第92話 公園の2人

 



 すっかりと、鋭い日差しが容赦なく襲いかかる今日この頃。


「あの2人かな? 千那」

「あっ! そうだよっ!」


 とある公園を見ながら、


「バレない様にしないと。太陽くん!」

「おっ、おう」


「もうちょっとくっついて?」

「おっ、おう」


 俺は、見事願望通りに千那と2人きりで居る。それも肩と肩がぶつかりそうな位の距離感で。

 ただ、想像していたデートと言えば、誰が見ても首をかしげるだろう。


 ……めちゃくちゃ近い! けど……デートとは違うくないか!?


 どうしてこんな事になってしまったのか。話は昨日の夜に遡る。


 意を決して、千那をリベンジデートに誘ったまでは良かった。ただ、誤算が1つ。

 千那を意識し過ぎていたせいで、日付の感覚が狂っていた事だ。

 暦を見れば4月も後半。むしろ5月に差し掛かる時期。そう、世間で言うゴールデンウィークに突入していた。

 そんな大型連休。しかも千那に予定がない訳がなかった。



『ごっ、ごめん! 明日はその……用事が……』

『そっ、そうだよな……』


『あっ、でも待って!?』

『ん?』


『あの、もし太陽くんが良かったらで良いんだけど……協力してくれないかな?』

『協力?』


『うん。明日ね? ある人の尾行をお願いされたんだ』

『びっ、尾行? 一体誰を……』



 そんなやり取りを経て、今現在に至る。


 正直、デートじゃない。ただ、俺としては千那と2人で居られるだけで問題ないと思い……2つ返事でOKをした訳だ。


 ……まぁでも、ここまで距離が近付けただけ恩の字か? いや、


「きっ、来たよ! ブランコの方行ってる」

「あれがターゲット達か」


 どちらにせよ、この依頼だけはコンプリートしないと。


 公園外のフェンスに肘を掛け、俺と千那は文字通りカップルを装いながら公園内を見つめている。

 そこに現れたのは2人の人影。それは間違いなく今回のターゲットだった。


 ……あれが算用子さんの従弟か。



『あのね? すずちゃんにお願いされてさ? 従弟を尾行してくれないかって』

『びっ、尾行!?』



 正直、その話を聞いた瞬間……算用子さんが狂ったのかと思ったよ。いや、その理由もなかなかの狂人っぷりだったけどさ?


 従弟が同級生の……美人ちゃんを脅しているかもしれない。なんて話、いくらなんでもおかしいだろ? しかも身内が信じないとか……って、ん!?


「なぁ千那? 男の子が算用子さんの従弟だよな? じゃあ隣の……金髪の子が……」

「そうだよね? 見た感じ、外国の子って感じだけど……すずちゃん曰く脅迫を受けているかもしれない子……だよね?」


 短髪で爽やかそうな男の子。その子は算用子さんの従弟で間違いはない。

 そして、その隣の……金髪の女の子。2人の関係を暴く事。それが算用子さんの依頼だ。


「だな?」

「そもそも、2人の画像は真也ちゃんに見せて貰ってるから間違いないよね」


「あぁ。それに2人は普通に仲が良いって……真也ちゃんも言ってるんだろ?」

「真也とあの金髪さん……フェリスちゃんは同じクラス。転校して来て、真也ちゃんが色々と教えてあげてるみたいだから……間違いはないはずだけど」


「となれば、どんだけ疑ってるんだよ算用子さんは」

「そうなんだよねぇ。拓都たくとが、あっ従弟君の名前ね? 拓都があんな美少女と仲良くなる訳がないっ! 何か弱み握ってるはず! って聞かないんだよ」


 ……何があったか分からないけど、従弟を信用しなさ過ぎじゃないか? しかも今日この公園で会うって事まで掌握しているとは……まっ、俺と千那の2人でその様子を見てれば分かるよな。


「えっと、ブランコ座ったな?」

「うん」


「そんで……話してる?」

「笑顔も見えるし、楽しそうだよねぇ」


「だな? 結構盛り上がってる」

「フェリスちゃんもめちゃくちゃ笑ってる」


 ……今のところは普通だよな? って、あの……千那近くね? めちゃくちゃ良い匂いが……


「あっ、でも見てぇ? なんか顔向け合ってるよ?」

「でも、また前向いた」


「なんだろう? 妙に余所余所しくなったよねぇ?」

「だな……表情も妙に固く……って!」


「あっ! 手を……」

「拓都くんがフェリスちゃんの手に重ねる様に置いた」


 なっ、なんだよ! なんだこれ? 俺達は一体何を見せられてるんだ?


「そして……あっ! 手繋いだ」

「しかも俗に言う恋人繋ぎってやつだな」

「はう……」


 しかも恋人繋ぎ……って、そう言う関係じゃないと出来ないだろ? 


「これは……そう言う関係じゃね?」


「……あれ? 千那?」

「あっ……うん」


 一瞬千那の方を見ると、少し目が大きくなっていた気がした。ただ、その時点ではただの勘違い……そう思っていたけど……


「あっ、待て待て! ブランコが少しずつ近付いてる」


「あれ? この雰囲気ってまさか……」


 次の瞬間、その考えは一気に吹っ飛ぶ。


 ブランコに乗りながら、ゆっくりとその距離を縮める2人。そしてゆっくりと上半身が前かがみになったかと思うと……


「あっ! キッ、キス!!」


 その途端、2人は熱い口づけを交わした。


 おいおい、人通りがないとはいえ公園だぞ? 

