ダンジョンズ・インク

Chibi

Case=1 《凍れる地下迷宮》編

第1話 勇者アアアアと凍れる地下迷宮

フレードリヒ公国と聖オムラウト帝国の境に位置するダルガード大山脈。埋め尽くす魔物と降り積もる雪に隠された中にその入り口はあった。氷の魔王の居城、《凍れる地下迷宮》だ。

30階にも渡る長いダンジョンを乗り越えて、勇者アアアアは巨大な扉の前に居た。

「この先に魔王が居るに違いない!待っていろ!」

両開きの扉が不快な音を立てて動き出した向こう側に居たのは、魔王と呼ぶにふさわしい5m大の怪人で、50m四方もある神殿のような部屋の中心に座っていた。

「ようこそ。人間よ!よくぞこの長い道程を踏破して見せた!しかし貴様の命はここまでだ!」

氷の玉座から立ち上がったそれは、真っ青な肌に豪華な宝石の装飾を纏った太った人型で、その声は低く、巨大な部屋を震え上がらせるものだった。魚のような口と鰓からは冷気が溢れ出し、冷たい部屋をより寒くさせていた。

「これを喰らえ!冷凍光線!!」

氷の魔王、ダルガードは両手からエネルギーを集中させ、それを解き放った。部屋全体を包む閃光とその中を貫くビーム。しかし水滴のもやが晴れた先に勇者の亡骸はない。

「なに!?」

攻撃を交わした勇者は壁を蹴り、魔王へと接近する。魔王はビームを乱射するが、勇者の剣が跳ね返す。

「こうなれば!!」

魔王がそう言った瞬間、天井から魔王と同じ顔をした半魚人たちが襲いかかってきた。

勇者は剣と盾で身を守ろうとするが、次々に襲ってくる半魚人には対処しきれない。

「フォッフォッフォ!見たか勇者め!!」

しかし。

「魔法!バーニングフレア!!」

勇者の右手から放たれた火球は半魚人の群れを一掃した。彼らの体が氷解していく。

「なんだとう!!??」

トドメの一撃。勇者が再び魔法を唱える。

「魔法!メテオラバースト!!」

魔王の胸元で巨大な爆発。

「おのれ!人間めえ!!この・・私がぁあぁあぁあ!!!!」

魔王は轟音を起こして地面に倒れた。

「やったぜ!氷の魔王を倒したぞ!」


報酬の氷の魔導書と経験値を手に入れた勇者はブシュン、と音を立ててダンジョンの入り口に転送された。と、同時に神殿は光を放ち、消えた。代わりに真っ白な背景が浮かび上がり、コツコツと足音を立てて1人の人間の男がどこからともなくやってきた。

「酷いダンジョンですね。責任者!」

スーツ姿の彼が叫ぶと白い空間の中心で倒れていたダルガードがムクリと上体を起こした。

「は、はい。私です。」

その声は低くドスの利いたそれではなく、掠れた、いわゆる人間の声だった。魔王の体はみるみると縮み始め、やがてスーツ姿の人間になった。

「人事部から来たNo.54です。あなたはNo.277ですね。ダンジョン責任者は2度目だ。」

「は、はい。そうです。」

それからNo.54はこう続けた。

「まず。ダンジョンが長過ぎます。地下30階建てって。」

「あ、それは山の標高が高かったので高さが余って。」

「とにかく長過ぎると言っているんです。センスないですね。それに外の山脈にも魔物がいましたね。どれだけ倒させる気ですか。勇者も暇じゃないんですよ?」

「す、すみません。」

「長い割に難しくないのも問題です。つまり退屈だ。あなたが退屈な人間なのと同じです。」

No.277は何も言えない。

「それから、特にボス戦が酷い。あなたのことです。ギミックが陳腐ですね。仲間を呼ぶだけなんて。使った魔法なんて冷凍光線だけでしょ。この名前もダサいですがね。長いダンジョンのくせして拍子抜け過ぎる。」

No.277は何か言おうとしてやめた。

「それから小さい穴が目立ちますね。いえ、小さな穴も。でしたか。ボス部屋が広過ぎる。討伐報酬が安過ぎる。それにダンジョンクリア後のテレポート地点。ダンジョンの入り口って魔物ひしめく雪山でしょう?不親切すぎます。システム面でプレイヤー苦しめてどうするんですか。」

「す、すみません。」

「すみませんで済んだら人事部はいりません!全く。魔王が一瞬でやられてしまうなんて。No.277。あなたをこのダンジョンの責任者から外します。やる気がないなら辞めてくれても構いません。」

「そ、そんな!」

「今月の給料日を楽しみにしておくんですね。」

No.54は革靴の音を響かせながら去っていった。その日の内に辞令が降り、結局この日はNo.277の氷の魔王として最初で最後の日になった。

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