第2話 遠のく理想のキャンパスライフ

 



 えーと、俺日南太陽は……早速のピンチかもしれません。


「日南君はさ、東京から来たんだって」

「えー、そうなの? でもさ? どうしてわざわざこんな所にー?」


 どうしてこうなったのかと言えば、凄い複雑なのですが……


「まぁ、東京の人には逆にこういう所が落ち着くんじゃない?」

「なるほど、逆にね? まっ、とりあえず……千那と同じく私も同じ学部なんだし、4年間よろしくねー。日南君」


「はっ、はい。宜しくお願いします」


 早速女子2人に絡まれています。


「でね? すずちゃん……」

「ふむふむ」


 ……はぁ、どうしてこうなった?

 あれからすぐに入学式が始まり、事なきを得たと思った。次は学部ごとのオリエンテーションだし、さっと移動して1人になろうなんて思ったのに……


『あっ、日南君? オリエンテーション104教室だって。場所分からないでしょ? 一緒に行こう』


 逃げる間もなく先手を取られた。そもそも同じ新入生なのに、なんで君は教室の場所に自信ありげなの? なんて思ったけどさ?


『いや、俺トイレ行くから! さっ、先にどうぞ?』


 これはナイス、自分を褒めてあげたい位だ。そして脱兎の如く逃げたよね? そして離れた場所で精神統一。深呼吸で心を落ち着かせて、104教室へ向かったんだ、なのに……


「でも大学は良いねぇ」

「それは言えてるー」


 何でオリエンテーションまで学籍番号順で席が決まってるの?


「そう言えば日南君、東京から来たんならこの辺の事知らないんじゃないかな?」


 宮原さんはやっぱり隣。それにしても……くっ! 見れば見る程可愛い。いや、それ故に危ない。俺の本能がそう囁いている。気を付けよう。


「確かに。まぁ建物も少ないし、覚えるのも楽だと思うけどねー」


 そして君。前の席に座ってる君。えっと確か、さん……さん……なんか珍しい名字だった気が……はっ! 算用子さんようしさん。

 そうだそうだ。すんごい珍しい名字だよね? 思わず聞き返しちゃったもん。いやぁ、まだ知らない事が……って違う。そういう事じゃない。


 ととっ、とにかく。あれだけ女の子には慎重になろうって決意した矢先に、ここまで囲まれるなんて。なんか思ったキャンパスライフと違う気がする。嫌な思い出が……ダメだダメだ! それだけは勘弁。


 ふぅ、落ち着け太陽。冷静に対処して、あくまで友達程度に……あわよくばつまらない男を演じて、自然とフェードアウトしよう。


 うん。そうと決まれば、敵情視察。2人の会話から知りえた情報をまとめて、首尾よく消え去る準備をしよう。



 まず、目の前の算用子さん。すずちゃんって呼ばれてるから正式な名前は分からないけど、そのまますずとか、すずかとか? ミディアムカットの髪型に、雰囲気的には明るい感じ。口調はちょっとギャルっぽい気がする。


 そして隣の宮原千那さん。見た目と声はハッキリ言って俺のタイプ。ドストライクと言って良い。ただ、俺にいきなり話し掛けて来る。グイグイ話し掛けて来る。その積極性は正直恐ろしい。

 自分が好きになった女の子には……もれなく裏切られるという自分の不幸を考慮すると、こちらも全会一致。



 ……はぁ。最悪だよ。よりにもよって理想のタイプの人が隣なんて。こんなの気にするなって方が無理だろ。しかも、そうなったら今までの流れと一緒。絶対裏切られて立ち直れなくなる。

 もう分ってるんだ。絶対そうなるって。それ位俺は……


 女難の相にまみれているんだ。


 だから、諦めよう。そっとフェードアウトしよう。本当に勿体ない。もうここまで理想の人とは出会える気がしない。けど、もう傷付きたくないし、信じないって決めたから。だから……


「あっ、折角だし日南君。連絡先交換しようよっ」


 えっ?


「私も私もー。友達は多い方が良いってー」


 はい?


 そう言うと、徐にスマホを取り出す2人。そして机の上に置くと、もはや準備万端だと言わんばかりに俺の方へ視線を向ける


「はい。ストメやってるでしょ?」

「ワンタッチ交換ー」

「えっと……」


 ストメ……正式な名前はストロベリーメッセージZ。会話調に表示されるやり取りのしやすさのおかげで、今や誰もが知っているメッセージアプリ。

 ただ、このアプリには直近で苦い思い出が……


「どしたの? やっぱり具合悪い?」


 って! 近い! 顔近いっ! そんな近距離で顔覗き込まないでっ!


