第41話 新しい仕事

「あ、レーキ! 仕事探し?」

『ギルド』の食堂で、知り合ったばかりのウィルと、安価な値段にしてはなかなか美味い昼食をっていたレーキに声を掛ける者がいた。

「……ん。ああ、ネリネか。確かに次の仕事を探している、が」

 口に入れたばかりの牛肉のシチューを飲み込んで、レーキは一週間ぶりに出会うネリネを見上げる。

 彼女は遠慮も会釈も無く、レーキの隣に腰掛けると、自分のために軽い飲み物を頼んだ。

「仕事の話なら一つ良いのがあるけど……んで、この剣士っぽいハンサムさんはだーれ?」

 好奇心いっぱいの表情で、ネリネはウィルの顔を覗き込む。確かにウィルはなかなか整った顔立ちで、優しく微笑めば恋人にも不自由しないと思われた。

「ンあ。オレか? 剣士っぽいじゃない。オレは剣士だ。ちんちくりんのお嬢ちゃん」

 ウィルは腰に下げた二振りの剣を叩きながら、にぃっと笑った。

「……レーキ。あたし、コイツ、キライ」

 口もとをひくりと震わせて、ネリネは腹立たしそうに声を低くする。

「ウィル、彼女はすでに成人している。彼女はネリネ、彼はウィリディスだ」

「へーそうなのか? ちんちくりんでかわいいから中等校の学生かと思ったぜ! 言いにくいならウィルと呼んでくれ。お嬢ちゃん」

 親指を立てて快活にいうウィルの顔を、ネリネはまじまじと見つめた。

「……うーん。かわいいには全面的に同意するし顔は悪くない、けど……ちんちくりん……やっぱり、あたし、コイツ、キライ」

 獣なら低く唸り出しそうな形相で、ネリネはウィルを睨んでいる。

「ははっ! おかしなお嬢ちゃんだぜ!」

 当人のウィルはどこ吹く風で、昼食の牛赤身肉ステーキを口いっぱいに頬張った。

「……所でネリネ。仕事の話がどうとかと言っていたか?」

「あ、そうそう。この間の遺跡ね、調査したら魔獣の群れが住み着いてることが解ったの。それでそいつらを掃討することになってね。結構人数を集めてて、報酬もなかなかだからあなたも乗らないかと思って」

 仕事に気分を切り替えたネリネは、頼んでいた果実水を受け取りながらレーキに向き直る。

「しかし俺はポーターだぞ?」

「もちろんポーターの仕事よ。掃討作戦が終わったら遺跡の調査もするから。そのための道具とか運んで貰いたいの」

 ポーターとして働くなら、危険はないだろうか? レーキは逡巡しゅんじゅんする。

「……その話、オレも一枚噛ませてくれ」

 塊の肉を片付けたウィルが、口もとを品良く拭いながら会話に加わった。

「魔獣退治だろ? ならオレのような剣士の出番は多いよな?」

「……ねえ、レーキ。コイツ、腕は立つの?」

 にかぁっと、歯を見せて笑っているウィルに向かって、ネリネは懐疑的な眼を向ける。

「ああ。ヴァローナの『剣統院けんとういん』で学年代表に選ばれるほどには。何年か前に試合を見たが、かなり出来ると思う」

 レーキは、あの時見た試合を思い出していた。常にグラーヴォの上手を行き、翻弄ほんろうしていた華麗な剣技。裏腹に上手に包み隠した鬼気。あれだけの技巧者はそうはいまい。

「お前が見たのは二年の時のオレだろう? あれからオレはものすげー進化してるぜ!」

 臆面もなく言い放ったウィルは、自信に満ち溢れた表情を、その男前な顔に浮かべた。

「……あ、そ。学生の時成績優秀でも実戦ではてんで役に立たないヤツもいる。あんたは違うって言える?」

 プロの顔をしたネリネが、値踏みするようにウィルを見つめる。鋭い視線に臆することもなく、ウィルはネリネを見つめ返す。

「魔獣退治は経験がある。騎士団で愉快な仕事と言えばそれくらいだったしな」

「騎士団? こんな所でぷらぷらしてるってコトは騎士団を放り出されたの?」

 やっぱりね。とでも言いたげなネリネは、ふんと鼻を鳴らした。

「違う。こっちから辞めてやったんだ。騎士団ってトコは体面ばっかり気にしてクソみてえなお貴族様がふんぞり返っていやがってな。魔獣退治で手柄をたててもみんな奴らの出世の道具にされちまう。それが馬鹿馬鹿しくてなぁ」

