真逆の助言

 日も暮れてきていい具合にお腹もすいてきた頃。野営地には簡単なキッチンが設営され、あらかじめ持ってきておいたものやこの場でとってきた食材が並んでいる。

 今からこれを料理するのは、もちろん一級品のスキルを持つマリオさん――と、もう1人。


「じゃあ、今日はキジのローストを作るよ」


「よ、よろしくお願いします」


 食事の準備をするときに当然のようにマリオさんが名乗り出てくれたのだけど、さすがの名誉いい子のヤーラ君がお手伝いを申し出て、せっかくだからとマリオさんがヤーラ君に料理を教える流れになったのだ。なんだか微笑ましい。


「いつも食べるご飯も自分で作るとまた格別だよ。ヤーラ君は、キジを食べたことはあるかい?」


「あ……すみません。僕、お肉食べれないんです」


「そうなの? まあいいや、君の分はぼくが別に用意するよ」


 さっそくコンセプトがぶれている気がするけど、ともかくこれで親睦が深まればそれに越したことはない。


「まずはお肉に下味をつけるよ。塩と黒胡椒を多めに揉み込んで――」


「えっと、それは何グラムですか?」


 マリオさんは目分量で出そうとしていた調味料を、器に入れて量っている。


「塩15、黒胡椒10かな」


「なるほど」


「味が浸透するまで寝かせておくから、その間に付け合わせを作るよ。鍋に油をひいて――」


「油はどのくらいですか?」


「……5グラムだね」


 ヤーラ君は相変わらず分量に細かい。マリオさんもそれに合わせてか、途中からすべての工程できっちり数字を含めて説明するようになった。このぶんだと、完成する頃には夜が明けてるかも。


 でも、理屈で考えるマリオさんと几帳面なヤーラ君なら、わりと相性が良さそうだ。早く馴染んでくれたらいいなあ、なんて見守っていると、すぐそばから白い手が伸びてきた。


「あーあ、つまんないわぁ。可愛い坊やはあいつに取られちゃったし」


 ロゼールさんは本当に退屈そうに髪をいじっている。自分のではなく、私の。


「うふふ。似合ってるわよ、その髪飾り」


 薬草摘みをほっぽって作られた髪飾りは、なぜか私の頭に乗せられてしまった。飾りの白い花自体は綺麗なので、私の地味な見た目もいくらかましになったかもしれない。


「ありがとうございます。ロゼールさんにも似合いますよ、きっと」


「やだ、もう! エステルちゃん大好き!」


 がばっと横から抱き着かれて、身動きがとれなくなる。

 スキンシップの多い人だなぁと呆れていると、耳元に囁くように小さな、だけど重く響くような声が聞こえてきた。


「――あの子から離れないほうがいいわ。なんだか、すぐに壊れてしまいそうな……危ない感じがする」


 はっとして彼女の顔を見ると、すでに普段通りの緩い笑顔に戻っていた。



 すっかり日も落ちて辺りが夜に包まれた頃になって、ようやく料理が完成した。時間と手間がかかっているだけあって、見た目もにおいも食欲を刺激してくる。


「さあ、小さいアシスタント君。みんなの分を盛り付けてくれたまえ」


「わかりました、先生」


 2人ともすっかり仲良くなってるみたいだし、私たちが飢餓に耐えた時間が無駄にならなくてよかった。


「……あれ? お肉の数、少なくないですか?」


「君は食べないんだから5人分でいいんだよ」


「あ、そうか」


「いいからとっとと食わせろ!! 殺すぞ!!」


「あっちで怒鳴っている彼のは2倍盛りにしてあげたまえ」


「そうですね」


 さて、2人の友情の結晶は、空腹というスパイスを加味しても抜群のおいしさだった。肉は柔らかいけど脂っこさがなく、あっさりした絶妙な味付けでいくら食べても飽きることはないほどだ。


 ふとゼクさんのほうを見ると、彼は料理が真っ赤になるほどタバスコをドバドバかけてその風味を台無しにしていて、ヤーラ君が呆れたように横目で眺めていた。


「……好きですね、その食べ方」


「ンだよチビ、文句あっか」


 作り手のヤーラ君には文句を言う権利があると思う。今の言い方からして、ゼクさんはしょっちゅう料理にタバスコをかけまくってるということ? え、味音痴?


「そんな食べ方してたら、身体に悪いですよ」


「うるせぇな。テメェだって好き嫌いしてんじゃねぇか、チビ」


「……」


 1人だけ別の料理を食べていたヤーラ君は、そこで押し黙ってしまった。

 憎まれ口を叩いていたゼクさんも、その沈黙に何か思うところがあったのか、先ほどとは違った低い声をこぼす。


「お前……いったい何やらかしたんだよ」


 ヤーラ君は苦い表情のまま、何も答えない。


「ここはお前みてぇな優等生が来るとこじゃねーだろ。あいつんとこに戻ったらどうだ」


「いや……それは……」


 言葉を続けるかわりに、爪を噛み始める。ゼクさんの言う「あいつ」というのは、きっとレオニードさんのことだろう。


「……あの野郎が何かしたのか?」


「ち、違います! 僕の……僕のせい、なので……」


 思い詰めたように顔を蒼白にしたヤーラ君は、そう呟いたきりうつむいてしまった。

 ゼクさんも彼なりにヤーラ君のことを気にかけていたみたいだけれど、それ以上追及することはできないと悟ったのか、渋い顔で食事に戻ってしまう。


 ヤーラ君に何があったのかはまだわからない。けれど、絶対にヤーラ君1人が悪いはずはないと確信していた。



 食事も終えて寝支度も整え、眠りにつこうとしていた折――私はマリオさんに起こされて、みんなのところから少し離れた森の中に呼び出された。要件は、だいたい想像がつく。


 マリオさんはなかなか話を切り出さず、私をじっと見据えている。何か私を見定めるような、そんな眼差しだった。

 ようやく放たれた言葉は、予想もしていないことだった。


「君はあの子に近寄らないほうがいい」


「……え?」


 ロゼールさんに言われたことと、真逆の助言。


「ヤーラ君が除籍処分を受けたのって、魔術がセーブできないとかそういう理由だよね?」


「そうですけど……錬金術が暴走することって、ほとんどないみたいですよ」


 マリオさんは少し考えこむ。そういえば、ヤーラ君の除籍事由を話したっけ?


「ぼくは錬金術について詳しくないけど……これを見てほしいんだ」


 彼が手を突っ込んだのが生ごみを入れる袋だったので少し驚いたけど、中から出てきたものを見て、私はさらにぎょっとした。


 生の肉だった。それも、一部が泡のようにブクブクと膨れ上がった――


「錬金術でこんなことができるかは知らないけど……ぼくの見ていない隙にこうなっていたし、ヤーラ君は覚えていないふうだった。料理中もときどき変にぼーっとしていたし、無自覚に術を使っているんじゃないかな? だとしたら、傍にいるのは危険かもしれない」


 無意識に錬金術を行使することってできるんだろうか。それも、マリオさんでも見えないくらいに。


「さっき、ロゼールと話してたよね。何を言われたかは知らないけど、ぼくの見解は以上だよ」


 ロゼールさんは離れるなと言い、マリオさんは近づくなと言う。どちらの言い分もよくわかる。私はいったいどうすればいい?

 とりあえず、下山して最初にやることは、カミル先生に話を聞きに行くことだ。

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