第61話 背負うべきモノ
『
今年もまた『黒の月』が巡って、一年が終わった。
『呪われた島』では『混沌の月』を大々的に祝う。街中は美しく
また、『混沌の月』は魔のモノにとっては社交のハイ・シーズンで、幻魔は連日、同族を大勢招いたパーティーを
イリスとシーモスもレーキを残して、たまに出かけていった。
雲より高い場所を飛んでいる、『呪われた島』に四季は無いようだ。暦はすでに冬を迎えているというのに、この島では季節さえ春のまま時を止めている。
島を取り巻く大気の温度は、そのままなら人びとが凍えてしまうほど冷たい。それを、大規模な魔具を使って適温に保っているらしい。
イリスは、屋敷の中でたまに子供の姿をとるようになった。そちらの姿の方が、イリスものびのびとしているように見える。
イリスの怪力は、本人曰く『竜人だから当たり前』のようで、特別な能力とやらではないらしい。竜人というのは他にどんな能力を秘めているのだろう。
近頃、レーキは警戒しつつも、イリスたちと街中や郊外に出かけるようになった。
『呪われた島』の郊外には、幾つもの大規模な温室が建てられている。そこでは寒暖差を必要とする植物や、『呪われた島』の気候に合わない植物や動物が育てられていた。
希少な果物を収穫することの出来る温室は、イリスのお気に入りで、そこにいる時の彼は終始楽しげだった。
レーキが『呪われた島』にやってきてから半年。とうとう魔装具の設計図が出来上がった。
「設計は完璧でございます。後はこれを形にいたしますだけでございますね」
工房でシーモスが自信に満ちて宣言する。
「早速、職人たちを手配いたしましょう。部品が出来上がり次第組み上げます」
「良かったね! レーキ。これでまた飛べるようになるね!」
今日は大人の姿をしたイリスが、ぱちぱちと手をたたいて喜んでいる。
「ああ、ありがとう」
素直に礼を返したレーキの表情も、晴れやかだ。
「……レーキ様がただ一言、『魔人になる』とおっしゃられれば、こんなに回りくどい手段をとらずに済むのでございますが」
魔人になれば、魔力で汚染されることの懸念が無くなる。強力な治癒魔法で数日のうちに羽を再生する事も可能、らしい。
「シーモス! ダメ! その話は無しでしょ!」
相変わらず、イリスはレーキの魔人化に反対している。真剣な眼差しで、シーモスに釘を刺す。
「ふふふ。冗談でこざいますよ」
「……それは、質の悪い冗談だな」
レーキとて魔人になるつもりは
「レーキの言うとおりだよ! シーモスは時々イヤなこと言うんだから!」
「申し訳ございません、イリス様。もう悪い冗談は申し上げませんから」
それで、イリスの機嫌が直ってしまうことをシーモスは良く知っているようだ。イリスは茶菓子を受け取って、にこにこと
「……あ、そうだ。ねえ、レーキ。その羽は『方舟』で切られたのは知ってるけど……その片方の眼はどうしたの?」
唐突に無邪気に。イリスは菓子を摘まんだ指をちらりと舐めながら訊ねてくる。
それが、レーキが最も恐れていた質問であることをイリスは知らないだろう。
レーキは直ぐに答えることが出来なかった。
「……随分と古い傷痕でございますね」
「シーモスにはこの眼は治せないの?」
「ふむ。少々難しいかと存じます。傷ついてから長く時がたってしまうと治癒魔法は効きづらくなって行くのでございますよ」
二人がそんなやりとりをする間、レーキは片眼を、養父母を失った、あの日のことを考えていた。
焼ける
あの時自分が放ったモノは、確かに未熟だが強力な天法だった。死に物狂いで身を守るためとはいえ、自分はあの大工を──
あの大工にだって、今の自分と同じように大切な人たちがいたはずだ。その人たちともっと生きていたかったはずだ。
命を奪うと言うことは、そのヒトの未来の全てを奪うことだ。
レーキは今まで、その事を深く考えることを止めていた。考えてしまえば、その罪の重さに押しつぶされてしまうから。
でも、それでは駄目だ。罪を背負って歩いて行くことは、自分に課せられた罰の一つなのだから。
「……どうしたの? レーキ?」
すっかり沈黙してしまったレーキの顔をのぞき込んで、案じるようにイリスが訊く。
レーキは一つ深呼吸をして、真っ直ぐにイリスを見つめた。
「……これは……そうだな。俺に課せられた罰なんだ。だから、たとえ治せても、治さなくていい」
「……いったい、なんの罰、なの?」
