交渉術は仕込まれましたわ。任せてくださいまし」


 そう自信満々に言う。釣り上げられるらしい。

 おおう。そうなんだ。


「んん。では交渉役をリーナに任せる。頼むな」


「任せてください! 頑張りますわ」


 ということでリーナに譲渡した。

 リーナにはあらかじめ〈ビリビリクマリス〉の素材の集め方について、ここへ来る途中で達成できると話しておいたので交渉はできるだろう。

 リーナが学園長へ向きなおる。


「学園長、最低でも倍の40万QP、そして〈笛〉を始め、その他のアイテムの使用料と回復料は全て学園長持ちにはしていただきませんとこれは受けられませんわ」


 俺は内心震えた。

 え? マジで? ゲーム〈ダン活〉時代ではアイテム使用料は全てプレイヤーの自己負担である。

 学園持ちにするなんて聞いたこともないんだけど。


 俺が震える中、関係なくリーナの交渉は続く。


「また技術者の協力要請などの支援もしていただきませんと、とても間に合いませんわ。さらに言うなら、それだけしても〈笛〉の数が足りないかもしれませんの。学園側からの報酬の先払いで〈笛〉を頂戴したいですわ」


 〈笛〉の報酬まで取る気!?

 俺は足に震えが来ていないかとても心配になった。


「ふむ? しかしの、これでも多く増額している。他のギルドの報酬の関係もある。〈エデン〉だけを増額するのも厳しいの。それに〈笛〉とて…」


「ですがこれだけの量ですの。おそらくですが他のギルドはもっと少ないはずですわ。〈エデン〉は他のギルドより負担が大きいのですから、もう少し特別手当が付いても良いかと思いますわ。〈20万QP〉では〈エデン〉がそこまで無理をして挑む理由にはなりません」


 学園長が渋い顔をするが、しかしリーナの勢いは止まらない。


「まず残り5日しか無いということで達成自体難しいですの。ですが、〈エデン〉であれば間違いなく達成できますわ。ですわね、ゼフィルスさん」


「おおう! もちろんさ」


 急に話を振られたために変な言葉が出た。

 声に震えが混じっていないか心配だ。


「学園長、要求を呑んでいただけるのでしたら必ずやこの依頼を達成すると確約いたしますわ。いかがでしょう?」


「…ふむ。あいわかった。条件を呑もう。ただし〈笛〉は1本が報酬、2本を貸与とする。学園が譲歩できるのはここまでじゃ」


 ついに学園長が頷いてしまった!

 俺の内心の震えは最高潮だ。


「ありがとうございます。また、超過分の素材はいかがしましょうか? 学園の納品もQPクエストポイント、またはミール次第では検討していますわ」


 これで終わりじゃなかった!

 リーナはさらに報酬を上げる気らしい。

 余った分の素材の買い取りも迫る。


「ふふふ。いいじゃろう。おそらく向こうのギルドもいらんとは言うまい。もし言ったとしても学園で買い取れば良いしの、超過分の納品も頼もう。QPはそうじゃのう、このくらいでどうじゃ?」


 学園長がメモにサラサラと査定額を記入して見せてくるが、リーナはそれに首を振る。


「いえいえ、規定納品数の量的に最低でも30回以上レアボスを狩る必要があることは学園長もご存じでしょう。それにこの短い納期です、その労力を考えればこのくらいが妥当かと思いますわ」


 リーナは追加分を新しく書く。俺は震えることしかできない。恐ろしい金額だ。


「ふむ。あまり持ってこられてもそのQP額では学園が損をする。あくまで、規定数を超えてしまった過剰分と言うことを忘れないで貰おうかの。これくらいじゃ」


「はい、構いませんわ。それでお受けいたします」


 交渉で報酬のQPが大変美味しくなった。

 こりゃレアボス周回が捗るってものだぜ!

 そう素直に喜べないのは何故だろうか?


 その後も細かいことを決め、〈からくり馬車〉の方も納品額は〈78万QP〉で、ということになった。当初〈30万QP〉だったものが、〈78万QP〉である。

 さらに支援も色々といただけることになり、俺の心臓はバクンバクン震えている。何この金額QP、高いんですけど…。


 馬車については納品するか否かでリーナが色々提案してくれたが、俺は馬車単体なら納品しても良しとした。

 レシピはこちらにあるしな。これは公開しないので問題ない。


 それにどうせ最上級ダンジョンを最初に突破するのは〈エデン〉なのだ。

 他のギルドがいくら馬車をもちいようとも〈公式裏技戦術ボス周回〉がなければどうせLV上げに時間が掛かる。まあ問題ないな。むしろ頑張ってほしいまである。


 馬車は王族が乗れるよう改造してほしいと言われたので後でまたガント先輩に言っておかないといけないな。王族用に改造したのはガント先輩のオリジナルだから、またガント先輩に依頼をする必要がある。

 もしかしてこれを見越してオリジナルの装飾を施したのか?

 だとすればガント先輩あなどりがたし。


 そんなこんなで学園長との話し合いは終わり、俺たちは学園長室をおいとますることにした。


「学園長、上級ダンジョンの攻略、頑張ってくださいとお伝えください」


「! ふふ。ありがとの」


 これだけの素材を何に使うのか、当たり前だが雷属性系の武器防具を作成するためだろう。しかも複数人分。

 それを必死こいて集めているのだから目的は限られてくる。

 鎌を掛けるつもりで言ってみたが、当たりだったようだな。






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