第12話 王国軍兵士の妻、アミラン・マルク
その女性とは翌日に会う約束を取り付けることができた。
来る前に調べてみると、亡くなった兵士はエイディン・マルクという中級兵士で、妻はアミラン・マルクという名前だった。書類上の死因は事故死と記載されていた。
彼女の希望により、マルク夫妻の住まいの近くの公園で話を聞かせてもらうことになった。
「アミランさん、今日は突然のお願いを聞いてくれてありがとうございます」
ルーロンが隣に座っている女性にお礼を伝えた。公園のベンチで話を聞くというのは初めてだったので、いまいち距離感が分からない。
「こちらこそ連絡を頂けて嬉しかったです」
アミランさんも頭を下げた。30歳前後だろうか、小柄でスタイルは良いけど表情は暗い。旦那を失って1ヶ月なら仕方ないのかもしれない。
「それにしても、こんな場所で良かったんですか?どこかのお店で良かったんですけど」
「いえ、ここでいいんです」とアミランさんが薄く笑った。
「どうしても暗い話になってしまうので、こうして青空の下で話せるほうが気が紛れます」
それに、と彼女は続ける。
「ここはよく旦那と来ていた思い出の場所ですから」
わかりました、とルーロンは頭を切り換えてメモ帳とペンを用意した。
「それでは、1ヶ月前の話を詳しく聞かせてもらってよろしいでしょうか」
アミランさんはハイ、と頷いてから、ゆっくりと話し始めた。
◆◇◆◇◆◇
その日は彼と私の結婚一周年日でした。彼は早くから上司に休みを申請していて、受理されたことを喜んでいました。当然私も喜びました。
一緒に朝から買い出しをして、いつもより少しだけ豪華な食材とワインを買って帰宅しました。
二人で家事を分担して夕飯の準備をして、さてそろそろ出来上がる、となった時に電話が鳴りました。
電話を取ったのは私で、相手はポエン国軍のトラウトマンと名乗りました。彼の上司だったので、すぐに交代しました。
電話を耳に当てた彼は「はい、分かりました」「すぐに行きます」「大丈夫です」といった言葉を繰り返し使っていました。
私は鍋の中身を混ぜながら、自分の中でどんどん嫌な予感が膨らんでいくのを感じました。
電話を終えて戻ってきた彼の第一声は予想通りのものでした。
「アミランごめん、今から城に行かなきゃいけなくなった」
彼の仕事に関しては充分理解しているつもりでしたが、さすがに今回は納得がいかず、感情が高ぶって批判的な言葉を彼にぶつけてしまいました。
「急すぎるよ!何の用で呼び出されたわけ?」
「担当兵士が体調を崩して警護が出来なさそうだから代わりに来てほしいって」
彼は心底申し訳なさそうな話してくれたけど、私には納得でませんでした。
「1ヶ月前から休みを申請してたんだよね?別にあなたじゃなくてもいいよね?」
彼は私の不平不満を、軍服に着替えながら聞いていました。それが私の怒りを増長させました。
「ちゃんと聞いてよ!」
私が怒鳴ると、彼は申し訳なさそうな表情を浮かべました。
「アミランごめん、この埋め合わせはきっとするから」
軍服姿になった彼は私に近づいて、キスをしようとしました。どうしても納得できなかった私は顔を背けて彼のキスを拒否しました。彼は私から離れると「行ってくる」と言って出ていきました。これが彼の最後の――――
◆◇◆◇◆◇
アミランさんは泣き崩れてしまったので一時中断となった。
ルーロンはどうしていいか分からず、とりあえず周囲を見回した。幸い公園内には人がほとんどおらず、一組の子連れの親子が遠目にこちらを気にしている程度だった。
「ごめんなさい・・・」
アミランさんが両手で顔を覆ったまま謝罪の言葉を口にした。指の隙間から涙が滴り落ちている。
「大丈夫ですよ。これで終わりにしてもかまいませんから」
いえ、と言ってアミランさんは顔をあげた。涙はまだ止まっていないが、決心したような表情をルーロンに向けた。
