第6話 ハイリスク・ローリターン




 1泊2日の宿泊オリエンテーション。

 主に新入生同士の親睦を深める為に実施されるそれは、よっぽどの事がなければ全員参加だ。


 朝から大学前に大型バスが並び、続々と乗車する生徒達。現地集合可能と言う事で、同学年はここにいる生徒だけじゃない訳だけど……そりゃ入学式に居た奴らがこぞって集まるとこうなるか。

 もちろん俺も例外じゃなく、その波にもまれている。


 特に行かない理由は見当たらない。むしろ友達は欲しい。いや、正確には男の友達がね? そう男の友達がね?


 そんな思いを胸に、バスはゆっくりと……会場となるホテルへ走り出す。



 黒前大学がある黒前市からバスで走る事20分。到着したのは隣接する川平市かわひらし

 そしてオリエンテーションの会場となるのはここ、安らぎの宿林檎館りんごかんだ。てっきりこじんまりしたところを想像していたものの、歴史あるホテルのような外見と大きさに少し驚いた。まぁホテルの上に立ち尽くす、何処かの神様の様なモニュメントには何とも言えなかったけど。


 まぁそんなこんなでバスから降り、俺達はとりあえず事前に決められた部屋へ荷物を置きに行くよう説明を受けた。無造作に選ばれ班長の役目を押し付けられた人が鍵を受け取ると、ぞろぞろと移動開始。なんとなく修学旅行の気分をもう1度味わっているみたいで、雰囲気は嫌いじゃない。


 部屋自体も結構広くて、思わぬ誤算に心が躍った。

 だが窓からさっきのモニュメントが見え、目線が合って……すぐさま心は沈黙した。


 とりあえず……なんかこの部屋では寝たくない


 そんな一抹の不安を抱えながら、幕を開けるオリエンテーション。

 どこからともなく不安を感じるのは……気のせいだと思いたい。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 2階ふじの間。この広々とした場所がオリエンテーションの会場だ。

 まぁその内容と言えば、さっき言った通り学生同士の親睦を深めるモノが大半。大学の歴史や履修の仕方の再確認を手早く終えると、ランダムで選ばれたグループに分かれ、大学側が用意したレクリエーションを行う。


 ただ、この方法も諸刃の剣な気がする。同じテーブルに仕切れる……いわゆる陽キャと呼ばれる人種が居れば楽だけど、そうでもないとかなり悲惨だ。

 ……ほら? 見てみろ? 綺麗に2つに分かれてるぞ。誰かが言ってた気がする。1番怖いのは沈黙だと。


 その点、俺のテーブルは比較的というか、かなり恵まれたメンバーだ。さっきの不安は勘違いだったのか?


 ≪それでは、最初に自己紹介からどうぞ≫


 うおっ、唐突に始まったな。えっと? このレクリエーションは……1人5枚質問をカードに書いて、シャッフル。1枚ずつ引いて、その質問に全員が答える? なるほど、これで同じテーブルの人の事が分かるって事か。答える方もカードに書いてあるという名目で話しやすいし、聞いてる方も情報収集がしやすい。理にかなった良いレクリエーションだ。


 確かにこのテーブルの人とはそれなりに話はした事はあるけど、知らない事も多い。これを機に人柄を記憶しておこう。まずは……


「えっとじゃあ自己紹介って事で……とりあえず俺から時計回りで良いかな?」


 雰囲気を察して、先導を切ってくれたこいつの名前は鷹野たかの千太せんた

 短髪でその顔の通り爽やかな奴だ。実を言うと、ここ数日で俺が最初に仲良くなったでもある。とはいっても、幸か不幸か宮原さん達のおかげなんだけどね?