 それは苦い経験だったのだろう。ウィルの表情に一瞬暗い色が陰る。

「……ふうん。ちなみにどこの騎士団にいたの?」

 ウィルの事情を聞いて、ネリネは少し態度を軟化させた。一応聞いておいてやる。と、言外に示しながら、ネリネは腕組みをした。

「ニクスだ」

「は?」

「だから、ニ、ク、ス! ニクス雪白の騎士団だ!」

「聞こえてるわよ! なんなの?! 『五大国一』の騎士団をわざわざ辞めて来たって言うの?! アンタもレーキと同じ類いのバカなの?! ワケわかんない!」

 剣士や戦士にとっては憧れの騎士団、その中でも『五大国一』と噂されるニクス雪白の騎士団を自ら辞めてしまうことも、最高位の五つ組の王珠おうじゆを授かりながら天法士として働かないとのたまっていることも、ネリネにとっては同類の『ワケのわからない』こと、らしい。

 勿体ない、という点ではネリネの嘆きはもっともだった。

 レーキとウィルの二人は、揃って顔を見合わせる。

「……はあっ、まあ良いわ。人手は多いに越したこと無いし、ニクスの騎士団に一度は入れる位なら腕も確かでしょう。アナタを雇うように『ギルド』に推薦しておく」

「うしっ! 魔獣退治!」

 子供がピクニックにでも行くと知らされた時のように、ウィルは喜んで拳を握った。

「で、レーキはどうする?」

 レーキに向き直ったネリネは微笑んで、眼鏡の位置を直す。できたら引き受けて貰いたい。期待を含んだネリネの視線に、レーキはわずかに眉を寄せた。

「……決行はいつだ?」

「四日後の早朝に金鉱の前から。引き受けてくれるならアナタには前日に荷物を運んで金鉱の町に入って貰う。金鉱の町で宿を取って一泊よ」

「解った。報酬は?」

「これだけ」

 ポーターの仕事としては、上限に近い報酬額を提示されて、レーキの心は揺れる。

「……解った。依頼を受ける。だがあくまでも俺はポーターだ。それを忘れないでくれ」

 結局、報酬に釣られた。ネリネに念押しして、レーキは心を決める。

「解ってる。契約成立ね、お料理も上手なポーターさん」

 ネリネは、レーキが天法士てんほうしであることを開かそうとはしなかった。彼女の義理堅さに感謝しながら、差し出されたネリネの右手をレーキは握り返した。


 三日後の昼前に、レーキ達は『学究の館』を出発した。レーキとネリネ、それから二人についてきた、金鉱の町の位置を知らないと言うウィルはそろって街道を進む。

「そーだな、その町とやらまで暇だから、護衛でもしてやろうか? お嬢ちゃん?」

「……護衛なんて……要らないわよ」

 吐き捨てるネリネの様子を、気にかけた風も無くウィルは「そりゃ残念。報酬を増やそうと思ったのにな!」と、とぼけたように答える。

 レーキはネリネに、個人的なポーターとして雇われた。運ぶモノはネリネの調査用器材と彼女の食料と水、それから自分の食料と水と調理道具だ。

 今回ネリネは、連射が出来る小型のクロスボウと矢筒を携えていた。彼女は遺跡調査に向かう依頼人であると同時に、魔獣退治に参加する雇われ人でもあった。

「あたしの本職は考古学者だけど、それだけじゃ生活が苦しいから。普段はこうしてレンジャーも兼業してるの」

 ネリネのたずさえたクロスボウはよく手入れされていて、彼女はいかにもその扱いに慣れているようだ。では、なぜ前回は護衛など雇ったのだろう?

 レーキが疑問に思って押し黙っていると、ネリネはそれを察したように振り向いた。

「あたしね、遺跡とか古代のモノとかに囲まれてるとそっちに意識を集中しちゃって他のコトとかどーでも良くなっちゃうの。だからこの前は念のために護衛を雇ったんだけど……失敗だったね」

「ああ、そう言うことか」

 納得した様子のレーキに、ネリネはこの前の出来事を思い出したのか、唇に苦笑を浮かべる。

「次は失敗しない! ……そうねぇ、いっそあんた達のコトはこのあたしが護衛してあげるわ。何が来ても任せておきなさい!」

「おー頼もしいなーお嬢ちゃん!」

 子供の悪戯を眺めて微笑むような、慈愛の表情で、ウィルはネリネを見ている。小柄なネリネと大柄なウィルが並ぶと、まるで兄妹のようだ。と、レーキは思ったが、これは言わぬが花だろう。

「あんたねぇ……その『お嬢ちゃん』っての止めなさいよ。あたしにはネリネ・フロレンスってれっきとした名前があんのよ! それにこの中じゃ多分あたしが一番年上だからね!」

