第79話 〈幸猫様〉のお供え物、君は肉派?それとも魚派?




「えー、それではみんなグラスは持ったな? 初級下位ダンジョン卒業を祝して、乾杯!」


「「「「乾杯!」」」」


 日曜日夕方、〈エデン〉のギルド部屋にて祝賀会が開かれていた。


 昨日土曜日に初級下位ダンジョン〈石橋の廃鉱ダンジョン〉を攻略し、今日も朝から初級下位ダンジョンの〈静水の地下ダンジョン〉に挑んで攻略し終えた。

 ラナ、エステル、シエラも職業ジョブLV15に達し、初級中位ダンジョンの挑戦権を得たため、その日の夕方にみんなで集まってこうして卒業記念会を行なっている。


 ちなみにボス周回はしていない。

 周回しなくても三人で攻略に挑めばLV15くらいにはなるからだ。俺の時は途中の雑魚モンスターはできるだけスルーしていたが、普通に攻略したらこれくらいは上がる。

 それなら経験値が少ない初級下位ショッカーボスより初級中位ショッチューのボスで周回した方が効率が良いという判断だな。素材的にも美味しいし。


 俺が初級下位ショッカーボスでLV限界まで育てたのは、パーティで挑む事が前提になる初級中位ショッチューにほぼ単独で挑むためだった。

 正直LV20に上げてなかったら〈エンペラーゴブリン〉に負けていたかもしれないし、備えて憂いは無かったわけだ。



「あとここにあるのは全部ノンアルコールだから。そこのとこよろしく」


「当たり前じゃない! 未成年の王女に酒飲ませてなにする気よ!」


「ラナ様、少し下品です。慎みますよう」


 ただ酒が無いと言っただけで何故かラナが食いかかってきてエステルに窘められていた。

 顔が少し赤い。照れか、自分の発言の意味に気がついたのか。まさか酒を期待していたわけじゃないよな?


「ちょっと意外ね。あなたの事だから祝い事では普通にお酒を飲むと思ってたわ」


「あなたの事だからって、シエラは俺をなんだと思ってたんだ?」


 ちなみに前世ではゲームでパフォーマンスが下がるという理由で酒はあまり飲まなかった。そのためノンアルコールでも問題なしである。別に下戸というわけじゃないがな。

 ハンナに注いでもらったオレンジジュースを呷る。うん、うまい。



「これで皆で初級中位ショッチューに行けるね。でも私付いていけるかな?」


「ハンナはほぼ『ゲスト』だからな。採集と生産専門だから戦闘には参加する必要は無いぞ?」


「確かに採取も楽しいんだけど、見ているだけっていうのも寂しいというか…」


 そうは言っても生産職の宿命だ。戦闘は戦闘職の担当、生産職は生産を担当する方が効率が良い。

 だってハンナの『ファイヤーボール』威力低いし。


「ハンナ」


「何?」


「諦めろ」


「がーん…」


 しょんぼりと肩を落とすハンナ。

 可哀想だが、今回は少し間が悪い。


「まあ普通初級中位ショッチューまでなら今の装備でも役立てはするけどなぁ」


 後ろから『ファイヤーボール』の攻撃だけでも戦えるのが本来の初級中位ショッチューなのだが。

 周りを見渡す。


 ラナ、エステル、シエラの装備を見て。


「他が強すぎるからなぁ」


 ハンナ以外のメンバー全員が中級で活躍する装備を付けているのだから『ファイヤーボール』なんて無いようなものだ。これまでもエステルは一撃粉砕だったし。


 というわけで、戦闘でハンナの出番を用意するのが逆に難しい。


 いや、そもそもだ。ハンナは生産で役立った事が無いからこんなこと言い始めたのかもしれない。(スラリポマラソンの弊害の可能性からは目を背ける)

 もしくは生産職なのに戦闘に参加させすぎたという線も無きにしもあらずか?


 しかしハンナの職業ジョブ【錬金術師】は中の中程度のランクと認識されているが実用性はかなり高い。ギルドに1人参加しているのが必須のレベルだ。

 

 なるほど。おそらくだが、ハンナはそれを実感していないわけだな。


「今後生産に集中させてみるか」


「え?」


「今後の方針だ。煮詰まったら発表するから、それまでは今までどおり採取を頼むぜ。それに今は祝賀会中だ。この話はまた後でな」


「あー、うん?」


 よくわかっていなさそうなハンナを置いて次のメンバーの下へ行く。



「〈幸猫様〉〈幸猫様〉今回もレアドロップありがとうございます。これ、お高い肉です。〈幸猫様〉も是非楽しんでください!」


 忘れてはいけない我らが守り神〈幸猫様〉。〈エデン〉の大事な大事なメンバーだ。


 一昨日、昨日、そして今日とボスが3連続で銀箱をドロップしてくれた。

 さすがは〈幸猫様〉だ。

 ありがたやありがたや。


 お礼にお高いお肉をお供えする。


「いつも思うのだけど、なんでお肉なの?」


「おっとシエラ。君は触れちゃいけない事に触れてしまったな」


 我ら〈ダン活〉プレイヤーの神アイテム、〈幸猫様〉にお供えする物についてはプレイヤー間でも物議をかもした。

 みんな絶対〈幸猫様〉にお供えするべきはこれって譲らねぇんだもん。

 肉派の過激派と魚派の過激派がワイヤレス通信ギルドバトルでドンパチやってらっしゃった。


 ちなみに俺は肉派に所属していた。

 異論があるならギルドバトルで決着付けような。


「〈幸猫様〉はお肉が好きなの?」


「そうだ」


 俺は力強く頷いた。


 肉が嫌いな猫はいない。そういうことだ。


 シエラはしばらく悩んだようなそぶりを見せた後、自分の〈空間収納鞄アイテムバッグ(容量:少量)〉から〈ラグー肉〉を取り出してお供えしていた。

 良かった。シエラはこっち肉派の味方だったか。


 それを見ていた他の三人も釣られるように神棚の前に集まってきた。

 なんだなんだ? みんなも〈幸猫様〉へお供えか? うむうむ、良い心がけだ。きっと明日もレアドロップを授けてくれるであろう。


 そんな俺の心境を余所に、ラナの魔の手が伸びる。


「〈幸猫様〉だけそんなところに居たら可哀想よね!」


「ああ!?」


 瞬間、ラナがひょいっと〈幸猫様〉を持ち上げた。

 俺の驚愕の声を余所に空いている席に〈幸猫様〉を座らせる。


 おいおいおい! なんて罰当たりな事を!?


「良いじゃない今日は祝賀会なのだから。〈幸猫様〉にも参加してもらえば良いのよ」


「ぐぅ!?」


 ぐぅの音しか出なかった。た、確かにラナの言うとおりなのかもしれない。

 まさかこの俺がラナに論破されるなんて、夢にも思っていなかった。


「ゼフィルス殿…」


「くっ。ま、まあ今日は特別な日だからな。確かに〈幸猫様〉にも参加していただいた方が良いかもしれない」


「はい。ありがとうございます」


「いや、別に感謝される事でも無いんだが…。――まあいい、その代わりたっぷり感謝しろ。もちろん〈幸猫様〉にだぞ」


「分かってるわよ」


 こうして席が一つ増え、楽しい祝賀会は過ぎていった。

 明日からは初級中位ショッチュー攻略だ。楽しみだなぁ。




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