「あっ、なんでもない。えっと……まって」

「うんうん」

「……ははーん」


 くっ、算用子さん。何笑ってるんだ? その笑い方……嫌な予感を感じる。でも……気のせいか? 


「……はい」

「ありがとう」

「どれどれー」


 いや、気にしたら終わりだ。良いか? 距離感持って接して行こう。親しくなるな? 女を信用するな?

 それだけを肝に銘じて……


「はい登録完了。改めて、よろしくね? 日南太陽君?」

「とにかく、折角の大学生活。楽しも―」

「ははっ……」


 4年間……過ごせるかなぁ……



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「んー! とりあえず今日のカリキュラムは終わりー! ねぇ千那? これからカラオケでも行かないー?」

「あっ、良いね? そうだ! 日南君もどう?」

「いっ、いや俺は……まだ引っ越しの物片付けてないし」


「そっか。じゃあ仕方ないね? それじゃあまた明日」

「今度時間あったら行こうねー?」


 なんとも陽キャっぽい言葉を交わしながら、颯爽と歩き出す2人。その背中が見えなくなった瞬間、


「はぁぁぁぁ」


 大きな溜息と共に、やっと今日という日が終わったのだと安堵する。


 結局終始2人のペースで、無理矢理会話に引き込まれた。

 しかもあんな雰囲気で質問されたら、答えない訳にはいかないだろうよ……必要最低限の事しか言わなかったけど、何も彼女の有無まで……はぁ……帰ろう。


 今1番傷を抉られる質問。それを答えた痛みに耐えながら、俺はゆっくりとアパートに向かって歩みを進める。


 道中でのしかかる疲れは想像以上で、その足は鉛の様に重く感じた。それもそのはず、まさか全くの新天地で最初に出来た友達が女子なんて想像もしなかった。


 無事につまらない男の烙印を押され、消え去る事が出来るのか……更にそれに至るまでどれだけの時間を要するのか……何とも言えないプレッシャーに苛まれる。


 とっ、とりあえず……家に帰ってシャワーを浴びよう。そうだ外食だ。今日位は良いだろ? 何が良いかな? はっ! ラーメンにしよう。近くにあったよな? うんうん。全トッピングに大盛にしよう。


 こうして、何とかメンタルを維持しながら正門を通り抜け。波乱の幕開けとなった俺のキャンパスライフ初日はなんとか……


「あっ、あの……」


 その時だった、突如として後ろから聞こえてきた声。完全に気が緩んでいた俺は、何の疑問もなく……


「はい?」


 振り返っていた。

 すると、丁度正門の前辺りに、その声の主は立って居た。


 算用子さん位の髪の長さに、少し背は小さい。

 その顔に見覚えはなかった。ただ、ハッキリしているのは……その人は女の人だという事だけ。


 げっ! 女の人!? 何だよっ! もう勘弁してくれ!


「あの……間違っていたらすいません。日南……太陽さんですか?」


 えぇ! しかも名前知ってる? 誰!? 知り合い? いや、同じ高校からここに入った人は俺だけのはず……とりあえず普通に答えとくのが良いか?


「えっ? はっ、はい……そうですけど……」

「やっ、やっぱり」


 やっぱり? てかどちらさん?


「あっ、あのっ。私の事……覚えてませんか?」

「えっ?」


 覚えてる? ……ん?


「そうですよね。ずいぶん経ってるし」


 マジで記憶にないぞ? とっ、とりあえず名前でも聞くか?


「えっと……とりあえず名前聞いても良いかな?」


 なんか変な気分だな? あっちが名前知ってて、こっちは知らないって。


「あっ、ごめんなさい。あの私……」


 一体……誰なんだ?


澄川すみかわ燈子とうこって言います」


 澄川……燈……子……



 はっ!

 その瞬間、胸に突き刺さる様な痛みが走る。

 呼吸が上手く出来ずに、息が苦しい。


 ただ、次第にその痛みは消え……体中を抑えようのない熱さが巡り巡る。


 それは徐々に熱く……頭の中に蘇る記憶と共に、更に体中が熱を帯びる。


 思い出した。

 思い出したよ。


 澄川…燈子……


 小学校の時、嘘告白で俺を嘲笑った……



 張本人……



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