第98話 〈姫職〉ゲットの好機、これを逃す手はない。




 ショッピングからの帰り道、俺は店で会った女子と二人で歩いていた。


「う、うぐぅ。すまない。君には迷惑をかける」


 うぐぅ、いただきました。


「別にいいよこれくらい。元々俺もこれに目を付けていたからさ、少しの間堪能たんのうさせてもらうさ」


 さて、結局あの特大〈モチッコ〉モチモチぬいぐるみは俺が購入する事になった。

 色々と悶着があったのだが、長いので割愛かつあいする。


 結果だけ言うと、あのぬいぐるみはその筋では有名な三年生の先輩が仕上げたものらしく、在庫は無く一点物、希少レア素材を用いていたために次の入荷、というか作成は未定との事だった。むしろ作らない可能性の方が高いという。少女はそのことを知っていたらしく一点物の新作がここで売り出されると聞きつけてやってきたようだ。

 希少レア素材をぬいぐるみに使うなよと思う。生産職は希少素材があるとたまにわっかんない方向にヒャッハーするときがあるからなぁ。12万ミールってどういうことだよ。


 そんな事を店員から改めて説明された彼女はもう絶望のどん底のような表情をしていた。

 あまりに不憫だったので代案を提案。

 要は俺が一度購入して預かり、彼女のお金が貯まったら譲るというものだ。

 そして彼女は一筋の希望を目にしたような顔になり、その案を了承して今に至る。


「迷惑なんて思っていないから、できればすまない、ではなく、ありがとう、の方が嬉しいかな」


「あ。…ああ、そうだな。私とした事が感謝を忘れるとは不徳であった。君の優しさに感謝する。ありがとう」


「どういたしまして」


 根は良い子なのだろう。切り替えの早いところも含めて好印象を抱く。


「そういえば恩人に対して自己紹介がまだだったな。私はリカ。一応〈ダンジョン攻略専攻・戦闘課〉を希望している」


 自己紹介を受けても身に覚えの無い名前だった。やっぱり初対面だったな。

 しかし変装しているのは何故だろうか? 突っ込まない方が良いのか?

 とりあえず俺も名乗るとする。


「俺はゼフィルス。【勇者LV26】だ。同じく〈ダンジョン攻略専攻・戦闘課〉、一応すでに内定している」


「む? そうだったのか。君が【勇者】のゼフィルス。噂にたがえない寛容さだ」


 今の俺は普通の制服姿だ。一度シャワーを浴びたからな。

 装備は部屋に備え付けられた浄化魔道具にかけてある。帰ったらピカピカになっていることだろう。

 いつもは〈天空シリーズ〉装備を着ているため、リカは俺が噂の人物だと分からなかった様子だ。まあ、初対面だしな。


 今日は普通のショッピングが目的だったし、もう勧誘合戦も収束に向かっていたため普通の制服姿で出歩いても問題は無くなってきている。俺もたまにはこっち制服も満喫したかったのでありがたい。〈ダン活〉の制服姿もテンション上がる!


 その後、普通の世間話やらお互いの事について話しながら二人でC道を歩く。

 しかし彼女の話を聞いて思った。リカ、恩を感じるにはまだ早い気がするぞ?


 リカの話によれば、彼女はまだ職業ジョブ未取得でダンジョンに入れないため、お金はお姉さんにお小遣いを貰っているらしい。さすがに12万ミールを捻出するのは不可能だった。


 まずは初級下位ショッカーまで行って稼がないといけない。いや、最初は装備の更新なんかでなにかとミールが掛かるから12万ミールも作るには初級中位ショッチューまで行かないと無理だ。

 もう初級下位ショッカー素材のインフレタイムは終わってしまったし。


 俺の時は装備に金かける必要も無く、ハンナと二人パーティだから山分けの量も少なく、周回ボス素材の買い取り額がかなりの幅を占めていたからこそ100万ミールを軽く突破していたんだ。5人パーティで今いどめば1人辺り2万~3万ミール稼ぐのがせいぜいかも知れない。

 簡単に装備に飛んでいく金額だな。


 つまり、しばらくはこれを預かる事になりそうだ。へたをすれば2,3ヶ月くらいかかるかも?


 内緒にしていても仕方が無いので今思った事を簡潔に伝えた。


「そ、そうなのか!?」


 知らなかった、と言わんばかりに驚愕する彼女に、なんとなくリカはダンジョンについて非常に無知、いや世間知らずなお嬢様といった印象を受ける。

 そう思って持ち物を観察してみると、見覚えのあるシンボルが確認出来た。

 〈刀のキーホルダー〉。なるほど思った通り、リカは侯爵令嬢だったようだ。


 「侯爵」のシンボルは小さい上〈学生手帳〉に付いている事が多いので確認しづらいのだ。

 今はリカのブレザーの腰ポケットから僅かに見える程度だった。ゲームの時はもっとよく見えたのだが…。


 さて、俺はこの世間知らずなお嬢様(推定)をどうすれば良いだろうか。



 「人種」カテゴリー「侯爵」。


 「侯爵」といえば【武士】系ルートだ。【侍】などがそれにあたる。

 近接特化型でアタッカーでもタンクでも活躍できる非常に強力な職業ジョブ群だ。


 あとは「姫」であれば【深窓の令嬢】や【箱入り娘】なんて特殊なルートもある。

 こっちは何故か魔法使い系だった。魔法アタッカー魔法タンクである。別名:箱魔法使い、なんて呼ばれていて正直かなり強かった。

 【結界師】系の完全上位互換だな。結!滅!


 どちらに育てても優良職な「侯爵」。しかも聞いてみればリカはどこのギルドにも所属はしていないとの事。これチャンスじゃない?

 〈姫職〉ゲットの好機、これを逃す手はない。ギルドメンバーはまだまだ多く募集中だ。


「そこでリカに相談なんだが、ちょっと俺のギルドで話を出来ないか?」


 無知なお嬢様に世間の厳しい交渉術を披露しよう。


 〈空間収納鞄アイテムバッグ(容量:大)〉に入っている特大〈モチッコ〉モチモチぬいぐるみがコテンと音を立てた気がした。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る