大脱出
部屋を端から端まで貫いた氷の槍は、この巨大自動人形の操作盤ごと破壊し、さっきまでちょくちょく起きていた揺れも完全に収まった。
「エステル、無事か!?」
「私は大丈夫です! スレインさんは?」
「なんともない」
よかった。これで唯一無事でないのは、今の衝撃で完全にのびてしまっているヘロデだけとなった。
「しかしまあ、こんな芸当、誰がやったのか想像はつくが……」
確かに……こんな超古代文明の技術で造られた巨人をぶち抜く腕力と、それでも傷1つつかないほど丈夫な氷を生み出せる魔術といえば――
「向こうは向こうで頑張っていたらしいな。早く君の無事を知らせてやらないと」
「スレインさんもですよ」
出口を探していた矢先、スレインさんが横目でヘロデを睨んだのに気がついた。私の視線に気づいたのか、はっとして気まずそうな表情になる。
「……もしまた襲ってきても、返り討ちにしてやるさ」
トドメを刺すのはやめてくれたみたいだ。勇者としては態度が甘すぎるんだろうけれど、ほっとしてしまったのは本心なのでしょうがない。
「どこから出ればいいんでしょうね? 私たちが入ってきたのは頭の部分だから、登っていくわけにもいかないし……」
「この特大の槍がなくなれば、穴から出られそうだな。<伝水晶>は相変わらず起動しないし、ロゼールが気づいてくれればいいんだが……」
スレインさんは壁をぶち抜く大きな氷塊をぽんぽん叩いている。
突如、遺跡全体が再び揺れ始めた。
今度は自動人形が動いているときのような揺れではなくて、小刻みに、崩れ落ちているような……。
「まずい……!!」
パラパラと壁や天井から小石のような欠片が落ちてくる。やがてあちこちにビシッと亀裂が入って――
「ここ、崩れてます!?」
「ロゼール!! こいつをどかせ!! ここから出してくれ!!」
スレインさんはただ大声で呼びかけていただけだったのだが、ロゼールさんは私たちの状況を察したのか、部屋を貫く大きな氷を消し去ってくれた。
早く脱出しないと、とスレインさんのほうに駆け寄ろうとして、すぐ目の前に大きな瓦礫がドシンと落ちる。
揺れもひどくなって動けなくなった私を、スレインさんは迅速に助けに来てくれた。ひょいっと抱き上げられた私は、思わずその身体にしがみつく。
瓦礫は雨のようにガラガラと降ってきて、私を抱えているせいかスレインさんは避けきれずにいくつかまともに食らってしまった。こめかみから流れ出た血が私の服にも垂れる。それでもスピードを緩めず、脱出口に向かって突き進む。
光差すほうから飛び出した私たちは――今までいた部屋が、かなりの高さにあることを思い知ることになった。
ここから落ちたら死んでしまう。怖くてぎゅっと目をつむると、スレインさんがすぅっと思いっきり息を吸うのが聞こえた。
「ロゼールッ!! 頼んだ!!!」
その声が届いているかいないのか、目を開ければスレインさんの足元に巨大な氷の滑り台のようなものが出現した。
着地と同時に斜面を滑降する。突風を受けながら焼き尽くされた森の景色が光速で通り過ぎていくのを見送り、地面が目前に迫ったところで飛び降りる。
スレインさんの足が柔らかい土を踏んだ瞬間、背後の巨大な石人形は轟音を立てて崩壊した。
間一髪。あと少し脱出が遅れていたら、私たちはあの瓦礫の山に埋まっていただろう。中に残ったヘロデは――もう、どうしようもない。
スレインさんが肩で息をしながら私を下ろしてくれる。そこに、ゼクさんたちが急いで駆け寄ってくれた。
「だっ、大丈夫ですか!?」
ヤーラ君はよほど心配してくれたのか、青い顔をしている。
「うん。私は平気だけど――」
ちらっとスレインさんのほうを一瞥する。思ったよりも傷はひどいようで、立っているのも辛そうに見える。
「スレインさん、怪我は……?」
「ああ。別に問題は――」
いつもの悪い癖が出そうになったところで、ロゼールさんがぽんと肩を叩いた。
「正直に言いなさい」
「……ああ、少し……辛い、かな」
「よくできました。座ってなさい、万年怪我人」
口では辛辣だが、ロゼールさんは甲斐甲斐しくふらふらのスレインさんを座らせてあげている。すぐにヤーラ君がポーションを注射して、テキパキと応急処置を始める。
「頭の怪我はそこまで深くないですね。痛いところはありますか?」
「あー、そうだな……右肩のあたりが」
ぎこちなく話すスレインさんは、なんだか新鮮だった。でも、このほうがいい。
「魔人のクソはどうした」
「スレインさんが倒してくれました」
「チッ、俺がやってやりたかったぜ」
ゼクさんも実質あの巨人を倒したのだから、それで十分なんじゃないかと思うんだけど……。
「この大きい坊やは自分であなたを助けられなかったのが不満なのよ」
「なっ、何言ってやがんだババア!!」
「あはは……。外のほうでも頑張ってくれてたのはわかってますよ。ありがとうございます」
かっかしていたゼクさんは何も言えなくなってしまったのか、舌打ちをしてそっぽを向いてしまった。もう、子供なんだから。
「ロゼールさんも、本当に助かりました」
「あなたたちがあの巨人から飛び出して来たときは、どうしようかと思ったわ。でもスレインがあんな必死に名前を呼ぶものだから」
「聞こえてたのか?」
「いいえ、声は全然」
それであんなに完璧なタイミングで私たちを助けてくれたの? ロゼールさんには本当に驚かされるばかりだ。
ふと、腕を組んで静かに佇んでいるドワーフと目が合う。私たちを追ってきた勇者パーティのリーダーだ。ここにいるということは、彼も協力してくれたんだ。
「あなたも、ええと……」
「ケヴィンだ」
「ケヴィンさんも、ありがとうございます」
「よしてくれ。糸でぐるぐる巻きにされるわ、変な巨人に襲われるわ、こっちは散々だ。お宝も結局パァんなっちまったしな」
ケヴィンさんは横目でただの瓦礫の山になってしまった遺跡を見やる。
「あの自動人形なら、確かに宮殿1つ分くらいの黄金にはなったかもしれないけどねー」
マリオさんは特に惜しがるふうでもなく、いつもみたいにニコニコしている。私も黄金なんかより、命があるだけで十分だった。
「こいつぁ帰ってから一杯やらねぇと気が済まねぇな。先に逃げた馬鹿ども連れて」
「俺も付き合うぜ。ドワーフなら強ぇんだろ?」
「上等だ。先に潰れたほうが奢りってのはどうだ」
なぜかゼクさんとケヴィンさんが仲良くなっているのも、収穫の1つかもしれない。
また飲み潰れて帰ってくるのかなぁ、なんて他人事のように思っていたが――街に戻ってからすぐ私たち全員とケヴィンさんたち、そして他の勇者たちと狐さんまで交えて、大宴会が開かれることになった。
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