第4話
次の日の朝、日曜日はいつも遅くまで寝ている子どもたちに声をかけるのはジョンの役目だった。いつものように二階にある子どもたちの部屋をノックした。オリバーの眠たそうな返事が帰ってきた。ジョージの返事はなかった。一回で返事がないこともよくあることだったので、ジョンはもう一回呼んでみた。返事はなかった。少し気になりながら、いつものことさと思いながら、もう一度呼んだ。三度目も返事がなかった。さすがのジョンも何かあったかなと思い始めた。ノックをして部屋の中に入った。そこにはジョージの姿はなかった。その代わりに半分はがされたベッドのふとんとのパジャマがあるだけだった。開き窓が開いていて冷たい朝の風が吹き込み、カーテンがひらひらと揺れていた。ジョンは、
「ジョージ!」
と、大声を挙げて窓の下を見た。ジョージの姿はなかった。ただならぬジョンの声を聞いたアンナとオリバーは部屋にとんで来た。
「どうしたの、ジョン」
「ジョージがいないんだ。オリバー、ジョージはどうした」
オリバーは、眠い目をこすりながら、
「パパどうしたの。僕は何も知らないよ。いつものように部屋に戻って、いつものように起きたばかりだから・・・」
「あなた。一体何があったの。ジョージがどうかしたの。」
「とにかくジョージがいないんだよ。窓も開いたままだ。それにパジャマも脱ぎ捨てたままだ。ジョージの身に何かあったに違いない。ママとオリバーは、家の中を探せ、おれは外を探してみる」
三人はジョージの名前を叫びながら捜し回ったが、何の返事も姿も確かめることができなかった。ジョンは地元の警察と森林警備隊に連絡を取って捜索を頼んだ。しかし、その日は家の中とその周辺の野原や川、林でも何の手掛かりもなく過ぎてしまった。
次の日から大々的な捜索が始まった。捜索は一週間も続けられたが、やはりジョージを見つけ出すことはできなかった。そして捜索は、
「少年ジョージは謎の行方不明、手掛かりは全くなし、考えられる可能性は全て手を尽くした」
として打ち切られた。
ロイも急を聞き付け、ジョージがいなくなった翌日から捜索に加わっていた。若いときから森林警備隊として活躍していたので、この地域はだれよりも知り尽くしていた。しかし、ロイの経験もこの事件には役に立たなかったのだ。捜索打ち切りの警察の方針を聞いてがっくりと肩を落とした。疲れ切った顔にはこの一週間手入れをしていない自慢のあごひげが、光を失ったかのように伸びていた。
家に帰り着いたロイとジョンは、悲しみに暮れているアンナを、まともに見ることはできなかった。
「一週間前のあの日は満月だったな。わしも自分の家で見たよ。今までに見たこともないような青い月だった。その光は青白く一面に降り注いでいたよ。まさかジョージはオオカミになってしまったのじゃないだろうな」
「冗談は止めてくれよロイ、あの話は子どもだましの言い伝えだろう」
「ジョージの部屋にパジャマが残っていたというが、ポテトチップスを食べていたかどうか分かるかね」
ジョンは、あきらめた顔をして思い出していた。
「ああ何も役にはたたないだろうと思って警察には言ってなかったが、クローゼット中に食べ残しのポテトチップスがあったよ。すぐ片付けてしまったけどさ」
ロイは、それを聞いて、少し閃いたように言った。
「そうか、ジョージは満月の夜にポテトチップスを食べてオオカミになってしまったんだ。長老が話していたことが本当のことになってしまったのかもしれんぞ。今となってしまってはそれしか考えられんよ。このわしには・・・。」
「ロイ、本気で言ってるのかい。ジョージが言い伝えのようにオオカミになって、山にいるオオカミたちと一緒に暮らしているとでも・・・」
ジョンは全く話に乗ってこようとはしなかった。それもそのはずだ。一度だって、誰かがオオカミになったという話を聞いたことがなかったからだ。
「本気だ。明日、山に登ろう。アンナもオリバーもだ。オオカミのいるあの山にな。そして長老が言っていたことをやるんだ」
「何のことですか。長老が言っていたこととは。そして、何をやろうって言うんですか」「まあ、今夜はゆっくり休もう。この一週間ろくに寝ていないからな。疲れたよ。明日になったら話す。とにかく、みんな体を休めよう」
アンナもオリバーも二人の話を聞きながら、聞き返すことさえできないくらい疲れていた。次の日、どんよりとした曇り空の下、昼過ぎから四人は山の方へ向かって歩いていた。そして、見晴らしのいい小高い丘の所まで来た。そのわきにあるけもの道を見つけるとオオカミのすみかとなっている、さらに高い山の方に向かって登り始めた。すでに日は落ち辺りは薄暗くなってきていた。耳を澄ますと遠くの方から、オオカミの遠ぼえが聞こえてきた。
「ウオーオーオー」
「ウオーオーオー」
「ジョージー」
「ジョージー」
四人は、それぞれ声を限りにして叫んだ。
まるで、その呼び声に応えるかのように、
「ウオーオーオー」
と、声がした。いや、違う。声ではなかった。実は応えていたのは、一週間前にあのオオカミになってしまったジョージだったのだ。ジョージは家族の声を確かに聞いた。そして、
「僕は、ここだよ」
と、言っていたのだ。しかし、どんなに大きな声で言っても、
「ウオーオーオー」
としか、ほえることができなかったのだ。
アンナが気が狂ったように叫んだ。
「ジョージー」
「ウオーオーオー」
「ジョン、ロイ、あれは確かにジョージよ。私には分かるは。本当にオオカミになってしまってたのね。なんてことでしょ。かわいそうなジョージ。苦しんでいるのよ。戻るにも戻れない悔しさが一杯で泣いているのよ」
「今日はこれくらいでいいだろう。さあ、帰ろう」
と、ロイが言った。
「ここまで来てジョージがいることも分かったのに、どうして帰るんだい。ロイ」
「オオカミのまま、連れて帰る訳にはいかないだろう」
「じゃ、どうすればいいんだい」
「ジョージがいることを確かめることができたから、やっと話の続きができるよ。実は長老の言うことには、オオカミになった人間をもう一度人間に戻す方法があるとな。それはオオカミに人間の家族の血をなめさせるんじゃ。それも新月の夜じゃ。満月から二週間後になる。まさか人間に戻すことまで、言い伝えの続きをしなければならなくなるとは思いもしなかったよ」
ロイは、黙り込んでしまった。みんなの様子を見ながら言った。
「ジョージ、よく聞け、一週間後の夜に、また、おれたちはここに来る。そしてお前はジョンの腕をかむんだ。ジョンの血を一滴でもなめれば、お前は、また、もとのジョージに戻れる。いいか、勇気を出してやれよ。この時ばかりはオオカミのボスに従ってはいけない。チャンスは一度だけだ」
ロイは、あらん限りの声を振り絞って山に向かって叫んだ。
「ウオーオーオー」
まるで、分かったと言わんばかりにすぐ遠ぼえが聞こえてきた。
「ロイ、そういうことだったのか。新月は一週間後だな。ジョージを助けるためにはどんなことでもする覚悟はできている。アンナ、オリバー心配するな。さあ帰ろう」
アンナとオリバーはジョージを助けることができると知り、気を取り直してもう一度叫んだ。
「ジョージー」
「ジョージー」
「ウオーオーオー」
ジョージの遠吠えは一時の別れを惜しむかのように山々に響き渡った。
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