第9話 寝癖(磯谷×長浜)

 男子卓球部の長浜ながはま海人かいと。生徒会副会長。成績も良く、運動神経も良いけど、のんびりとしており、騒がしいタイプではない。親友の彼氏の稲沢とは仲が良く、良く話しをしているのを見掛ける。顔はどちらかと言うと良い方なんだけど、毎日、必ずどこかに寝癖がついている。一言で言うなら少し抜けている男子だ。でも、一部の女子からはそれが良いと言われているのも事実。

 

「おはよう、磯谷いそがやさん」

 

 教室へと入ってきた長濱は、ほやっとした笑顔で私へと挨拶をしてくると、私の斜め前の席に座り、教科書などを机の中へと入れ始めた。

 

 やっはり後頭部に寝癖がついている。ぴょこんとまるで何かの動物の尻尾みたいだ。

 

「長浜ぁ、寝癖。副会長とやけんで、しっかりせんと」

 

 私がそう言うと、へへっと笑いながら、寝癖がついている所を手で押さえつける。

 

「いつも、ありがとう」

 

 無邪気な笑顔である。その笑顔からふいっと顔を逸らしてしまう私。


「ほんと、毎朝毎朝……ちゃんと鏡ば見らんけんよ」

 

 つい、強い口調になってしまう。それでも、あの笑顔で応えてくる。本当に嫌になる。

 

 長浜がではない。私自身がだ。

 

 

 

「はぁ……」

 

「どうしたん、磯谷?」

 

 休み時間、友達で女バスの相原あいはら柏木かしわぎちゃんが、机に頬杖をつきため息を零した私に尋ねてきた。

 

 私は長浜の事と、自分のこの性格の事を二人へと話した。

 

「好きなんやねぇ……」

 

「ほんなこつねぇ……」

 

 にんまりと笑いながら、私を見ている二人。私は顔が熱くなっていくのが分かった。図星である。

 

「分かるわぁ……好いとる人に対してつんけんしてしまう気持ち……」

 

「はぁ?相原ぁ、あんたはつんけんどころか、しどろもどろやんねっ!!」

 

「ふへっ……」

 

 その後も二人の冷やかしは続いた。そして、耐えきれなくなった私が、

 

「私はそげんじゃなくて、長浜がきちんとしてこんのが好かんとっ!!毎朝、小言ば言わんといかん、こっちの身にもなってほしかよっ!!迷惑なんやけんっ!!」

 

 そう大声で言った時である。

 

「……あっ」

 

 相原がしまったという顔をして私の後ろを見た。私は相原の視線を追う様に振り返ると、そこには長浜が済まなそうな顔をして私を見ていた。

 

「ごめん、磯谷さん。僕、迷惑ばかりかけとったね。もう、迷惑ばかけんけん」

 

 長浜はそう言うと、いつもの笑顔ではなく、少し寂しそうに笑うと自分の席へと座った。

 

 本音じゃない。本音じゃなかった。ただ、二人に冷やかされたのが恥ずかしかっただけ。私はあれだけ火照っていた顔から、一瞬で血の気が引いていくのが分かった。

 

 違う、違う、違うよ……

 

 青ざめている私を何かと励まそうとしている二人の言葉は、私の耳に届かなかった。

 

 次の日から長浜の頭に寝癖はついていなかった。挨拶はする。でも、それ以上の会話はなかった。

 

 

 

「ごめん……うちらが冷やかしたばっかりに」

 

 相原と柏木ちゃんが私に謝っている。確かに、私はこの二人に冷やかされたのは間違いない。でも、あの言葉を口にしたのは私だ。この二人は何も悪くない。私は、二人にそれを伝えると、長浜の方へと視線を向けた。

 

 長浜は男子と楽しそうに話しをしている。すると、ちらりとこちらを見た長浜と目があった。だけど、すぐにぷいっと逸らされてしまう。

 

 そりゃそうだろう。私が勝手に小言を言っていたのに、迷惑だとかなんだとか一方的に言われて、迷惑なのは長浜の方だっのに……

 

 嫌われて当然。

 

 

 

 

 それから2週間経った。

 

「おはよう、磯谷さん」

 

 よく見ると長浜の頭に寝癖がついている。久しぶりの寝癖である。

 

「あっ……寝癖が」

 

 だけど、私はそれ以上言葉に出来なかった。怖かった。長浜に嫌な事を言ってしまいそうなそんな自分が。だけど、その声が聞こえたのか、長浜はくるりと私の方へと振り返えった。

 

「寝るの遅かったけん、今朝、寝坊して……」


「……ゲームしとったん?」

 

 前みたいに強い口調にならない様に言葉を選んで喋らなきゃ……

 

「そう、途中で止められんやった」

 

 ばつの悪そうに寝癖を抑えながらへらりと笑う長浜。

 

 何よ、その笑顔。へらへら笑っちゃって……

 

 でも、私は胸の辺りがきゅっとしている。

 

「やけん、寝癖直せんかったん……?」

 

「……いや、ほんなこつはね、寝癖直す位の時間はあったっちゃけど」

 

「じゃぁ……なんで?」

 

 私がそう言うと長浜が、すすっと私から目を逸らした。そして、また私の方へと向くと

 

「だってさ、寝癖ついてると、磯谷さんが話しかけてくれるやろ?」

 

 そう言ってほんわりと笑う長浜。

 

「……っ?!」

 

 言葉を失った。そして、自分の胸の奥がぎゅっと締め付けられていく。心臓が早鐘を打つかの様にばくばくとしている。

 

「なんね、それ?私が寝癖がついとらんと話しかけんみたいやんね……」

 

 私はそれを必死で抑えながらぼそりと応える。声が震えていた。抑えきれていない。

 

 あぁ、嫌われてなかったんだ……


  話しかけてよかったんだ……

 

「でも、あまり磯谷さんに迷惑かけられんけん、寝癖ばつけてこん様に気をつけるけど」

 

「別に私は迷惑とか思っとらんけん、あん時は言い間違えたって言うか、勢いでって言うか……」

 

 私は、しどろもどろに何を言っているのだろう。でも、久しぶりに長浜と話しができるのが、こんなにも嬉しい事とは思わなかった。

 

「迷惑じゃなかけん、これからも寝癖つけとったら、注意していくけんねっ!!」

 

「うん」

 

 嬉しそうに笑う長浜。私もつい笑ってしまった。離れた席で相原と柏木ちゃんもこちらを見て笑っていた事には気が付かなかったけど。でも、私ってちょろいなぁと自分自身で思ってしまう。長浜からそう言われただけで、あの笑顔を見ただけで……とても嬉しいのだから。

 

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