第二部 父と神眼編
第9話 死のハスムカイ
「あとは頼んだぞ。オルタ。」
「とうさーーーんっっっっ!!!」
グキ。命の壊れる音がした。
自分を自分で俯瞰しながら、俺、シノノ・オーディンはため息を吐いた。
俺は昔からそうだ。自分か、大切な人間か。どちらか片方しか選べない弱い人間だ。どちらかしか選べないなら、選ぶ方ははなから決まっている。だから、この選択に悔いはない。
アーガマンは攻めの一手に出た。ならばこちらも攻めだ。運に頼らざるを得ない一面ではあったが、オルタならどうにかしてくれる。だからこの選択に、悔いは・・。
いや。本当なら自分の手で龍にトドメを刺したかった。刺すべきだった。その誓いは、無かったことにはできない。
そこまでを誰に語るでもなく飲み込んで、俺は目を閉じた。
俺は最期に、5年前の帝都で起きた、あの事件を思い出していた。
目覚めてすぐに異変に気づいた。日付は4月24日、安息曜日で変わっていない。そして首元にかけた青の宝石、"金の結晶"の数字は1つ減って99になっていた。
「最悪な朝だな。」
俺の名前はシノノ・オーディン。商家、シノノ家の当主にして、金銀結晶の開発者だ。
「まさか、これが働いてくれたとはな。」
死ぬのが怖くて動作実験していなかったのは内緒だ。
トーストにジャムを塗って急いで頬張る。
「どうしたの?父さん。そんなに急いで。」
14歳になった息子のオルタが語りかけてくる。
「ああ、今日は共立図書館で調べ物をしようと思ってるんだ。あそこなら安息曜日でも開いてる。お前も来るか?」
「ええ?それなら準備しなきゃ。昨日言ってよ。」
そう言うとオルタもトーストを急いで食べ始めた。
帝都の北部に馬車でたどり着いたのは午後3時のことだった。薄暗い図書館。通りに面したステンドグラスからの光だけが室内を照らす。オルタは算術の入門書を読んでいる。俺は地震に関する本を探した。
昨日の俺を襲ったのは巨大な地震だった。あの規模の地震では逃げたところで助からないだろう。震源を見つけ、その原因を取り除かなければループからは抜け出せない。はずだ。理論上は。・・・なのだが。
「はあ?帝都で最後に起こった地震が100年前?しかもそれ、建国戦争のときのウルガド地震じゃないか。」
さまざまな本を読んでみたが、どうやら平原の真ん中にある帝都では地震が起きにくいらしい。
「いっそ建国戦争の時みたいに、供物で地震が治るなら明確で良いんだがな・・」
向こうからオルタが歩いてくる。
「ねえ。そろそろ帰らない?」
「ああ、もうこんな時間か。」
ステンドグラス越しの景色は暗くなっていた。
「ごめんな。そうしよ・・」
その時だった。突然地面が揺れだす。
「な、なに?」
午後5時半。昨日と同じ時刻。
「く、時間切れか!オルタ!おいで!」
急いで屋外へ出る。空は暗く、風が強い。俺はオルタを抱きしめて頭を守った。結晶がオルタに触れないように注意しながら。生き残れるか試してみる価値はある。
「ね、ねえ。」
オルタが口を開く。
「あれ?何?」
オルタの目線の先の大通りを、赤黒い塊が横切った。
「な、なにが・・起こってるんだ!」
俺はオルタを抱きながら人々を蹴散らしながら進むその怪物を見つめた。
「龍・・だと!?」
次の瞬間、体に衝撃が走る。咄嗟にオルタを突き放す。視界の左端には龍の顔面があった。
しかし俺の心には、驚きとともに希望があった。地震なんかよりよっぽど明確なルールじゃないか。ループを終わらせ、帝都を救うために。
「俺が、お前を殺す。」
その誓いは、永遠に叶うことはない。
「あと98回」
己の声だけが木霊していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます