第71話 束の間の




 大きなテーブルに、それを囲む様なソファ。

 テレビとその両隣に観葉植物が置かれた光景は、どこか懐かしさを感じた。

 ましてや、国民的歌番組を見ながらも、時折聞こえてくる声はそれを助長させる。


「ふぅ」


 あの出来事から数週間。暦はすっかり年の瀬の大晦日。

 そんな日を、俺は実家で過ごしている。


 本当は今年帰省するつもりはなかったけど、希乃姉と詩乃姉のどっちも年の瀬からお正月まで帰ってくるという事で……久しぶりの家族の再会を楽しみに戻ってきた。

 まぁあの出来事以降、どうやって宮原さんと千太に接して良いか分からないってのもあったし、少し距離をとって落ち着きたいって気持ちもあった。


 真也ちゃんからも連絡はないし、正直冬休みでよかったと思……


「いぇーい! 飲んでるかぁ、たいちゃん!」

「うごっ!」


 そんな時、突如として襲い掛かる衝撃と、顔に覆い尽くす柔らかい何か。

 声的に希乃姉に違いはない。ただ、人は鼻と口が同時に塞がれるとパニックに陥る。


 やっ、ヤバい! 


「んっ! んんんー!」

「何々? 半年ぶりのお姉様の抱擁はやっぱり嬉しいかぁぁ」


 アルコール入りの希乃姉は、バスケットボールを持った時並みに人格が変わる。

 ましてや、


「もう希乃姉? テキーラ、私の飲む分もう無いじゃなーい」


 うっ、テキーラだと! これはヤバい。非常にマズい。何とかしなければ……


んんんぇ希乃姉ー! んんんんくるしい!」

「もう、本当に可愛いなぁ。たいちゃんはぁぁ!」


 更に締め付け……って、本格的にヤバい。このままじゃ窒息しちまう。希乃姉だから手加減はしたいけど、俺はまだ死にたくはないんだ。ちょっと男の本気を…………はっ!?


 なるべくは手を使わず、足だけで希乃姉をどけようとした。

 ……が、力強くソファを蹴っても上に乗る希乃姉は……ピクリとも動かない。


 うっ、嘘だろ!?

 希乃姉の身長はそんなに高くない。ましてや体重だって、弟という立場で控えめに見てもスタイルは良い方だし、重くはないはず。なのに……


んんんんんっうごかないっ!」


 必死に動けばそれだけ酸素が失われていく。

 徐々に苦しくなる呼吸に、危機感を覚える。


 姉に押しつぶされて死亡なんて、恥ずかしくて成仏できない。なんとかなんとか……その時だった、


「はいはい。希乃姉ー?」


 そんな声と共に、鼻と口へ一気に空気が入り込んだ。

 そして、ぼやける視界に映ったのは……


「そこまでにしなよー?」

「えぇー?」


 詩乃姉だった。

 この瞬間、まさに天使に見えたのは言うまでもない。


「はぁ……はぁ。詩……」

「次は私の番なんだからっ!」

「うごっ!」


 前言撤回。見えただけであって……


「んー! たーいちゃん!」

「あぁ! 詩乃ぉ!」


 アルコール入りの姉達は、時として死神にも見える。


んっ、んんんんーたっ、助けてー



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「ふぅ」


 あれから、両親の聖なる一言のおかげで、俺は難を逃れた。

 今までもある程度のスキンシップはあったものの、今日のそれは最上級にヤバいものだ。


 ……久しぶり+アルコールってのもあったのかな。

 コップに注いだコーラを1口飲むと、テレビに映る除夜の鐘に目を移す。


 天使……もとい、死神シスターズは今シャワー中だ。これから向かう初詣の為に、酔いを覚まそうという事らしい。まぁ2人揃ってっていうのも仲の良さを伺わせる。

 まぁ、俺も姉ちゃん達とは仲が良いとは思う。けど、


『たいちゃんも入ろうよー』

『良いじゃぁん! 小さい頃は一緒に入ったんだからさぁ』

『いっ、いいよっ! 大体小さい頃って十数年前の話だろ?』


『あぁー! お姉ちゃん傷ついたぁ。詩乃ー、たいちゃんがひどい事言うよー。お年寄り扱いするよー』

『希乃姉? 私だって、傷ついたよぉ。もう、たいちゃん?』


 流石にそれは無理だ。

 そんなこんなで、その後も色々と愚痴? を零しながら、何とかお風呂場に向かって行ったって訳だ。

 まぁ、普段は本当に良い姉達だけあって、不思議とイライラもしないんだけど。


 久しぶりに揃った家族。

 久しぶりに交わった笑い声。

 ふとした瞬間、染み渡るそれが……どこか心地良く感じる。


 勿論、大学の皆と居る時も楽しいしのは間違いない。

 だけど、それとはなにか別な何かだ。


 ……とはいえ、どっちにしろあの日以来感じていたモヤモヤは少し薄れた気がする。


 正直、自分自身が宮原さんの事をどう思っているかまだ分からない。

 心のどこかで引き留めているのかもしれないし、今だ過去のトラウマを乗り越えられていないのかもしれない。


 ただ、千太が宮原さんに告白し、


『……嬉しい』


 宮原さんが、そう答えたのは事実だ。


 その答えを聞く手はずはない。

 直接聞くなんて絶対に無理。

 それに、もしそういう関係になったのなら、2人からの報告を待てばいい。


 それだけの……簡単な話なんだ。


「そうだな。気にせず今まで通り……だよな」


 俺はそういうと、もう1度コーラの1口飲み込む。

 その味は心なしかさっきよりも、数倍の……


「やっぱ、美味いな」


 おいしさを感じた。



「あれ? ちょっとたーいーちゃーん!」

「……希乃姉? お風呂場……から? なーにー?」


「ちょっといい? 私と詩乃、着替え忘れちゃって!」

「えっ、着替え? 部屋にあるのー?」


「うんうん! だからねー取ってきてくれないかなー?」

「いいけどー?」


「じゃあ、私と詩乃の……パンツとブラジャーお願いねぇ」

「パッ……はぁ!? 何言ってんだよそんなの無理だって!」


「大丈夫大丈夫ー! たいちゃんの好きな柄の奴でいいからー」

「たいちゃーん! お願ーい!」


 ……あのさ? せっかく人が家族のありがたみをしみじみ感じてるってのに……


 台無しにしないでくれますか!?




「そっ、そういう問題じゃなーい!!」



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