レーキは片眼を失った
故郷の村が盗賊におそわれたこと、盗賊を引き入れたと思い込んだ村人に襲われたこと、自分を殺そうとした大工を返り討ちにしたこと、そして、逃げ出して盗賊団の一員になったこと。その全てを。
「……で、でも、それはレーキが殺されそうになったから、なんでしょ? レーキは悪くないよ……」
「それでも、俺がヒトの命を奪ったことには変わりない。誰かの蓄えを掠め取って生きていたことにも」
向き合うべきは過去の罪。背負うべきはそこから先の生き方という罰。
「……俺は今の『山の村』へ行ってみたい。あの大工の家族が今も生きているなら……会って謝罪したい」
たとえ謝罪出来たとしても、許されることは無いだろう。命を差し出すことは出来ないが、それ以外のやれることは全てしよう。
それが今のレーキの本心で。
「……その村は、『ソト』に有るんだよね?」
「ああ、グラナートに有る」
「そっか」
そう呟いたイリスは何かを恐れるように、ぎゅと眉根を寄せた。
その日の夜。イリスはレーキの部屋にやってきた。
今は子供の姿で、イリスはレーキに『ソト』の話をせがんだ。
「そうだな、今日は何の話をしようか?」
「……あのね、今日はレーキが生まれてから今までどうやって生きていたのか、その話が聞きたい」
真剣な表情でイリスは言う。だから、レーキは淡々と全てを話した。
山の村での暮らし、盗賊団の仲間、師匠のこと、アガートとの出会い、天法院の日々、クランたちと過ごした『学究祭』の思い出、セクールスとクラスメイトのこと、ズィルバーと魔獣除けのベルのこと、そして最後に大切な人、ラエティアのことを。
思い出の全てが自分を形作っている。だから、それを知りたいと願っているイリスに伝えた。
「……ありがとう。そっか。レーキには、いっぱい大切なヒトたちがいるんだね」
全てを聞いたイリスは、ため息のように言葉を漏らす。そして、意を決したように唇を一文字にひき結んだ。
「……ねえ、レーキ。レーキは『ソト』に帰りたい?」
「……ああ。帰りたい」
それが嘘偽りのないレーキの本心だ。だから、それを誤魔化すことなんて、出来ない。
イリスはゆっくりと、苦悶の表情を顔に浮かべた。
「……そっか。……そうだよね。そうだよ、ね……」
頷いたイリスは泣き出しそうに顔をくしゃくしゃにして、喉から絞り出すように呟く。
「……ご、ごめんね。僕、僕なら……ううん。僕にも、出来ない……君を『ソト』に帰してあげられない……僕、僕は……ごめんね……ごめん……それに、ホントは君に『ソト』に帰って欲しくない……! 僕とずっと一緒に居て欲しい……!! 行かないで……!!」
堪えきれずにぽろぽろと大粒の涙が、本音と一緒にイリスの茶色い
号泣するイリスを前にして、レーキはどうして良いのか戸惑う。正直なところ、幼い子供と接した記憶は少ない。だから、自分が幼い子供だった頃、そうして欲しかったと思うことをする。
「……大丈夫。君のせいじゃない。君が謝ることじゃない」
レーキは、イリスの頭をそっと撫でた。黒い髪は柔らかくて、さらそらと心地良い感触だ。
「……っ! レーキ、レーキ……!! ごめんね……ごめんね……!」
イリスはレーキに抱きついて、肩口に顔を埋める。そんなイリスの背中を、レーキは彼が泣き止むまで優しく叩き続けた。
「もうじき、『ソトビト』の報告書を作らなきゃいけないの」
泣き腫らした
「ナティエちゃんもラルカくんも『ソトビト』のことが知りたいって手紙をいっぱいくれるんだ。だから報告書、作らなくちゃ」
「俺に、出来ることはあるか?」
レーキの申し出に、イリスはうんと嬉しそうにうなずいた。
「報告書、書くの手伝ってくれる?」
「ああ、もちろん」
「それじゃあ、今日から書き始めよう」
そう言って、イリスは紙の束を取り出した。二人はあれこれと相談しながら白紙と格闘する。
「後でシーモスも来るよ『お二人だけだと不安でございます』だってさ!」
「ははは、俺たち、信用されてないな」
二人は声を上げて笑う。昨晩は泣いていたイリスがいつもの調子を取り戻して、レーキは安堵する。
「……これが終わったらまた温室に行こう? それでね、甘い実をいっぱい採ってね、美味しいケーキを作ってもらうの!」
「報告書を書いたご褒美に?」
「うん!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます