第8話 終わりの始まりの終わり

目が覚めたとき、そこは地獄だった。

「な、なんだこれは・・・」

辺りは炎に包まれ、家屋は焼け、上空には。

「龍じゃないか!?」

赤黒い鱗の龍が炎を吐きながら帝都の上空を旋回していた。逃げ惑う人々。

「何がどうなってるんだ!」

僕はアーガマン邸に急いだ。


僕とDr.アーガマンは相対していた。相手は首から"銀の結晶"をかけていた。

「この騒ぎは何事だ!」

「ハハハハッッ!!まさかこんなに上手く行くなんて!」

宝石は触れている人間全員に巻き戻りの効果を与える。僕は執事の言葉を思い出すともなく直感的に理解した。

アーガマンは首の宝石を指差して言った。

「ループさせたんですよ!龍の覚醒した意識をこの宝石に閉じ込めてね!」

「そんな!」

あの時!閃光が僕たち3人を焼き払ったその時。アーガマンは龍を道連れにした!

「そ、そんなことしたら!」

「帝都は龍のもの。龍は私のものです!!」


「大変なことをしてくれたな。」

アーガマン邸の屋根の上。

「父さん!」

「だがな、Dr.アーガマン。こっちは年季が違うんだ。」

「なんですって?」

「なあ、不思議だと思わないか。あんなに凶暴だった龍が今日は大人しいじゃないか。普段なら人の多くいるところに突進を繰り返してるだろう?なのに今日はどうだ。上空で火炎放射?らしくないよな。」

「何のつもりです?」

僕も父の真意を測りかねていた。

「あいつ、意外と頭が良いんだぜ。コイツを探してるんじゃないか?」

父が叫んだ。

「おい!宝石はここだ!!!」

龍がこちらに振り向く。

「!!!」

ダメだ!

「あの龍が俺の宝石を手にしたらどうなるかな?毎日帝都は焼け野原。英雄様の世界を救う計画も水の泡だぜ?」

「な、なんだと!?!?」

「この帝都が人質だ。一緒に死のうぜ。ヒーロー。」

ダメだ。これはブラフ。あの宝石の残機はゼロでもう使えない。父は自分の命と引き換えに結晶を取り返そうとしている。

龍が急降下を始めた。こちらに向かってきている。

「あとは頼んだぞ。オルタ。」

「ダメだダメだダメだダメだダメだ!!」

「とうさーーーんっっっっ!!!」

龍が追突。父の体は鈍い音を立てて倒れ、屋根から転げ落ちた。グキ。父の首にかかっていた宝石は龍の犬歯に引っかかっている。

「ダメだ!!返せ!!宝石ならここにもある!!」

今度は龍がアーガマンに向かって突進。

「うおおおお!返せえぇえぇっっ!!!」

がごん。


アーガマンは跳ね除けられて道に転がった。

「ガッ!たす・・けて・・・そいつの宝石を・・・!」

僕はアーガマンの首から"銀の結晶"を奪い、父さんに駆け寄った。

「父さん!これを掴んで!お願いだから。」

父は動かない。アーガマンはうめいている。3度目の龍の突進。

「父さん!早く!!父s」

自分の体から鈍い音がするのを感じる前に意識が闇に吸い込まれた。


「あと73回」


次の日は午前中ずっと父を探した。昨日とは違って龍は解き放たれていなかったし、手元には"銀の結晶"があった。アーガマンはどうやら記憶を失っているようで、帝都と僕の状況は数十日前に戻った。数字は大きく減ってしまったのだが。

父は見つからなかった。失踪から5年間も見つけられなかったのだから当然だ。もう何も考えたくない。


僕は家の前で父を待った。膝を抱いて無言で正門前に座っていた。昨日までのようにひょっこり姿を現すかもしれない。僕はずっと、ずっと家の前で座っていた。


「どうしたの!オルタ!!」

夕方になってベルが訪ねてきた。1日中現れなかった僕を探しにきたのだろう。家の前に成人した大人が体を丸めて座っていたら声を上げるのは当然だ。

「何があったの?」

「なんでもないよ。」

彼女に話してもなんの意味もない。どうせ日没には消えてしまう。

「何もない訳ないでしょ!聞かせてよ。心配したんだから。」

涙が頬を伝った。自分はこの女性を数十日もの間待たせていたのだ。きっと毎日この家を訪れてくれていたろうというのに。

堰を切ったように言葉が溢れてきた。

「やっと会えたのに・・・。生きてるって分かったのに・・・・・!!」

僕はベルに抱かれて声を出して泣いた。

「うわあぁああぁぁぁあああああ!!!」

涙の叫びが帝都に響いていた。


次の日、僕はベルと共に、数十日ぶりの礼拝に訪れていた。龍と闘う為には数字の無駄かも知れない。だが今日は来なくちゃいけないと思った。敬虔な思いで祈りを捧げることを僕は忘れていたと思う。

ベルと一緒にループすることは考えなかった。彼女に死を経験させる必要はない。彼女と帝都の仲間たちを守る。僕の願いはそれだけだ。


父の言葉が木霊する。

「オルタ。お前は将来、大きな責任を背負うんだ。お前は仲間を大切にしなくちゃいけない。皆の前に立って力を振るわなくちゃいけない。世界に笑顔を分け与えてやらなくちゃいけない。お前はそういう男になるんだ。」

笑顔を忘れてはいけない。彼の言葉を忘れない。

「父さん・・・」

夜を超えて。未来のその先へ。


世界が滅ぶまであと72日。

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