 宮原さん、算用子さんと同じ黒前高校出身で、特に宮原さんとは小さい時からの付き合い。家も近所で日本酒を作っているとか。蔵元……? で良いのかな? 聞いた時は思わず聞き返したよ。

 宮原さんと幼馴染で保育園、小中高と一緒。何だそれ? マジでドラマの設定か? ちょっとそういう関係なんじゃないかと思ったけど、そんな様子は今のところ見られない。でもまぁ、話しやすくて気が合う。


「じゃあ次は僕かな? えっと、天女目なのめひかるです」


 続いて、この。名前は天女目光。この中性的な顔立ちに、初めてお目に掛かった名字。それら全てが当てはまる人物が世の中に何人いるだろう。残念なのは性別位か。……とにかく男の娘。

 出身は宮城県の仙宗市せんしゅうしで、絶賛1人暮らし中。オリエンテーションの時、鷹野が隣の席だったおかげで、自然と仲良くなったそうだ。そして鷹野がこちらへ呼ばれ、一緒に巻き込まれ……ってのはおかしいか。とにかく、おかげで話をするようになった。記念すべき男友達第2号。

 男らしからぬ落ち着いた様子と、ふんわりとした雰囲気はもはや癒し系としての風格を醸し出している。


 って、次は俺か? まぁここからは、もはやこの数日で嫌という程その情報が耳に入ってきた人達なんだよな。


「えっと、日南太陽です」


 俺と、


「算用子寿々音でーす」


 算用子さんに、


「次は私ね? 宮原千那です。よろしく」


 宮原さん。

 というより、今のところ結構話をしてる人達ばっかなんだよな。このグループ分けがランダムに決められてるなら、とんでもない偶然なのかもしれない。


「じゃあ次お願いね?」


 とんでもない……


「えっと……はっ、初めまして!」


 偶然……


「澄川……燈子って言います」


 なんでお前が居るんだよ。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 こうしてスタートしたレクリエーション。本来なら情報収集も兼ねて楽しいんだろう。


「じゃあ次、えっと好きな食べ物は? 俺はたこ焼き」

「ぷっ。千太って小学校の頃たこ焼き食べ過ぎてお腹壊したんだよね?」

「えー? そうなの? 面白くないー?」


 テーブルに漂うワイワイとした雰囲気。にも関わらず、何処か素直に楽しめない自分が居る。


「うっ、うるせぇよ。早く言えよ千那」

「はいはい。私は甘い物全般っ!」

「僕は……苺かな?」

「えーなになに? ひかちゃん可愛過ぎない? 私は断然お肉ー」

「俺はラーメン」


 それも……


「えっと、じゃあ……澄川さんは? 何かな?」

「私は……トマトです」


 こいつのせいだ。

 本当にあり得ない。マジであり得ない。頼むから他のテーブルに行って欲しい位だ。


「じゃあ次だね? えっと、出身地! 私は石白市せきしろし出身です。って、そうか……この林檎館の場所が川平市ってトコなんだけど、その隣の市だよ」

「俺も同じ」

「私は生粋の黒前市民ー」

「僕は宮城県の仙宗市ってところだよ」

「俺は東京」

「私……東京です」


 ……? って言った? 確かにそうかもしれないけど、なんか嫌な言い方だな? って、これヤバいかも。同じ東京ってのがバレたら絶対……


「えぇ? 澄川さんも東京から来たの?」

「そうなのー? じゃあさ? 日南っちと知り合いとかー?」


 やっぱり来た……しかも算用子さんよ、あだ名で呼ぶの早くないか? 日南っちなんて言われた事……



 ―――行こう? いよっち!―――



 似たような事は言われてたか。思い出したくもないけどな。

 ……とにかく、俺とこいつは無関係で初対面。初動が大事だな。


「えっと……」

「残念ながら初対面。まぁ東京って言っても高校の数は多いからさ。ねぇ? 澄川さん?」

「はっ……そう……なんです」


「だろうな? 人口の数がケタ違いだろ」

「うんうん」

「だよね? これで知り合いだったらある意味凄いもんね」


 宮原さん? 痛いトコ突かないでくれますか?


「でもさー? 折角の同郷なんだから、今日を機会に仲良くなりなよー」


 さっ、算用子さん? 言ってる事は確かにその通りなんだけど、俺からしてみれば最悪の流れなんですけど!?


 あぁもう、本当に調子が狂う。とりあえず……やられる前にやる。刺される前に釘を刺せ。


「そうだね。出来るだけ頑張ってみるよ」


 絶対に頑張りませんけどっ!


「はっ、はい。宜しくお願い……します」


「じゃあ、とりあえず次の質問―――」


 はぁ、この場を乗り切る為とはいえ……この流れはヤバいか? とにかく、金輪際近くに寄りたくないな。



 となれば……早く自由時間になってくれぇ!



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