第26話 動き出したね?(平林×樹×郁美)

「ねえ、たつき。うちらさ、距離ば置かん?」

 

 月曜日、ノー部活デーに二人で帰るのが俺と郁美いくみの当たり前になっていた。俺らは違う部活に所属していたため、一緒に帰れるのはテスト期間など以外ではほとんどなかったからだ。中一の夏前から付き合い初めて約二年。俺と郁美は校内では知らない人がいないほど、有名なカップルだった。

 

 そんな二人での下校中。

 

 いつもの分かれ道、郁美の口から出てきた言葉。突然の事で固まってしまった俺。何か郁美が喋っているけど、耳に入ってこない。そんな俺を見て寂しそうに笑い、それじゃ……ばいばいと背を向けて去っていった。そこにはいつもの『またね』という言葉はなかった。そう、別れを宣告されたのだ。

 

 

 

 

「なん、樹。今日も嫁が来とらんやん?」

 

 その週の木曜日の昼休み。俺の前に座る飯塚いいづかがべたりと机に伏せている俺へと話し掛けてきた。

 

 嫁……郁美の事である。別れる前の郁美は毎日、昼休みになると俺の教室へと遊びに来ていた。それが、あの月曜日の次の日から一度も来ていない。

 

 そんな飯塚の問いに俺は机から顔を上げずに答えた。

 

「……別れた」

 

「ふぅん……って、わ、別れた?!まじ?!」

 

「……まじ」

 

「な、なんで?」

 

「知らん……一方的に」

 

 力なく答えた俺に、飯塚は気を使ったのか、その話題に触れる事はなかったが、俺達の声が大きかったのか、その日のうちに、俺と郁美が別れたと言う話しはクラス中へと拡散された。

 

 

 

 そして、次の月曜日がきた。あれから一度も郁美と顔を合わすことも無く、ましてやスマホにメッセージなんてこなかった。

 

「あのさぁ、樹くん。今日、部活ないやろ?良かったら、少し付き合ってくれん?」

 

 休憩時間、同じクラスの女子から声を掛けられた。平林ひらばやし智恵ちえ。以前から何かと会話を交わす女子。

 

「……何か用事ある?」

 

 今日は月曜日。部活が休みの日。いつもなら郁美と帰るため、断るところなんだけど、郁美と別れ、俺には特に何もなく、一人で帰るだけだった。

 

「いや、何も無いけど」

 

「ならさ……」

 

「良かよ」

 

「まじで?!ありがとっ!!」

 

 喜色溢れる笑顔で俺へとお礼を言うと、自分の席へと戻って行った。そして、そこにいた女子達と何か楽しげに話しをしている。

 

「動き出したね……」

 

 俺と平林の会話を聞いていた飯塚がぼそりと呟く。俺はその意味が分からず、次の授業の準備を始めた。

 

 

 

 帰りのHRが終わり、俺は待ち合わせの場所を聞こうと平林の方へと視線を向けると、平林も俺を見ていたのか、鞄を取ると、急いでこちらへと歩いてきた。

 

「行こう、樹くんっ!!」

 

「え?」

 

「放課後、付き合ってくれるって言うたやろ?」

 

 俺はてっきり学校から出た辺りで待ち合わせをしてからと思っていたが、どうらや平林は、教室から一緒に行くつもりらしい。その事に俺はとまどっていた。

 

「早う、行こ?」

 

「う、うん」

 

 俺はすっかり平林のペースに巻き込まれ、教室を後にした。その時、平林の席にいた女子達が俺と平林を見てにやにやと笑っていたのが気になった。

 

「ごめんね、樹くん。強引に……」

 

 廊下を並んで歩いている平林が、小さな声で謝ってきた。さっきまでの元気が嘘のようである。肩と肩が触れそうな距離。女子とそこまで近づいて歩くのは郁美以外なかった。

 

「良かよ、少し驚いたばってんが」

 

 俺はすっと半歩程、距離を開けた。だけど平林は、すぐにその距離を詰めてくる。俺はまた開ける。すると、詰めてくる。歩調を速めても、逆に遅くしても、結果は同じだった。

 

「……」

 

 距離を開ける事を諦めた俺は、無言で平林の方をちらりと見ると、平林も俺を見ていた。そのため、自然と目が合ってしまう。

 

 すっと視線を逸らした平林。俯いたまま、鞄の持ち手をぎゅぅっと握りしめている。

 

「で、どこに行くん?」

 

 無言に耐えきれなかった俺が平林へと声をかけた。

 

「え……えぇっと……少し買い物?」

 

「そ、そっか」

 

 久しぶりに郁美以外の女子と並んで歩くせいか、俺は平林への返事がなぜがぎこちなくなる。郁美はヤキモチ焼きだったから、俺が他の女子と並んで歩くだけで拗ねていた。それを周りの女子も知っていたから、気を使い隣に並んで歩く事はしなかった。

 

 俺ら二人は特に大した会話もなく、この距離のまま正門を抜けた。

 

 学校から少し離れた商店街。下校時に滅多による事がない。その商店街の一角に文房具も売っている古い個人経営の本屋がある。

 

「ここ」

 

 平林はそう言うと、その本屋の中へと入っていく。俺もその後をついて行くと、彼女は脇目も振らずに目的の場所へと歩いていった。初めから買う本は決めていたらしい。

 

「あったぁ!!」

 

 弾けるような笑顔。すぐに平林は、その本を手に取ると、胸に抱きかかえるようにしてレジへと小走りで向かった。

 

 俺の位置からは平林がどんな本を買ったのかは見えなかったが、それを持ってレジへ向かう平林の顔がとても嬉しそうだったのを見た俺は微笑ましく思えた。

 

「ごめんね……これだけの為に、ついてきてもらって」

 

 済まなそうに謝る平林。

 

「良かよ、こんくらい。部活休みの日に声ば掛けてくれたら、付き合うばい?」

 

「ほんとに?」

 

「うん、どうせ俺も暇やしね」

 

「……ねぇ」

 

「ん?」

 

「早う元気出してね……樹くん、ずっと暗かけん」

 

 暗いか……郁美から振られたばっかりだから、まだ引きずっているから、周りから見たらそう見えるんだろう。だから、気分転換に平林は買い物に付き合ってと俺を誘ったんだろうな。

 

「ありがとな、気ば使ってくれて。直ぐには無理やけど、なるべく早めに立ち直れるごつ頑張るけんさ」

 

「うん……私も樹くんにできる事があるなら言って。話しも聞くけん、何でも相談して」

 

「うん、わかった」

 

「絶対やけんね?約束やけんね?」

 

「はははっ。そん時は必ず平林にするよ」

 

「うんっ!!」

 

 嬉しそうに顔を綻ばせる平林の笑顔。その笑顔を見た俺の心臓が跳ねた気がした。

 

 でも、この時の俺は知らなかった。あの分かれ道で頭が真っ白になって郁美の話しを聞いていなかった事により、俺と郁美が大きなすれ違いをしていた事を。

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