午後8時のウィルス

夏秋冬

午後八時のウィルス

政府は午後8時以降の外出自粛を国民に要請した。


公益財団法人長州疫病研究所の研究報告によると、コリナウィルスは紫外線に弱く日中は感染力が弱いが日没以降の時間帯になると感染力が強まり、夜間の時間帯に外出、会合、会食すると感染の危険性が高まるという研究結果が公表された。これを受けて、政府は時間を区切っての外出自粛を要請した。


この研究結果には疑問も持たれた。疫病の専門家からは「そんなウィルスは聞いたことがない」との異論も噴出したが、前首相のお膝元から出た研究報告結果に現首相は異論をはさむことはできなかった。


日本国全土で午後八時以降の経済活動はほぼ停止した。企業は残業を規制し定時に退社することを強制した。飲食店を含む商店も午後8時以降は客が訪れるわけもなく自然に閉店する流れになった。酔客が夜の街を歩くこともなくなった。


しかし社会のインフラは9時から17時の労働で支えられているわけでもない。夜間における道路、ガス、水道、電力のインフラ工事は世間が寝静まった夜間に行われる。彼等の仕事が政府によってかえりみられることはなかった。


吉田は道路工事の会社で働いていた。政府の要請は知っていたが会社が受けてきた夜間工事にシフトが組まれれば行くしかない。技能職といえども会社員の身では仕事を拒否する権利もない。


現場では始業時間の前に職長が体温計で各作業員の体温を測り記録してく。37度を超えていれば作業はできない。

街路を照らす夜間照明の中で作業が始まる。アスファルトを剥がし、路盤を慣らす。新しいアスファルトを摘んだダンプカーが現場に現れ灼熱の新しいアスファルトが施設されていく。その全ての作業に吉田は汗を流しながら取り組む。必ずつけていろと言われている不織布マスクは汗に濡れ呼吸が苦しくなり半分ずれたままになっている。それでも仕事が優先でウィルスの心配などしておられない。


作業が終わり会社の作業車で帰る途中に若い期間契約の作業員は「コリナって夜にうつりやすいんでしょう?こんな仕事死にに行くようなもんじゃないですか」と言ったが吉田はそれに反論できなかった。建設作業なんて危険と隣合わせだと反論もできたが、ことウィルスとなれば話は別だ。それでも家族のいる自分には働く以外に選択肢はなかった。


ニュースで研究所と前首相の癒着が報道され、午後八時にウィルスが活性化するという報告がガセだと知らされた。まあそりゃそうだろうなと吉田は思い、だからといって夜間工事が楽になるわけでもないと吉田は思った。

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午後8時のウィルス 夏秋冬 @natsuakifuyu

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