 びしりと音でも立てそうな勢いで、ネリネはウィルに人差し指を突きつける。

「あンん? そうか? オレは十九歳だが……あんたは?」

「俺か? 俺はもうすぐ、二十一歳、だな、多分」

 突然訊ねられて、レーキは指折り数えて自分の歳を思い返した。

 レーキは自分の生まれた日を知らない。卒業式がある『青の月』生まれで有るらしいことは解っていたので、『青の月』が終われば歳をひとつ取ることにしていた。

「やっぱりね! あたしは『混沌の月』生まれの二十二歳よ!」

 予想が当たり勝ち誇って、ネリネが胸を張る。

「ふうん。三人とも大して違わねーじゃねぇか」

「違うわよ! 大違いよ! とにかくあたしはアンタより年上なんだから敬いなさい!」

「はいはい。解りましたよ。ネリネお嬢さま」

「ぐぎぎぎ……! お嬢ちゃんよりはマシだけど、でも、なんか、ムカつく……!」

 ネリネを揶揄からかって遊ぶことが、楽しくなってきているのだろう。ウィルは黙っていれば男前な顔に、にやと笑みを浮かべてネリネの隣を歩いている。

 それを振り切るように、ネリネは後ろ手に腕を組み合わせて、前を行くレーキの隣に並んだ。

「……それにしても、レーキは多分って……自分の歳なのに曖昧なのね」

「俺は生まれた日と言うヤツを知らないからな。自然と曖昧になったな」

 背に負った荷物の位置を直しながら、レーキは前を向いて歩を進める。その隣で、ネリネは思いついたように「ああ」と呟いた。

「……グラナートでは誕生日を重視しない風習があるとか?」

「いや。グラナートでも生まれた日は祝う。俺は孤児なんだ。だから誕生日は解らない」

 淡々と過去を告げるレーキの横顔を、ネリネは黙って見つめる。短い沈黙の後、ネリネは明るく微笑んだ。それは哀れみでも悲嘆でもなく。ただ柔らかな笑みだった。

「……そっか。あ、でも、もうすぐ二十一ってことは生まれ月くらいは解るんでしょ?」

「ああ、それなら『青の月』だ」

「やだ、今月じゃない!」

「そうだな。それがどうかしたか?」

 驚きの声を上げるネリネを見やって、レーキは事も無げに言う。

「えっと、その……誰かお祝いとかしてくれる人、居ないの?」

「……師匠……師匠が生きていた頃は『青の月』の最後の日にいつもより飯を一品増やしてくれた。肉とか魚とか……とにかく美味いものを。今思うと……それが『お祝い』だったのかもな」


 師匠は決まって「『青の月』最後の日だから、今日はご馳走にしましょう」と言った。

 日々の生活は慎ましくて、ご馳走と言ってもたった一品、夕餉ゆうげのメニューを増やすだけ。

 大げさな誕生日祝いの言葉などは無かったが、師匠はレーキが一つ歳をとることを喜んでくれた。

 それに師匠はいつだって、背丈が伸びることを、出来なかったことが出来るようになることを喜んでくれた。レーキにとってはそれで十分だった。

 師匠がこの世を去ってからは、『青の月』最後の日は特別な日では無くなっていた。


「……そっか。今はお祝いしてくれる人、いないのね。あたしと同じだ」

 ネリネは笑みを浮かべたまま、自分を指差した。

「あたし一人っ子でね。おかーさんはあたしを産んですぐに亡くなったの。だからあたし、おとーさんに男手一つで育てられたのね。そのおとーさんもあたしが十八の年に死んじゃった。だからお誕生日お祝いしてくれる人、今は居ないの」

 天涯孤独で有ることを、からりと明るい表情でネリネは告げる。その後で、言い訳のように慌てて付け足した。

「あ、あ、もちろん友達はいるのよ?! でも、こんな風にフィールドワークばっかやってると……なかなか会う機会とかないだけだし!」

 言い募るネリネの顔を見ていると、レーキは何故だかクランたちの顔を思い出した。思い出せる友がいる。そのことが無性に嬉しかった。

「……ああ、俺にも友達はいる。ただ、生まれた日の話なんてしたことは無くてな」

「そ、そう。それなら良いの! 何だかしんみりしちゃうから……この話はお終いね!」

「くくっ。お嬢ちゃんが言い出したんじゃねーか」

 いままで黙って二人の会話を聞いていたウィルが、ぽそりと呟く。それを聞きとがめたネリネが、きっと眼を鋭くしてウィルを振り返った。

「うっさい! バカ! ……あたし、やっぱり、アイツ、キライ!」

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