第7話 監視員・ワネ
歩いても歩いてもそれらしいものは見えてこない。
道を間違えたのかもしれないと不安になり始めた頃、急に視界が開けた。
そこには若い女性が立っていた。
目が合って、驚いた表情を浮かべている。
ルーロンはこの女性に見覚えがあった。小柄だけど気の強そうな・・・・
「あ、私じゃん」
それはルーロンの姿だった。目の前に巨大な鏡が鎮座していて、自分の姿が映っていたのだ。
―――これが防魔鏡!
鏡の淵を見回すと洞窟の形にぴったりと合っていて蓋をしているようだ。
大きな洞窟だった。ざっと目算しても高さも横幅もルーロンの背丈の5人分はありそうだ。
「本当にあったんだ・・・」
恐ろしいほどの透明度でルーロンとその背景を映している。
おそるおそる手を伸ばして触れてみた。ほのかに温かくて柔らかい。押してみるとひとさし指の第一関節くらいまで入っていった。
「サーキか?」
不意に背後から声を掛けられた。慌てて振り返ると、少し離れた場所にに青年が立っていた。
小柄で体の線も細く、穏やかな顔立ちをしている。ルーロンより少し歳上だろうか。
「サーキ・・?」
ルーロンが訊きかえすと青年は顔の前で手を振って申し訳なさそうに笑った。
「わりぃ、人違いだな」
「そうですか、あなたは・・・?」
訊いてから自分から先に名乗らないのは失礼だったかな、と思ったが青年は特に気にした様子もなく近づいてきた。
「俺は、この周辺の監視をしている」
「それじゃ、あなたが監視員!?王国軍の??」
もっと年配の人間がしていると思っていたので、つい大きい声が出てしまった。
青年は特に気にした様子もなく、防魔鏡に映った自分自身の顔を見て微笑み、鏡越しにルーロンに目を合わせてきた。
「おめぇは何しにきたんだ?」
どう答えるべきか。彼は兵士だ。こっそり入山した自分は懲罰対象になるはずだ。
少し迷ったけど正直に答えることにした。彼はルーロンがここにいることも大して気にしてなさそうだし。
「私はリューサ出版のルーロンと言います。一ヶ月前にここで起きた害獣事件のことを調べにきました」
「一人で来たのか?」
「はい。1人で登ってきました」即答した。ミッカリさんに迷惑をかけるわけにはいかない。
「それじゃ、秘密の通路を通ってきたってことか?」
「え、秘密の・・・?」
男の人が好きそうな単語だな、と思いながら訊き返した。
それにしても、彼は若いのにしゃべり方にかなり癖がある。なんであんな粗暴な言葉を話すのか。
「正面の道は兵士以外は通れねぇだろうが?」
「ああ、まぁ、そうですね」
ぼやけた返事をしてしまったけど、青年は「ふぅん」と防魔鏡から目を離さずに興味なさそうに頷いた。
監視員には絶対に見つからないように気をつけるつもりが真っ先に見つかってしまったわけだし、こうなったら開き直っていろいろ訊いてみようと思い、彼に一歩近づいた。
「あの、取材というか、話を聞かせてほしいんですけど」
「話?俺の?」
青年がルーロンに顔を向けた。粗暴な言葉遣いに意識が向いて気づかなかったけど、近くで見るとなかなか整った顔立ちをしている。
はいっと勢いよく頷いた。「それで、お名前を訊いてもいいですか?」
ワネ、と素っ気ない口調で言った。
「俺の名前はワネだ。で、お前は何を訊きたい?ルーロン」
―――こいつ、初対面の相手をいきなり呼び捨てにしやがった・・・!
ルーロンは気持ちを落ち着けるように軽く咳払いをした。
「はい、ええと、1ヶ月前にここで起こった、ベッチャ大尉が鼬熊に襲われた事件なんですけど、その時もワネさんはここで監視員をしていたんですか?」
「ああ」と頷いた。
「事件の時、あなたは何をしていましたか?」
「寝てた。だから何も知らねぇ」
「どこで?」
「監視小屋で」
ルーロンが辺りを見回した。見える範囲でそれらしい小屋は見当たらない。
「監視小屋はどちらにあるんですか」
「ここから少し離れた場所に・・・あっいけね!」
話している途中に急に何かを思い出した様子を見せたか思うと、クルリと防魔鏡に背中を向けてルーロンの方に早足で向かってきて、そのまま彼女の横を素通りして山道の方へ進んでいった。
「あの、どこに行くんですか?」
「監視小屋に戻るんだよ。今日は配給の日だったのをすっかり忘れてた」
自分はどうするべきか一瞬悩んだけど、とりあえず彼のあとを追いかけた。が、ワネは足が速くあっという間に茂みの中に姿を消した。ルーロンは足がもつれてバランスを崩して、体勢を戻した時には彼の姿はなかった。
1人になったルーロンは改めて周囲を見回した。この辺りがベッチャ大尉達が鼬熊と戦った場所だ。
せっかくなので何か記事にできるようなネタがないか辺りを見てまわることにした。
もちろん鼬熊とその他の野生動物の気配には万全の注意を払い、ミッカリさんから渡された空砲もしっかりと握りしめた。
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