「全部話しますから聞いてください」
そう言って続きを話し始めた。
◆◇◆◇◆◇
彼は出て行ったきりその日は帰ってきませんでした。
そして電話が鳴ったのは翌日のお昼頃でした。旦那からだと思って出ると違いました。昨日と同じ男の声でした。
「残念な報告ですが、昨夜あなたの旦那が亡くなりました。遺体は後日届けますので」
私は電話の相手が何を言ってるのか理解できませんでした。
「ちょっとおっしゃってる意味が分からないんですけど、夫と代わってもらえますか?」
「だからあなたの旦那は死んだと言ったのですよ。それでは失礼」
一方的に電話を切られました。私は意味も分からず部屋の中を歩き回りました。
しばらくしてから、夫の職場に行ってみようと思いました。行って直接旦那から話を聞こうと。この時は私はまだ夫が死んだとは信じていませんでした。
ポエン国軍本部のロビーに行って用件を伝えると、しばらくしてから背の高い、細身の男性がやってきました。彼が電話の相手のトラウトマンとのことでした。
「旦那がいつもお世話になっています」
私が頭を下げると彼は面倒臭そうな表情で私をジロジロと見てから
「エイディンの遺体はまだ渡せないぞ」と言ってきました。
「いや、死ぬわけないじゃないですか、昨日の夕方はピンピンしていたんですから」
ここで私は言葉とは裏腹に彼は本当に死んだのかもしれないと思い始めていました。
「まぁ、信じる信じないは君の勝手だけどね」
トラウトマンは素っ気ない口調で言ってその場から立ち去ろうとしました。この時の私は彼の死が現実のものとして受け入れ始めていました。
「もし本当に死んだのなら、彼はなぜ死んだのですか?」
「事故だよ、不慮の事故」
「事故ってなんですか?何があったのか、詳しく教えてください!」
トラウトマンの表情に怒りの色が浮かびました。
「軍事内容に関しては口外禁止なのを知らないのか?」
その声はまるで私に脅しかけるような響きを含んでいました。しかしその時の私にそんなものが通用しません。
「知ってます!けれども家族なら死んだ理由を聞く権利があるハズです!」
トラウトマンは私に聞こえるように、大げさに舌打ちをしました。
「わかりました、それじゃ死亡理由は後日、正式に書面に起こしてお渡ししますので、それでよろしいですか?」
「いま分かってるのなら・・・」
「しつこい!」
トラウトマンが怒鳴りました。軍人の声量に、私の体は硬直してしまいました。
「軍務中だといっても、エイディンに持病があってそれが発祥しただけかもしれんだろ?何でもかんでも他人のせいにするんじゃない!」
そう言って彼は、まだ固まったままの私を残してその場から離れていきました。
※ ※ ※
夫に会ったのは二日後でした。安らかな表情をしていたけど、身体を見ると左肩口から右脇腹にかけて大きな傷がありました。その日は他にも複数の兵士が軍務中の不慮の事故で亡くなったと聞かされました。
◆◇◆◇◆◇
「それから私はどこで何を訴えても聞き入れてもらえませんでした」
話し終えて
「もう泣き寝入りするしかないんですかね?もし私が男だったのなら、もっと世間は耳を傾けてくれたんですかね?」
その通りだと思った。この世界に於いて女の地位など、ほとんど認められていない。
それでも、ルーロンは彼女に自分の信念を伝えた。
「アミランさんのような方達のために、私は記者になりました。エイディンさんの事は、きっと記事にして世に出してみせますから」
アミランさんはルーロンの両手を取って強く握り締めた。
「お願いしますお願いします、どうか夫の無念を・・・」
アミランさんはずっと同じ言葉を唱え続けた。
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