 て、なんで俺達はこんなラブラブシーンを見ているんだ? って、とりあえず気まずくならない様に千那になんか言わないと……


「こっ、こんな真昼間からヤバくないか? なぁ千那?」


 苦し紛れの様に、思わず言葉を出してみたものの……隣にいる千那の返事はない。


「あれ? 千那?」


 流石にこの近距離で聞こえないはずはない。そう思った俺は、もう1度千那の方へと視線を向けた。するとどうだろう。そこにいたのは……


「ちっ、千那っ!?」


 瞳孔が開き、頬を真っ赤にさせた千那の姿だった。

 ちょっ! 顔赤くね!? ……はっ!


 その時、うっすらと……あの映画を見に行った時の光景が頭に浮かぶ。

 際どいシーンで驚いていたり、視線を下に向けて避けてたり……


『私ね? 今日の今まで誰とも付き合った事ないんだ。そういう経験がないの』


 まさか、こういうシチュエーション自体にマジで慣れて……


「は……う……」


 絞り出したような声。

 しかしながら、それと同時に大きく見開いた目が、徐々に閉じて行く。

 そして、静かに鼻から垂れるのが見えたのは……真っ赤な液体。


 それに気が付いた瞬間、千那の体はゆっくりと崩れ落ちた。


「千那っ!」


 間一髪で、千那の体を支える事に成功した俺。

 ただ、頭の中はパニック寸前だった。


 なっ、気絶? 熱射病? とっ、とりあえず何処か安静な場所に……って、あの2人の事はどうする?

 いやいや、今は千那の事が第一だ。

 にしても、意外と軽いな……ってバカか俺っ! 何処か木陰……はっ! 女の子を抱える男。傍から見たら……怪しさマックスじゃないかっ!


 焦りと使命感。

 そんな2つの感情に挟まれつつ、俺はとにかく必死だった。


 とりあえず、まじでどこか安全な場所へ! って言ってもどこが……

 そう考えながら、辺りを見渡す。すると、


 あれ!? 拓都くん達が居ない!


 さっきまでブランコでイチャイチャしていた2人が、いつの間にか居なくなっていた。となれば、公園には誰も居ない。後は、木陰にベンチでもあれば……


「あった!!!」


 幸運にも1箇所だけ、木の下に置かれたベンチが目に入る。そうなれば考える余地もない。


 ごめんよ千那。こんな所でお姫様だっこしちゃうけど……勘弁!


「よっと!」






「ふぅ」


 木陰のベンチに千那を寝せ、とりあえず一段落つくと安堵のため息が零れる。


 ショルダーバックを裏返して、丁度良い枕的な高さになった。

 ポケットティッシュを公園の水で濡らして、千那の鼻血も綺麗に拭いた。

 持ってて良かったハンカチ。水で濡らしておでこにポン。

 とりあえず、出来る事はしたかな。


 算用子さんに連絡したら、バイト中にも関わらずすぐに返事が来たな。しかも電話で。


【あとちょっとでバイト終わりだから、ちょっと頼んだ!】


 幸いにも、この公園は黒前駅のすぐ近く。そう時間は掛からないだろう。


「それにしても、ぶっ倒れるなんてな。まじでそう言うのに耐性ないのかな?」


 普段と変わらない顔で、すやすや寝息を立てる千那。言わずもながら、その表情も可愛い意外に言葉は浮かばない。


 って、何考えてんだよ俺。とりあえず、気休めでも手で仰いであげよう。

 ……ん? 


「ねぇ、そらくん? 今度はどこ行く?」

「お兄ちゃんはどこ行きたいの?」

「こっ、こら。みゆもみよちゃんも、くっつき過ぎだって!」


 おいおい。両手に女の子って漫画でしか見た事無いぞ? しかもどっちも顔が整ってるし、胸がデカイ。そんな谷間に両腕挟めてるだと? ハーレム状態じゃねぇか!


 ……行ったか。それにしても、公園入って来なくて良かった。あんなの千那が見たらもう1回卒倒するぞ。


 そう思いながら、ふと千那の顔に視線を向ける。

 寝顔とはいえ、やっぱりその顔は可愛い。そしてプクっと膨れ、艶やかな唇は……魅力的に他ならなかった。


 ゴクッ


 その刹那、邪な考えが頭を過る。

 誰も居ない公園。

 寝ている千那。

 今ならキスをしてもバレないのでは……?


 実際問題、あまりにも条件は揃い過ぎている。

 その勢いに飲み込まれ……


「千那……」


 そうになったけど、何とか俺は耐えた。


 あっぶね。

 勿論キスはしたいよ。好きなんだから。けど、お互いがそう言う関係じゃないとしちゃいけない。


 大丈夫。もう日和ったりしない。

 何度もデートして、千那の気持ちを振り向かせて……ちゃんと告白する。


 キスは……それからだ。


 にしても、


「あぁ、こんな所で……ダッ、ダメだよぉ……」


 あの千那? 一体どんな……


「こっ、心の準備……はわわ……」


 夢見てるんだよ!



 

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