Dear 先生

ABC

先生

親愛なる先生へ。先生、好きです。本当に心から。……

「はぁ」

藍は大きな重い溜息を吐いた。それは静かな図書館にいる全員に聞こえるほどだった。

何枚手紙を書いたか分からない。いっつもいっつも中途半端で、最後はぐちゃぐちゃになって捨てられていく。そろそろ紙がかわいそうだった。いまだに手紙は完成していなくて、私は先生に渡せられていない。


藍は学校がある日は毎日放課後、本校舎とは別にある図書館に行くことが日課だった。県のモデルであるこの学校は、大きな図書館などの設備が充実していて凄かった。さすがモデル校だ。県が力を入れているのだ。

普段は、その日出された課題や他の勉強をしているが、今日はなんとなく先生に少しでもマシな手紙を書く気分だった。どの言葉が最適か頭を悩ましているうちにいつの間にか私は深い眠りに落ちていた。


「……い、」

誰かの声が微かに聞こえた。

「おい」

もう一度それが聞こえると、藍はゆっくりと瞼を上げた。

「風邪ひくぞ」

そこにいたのは先生だった。様子を伺うように少し覗き込むようにして私を見つめていた。

「先生」

「なんだ、その紙くずの多さは?」

「あ、いや……!」

藍は慌てて体を起こすと、目の前の紙くずと途中書きの少し皺のついた紙を両手でかき集めた。

「慌てるなんて珍しいな。いつも優等生の面さげて物静かなのにな」

「これは……っ!」

「彼氏にか?」

「先生!」

そう叫んだ時、思わず口を抑えた。

「安心しろ、他の生徒はもう既に帰ってる。ここにはお前と俺と司書さんだけだ」

天井近くに掛けられた大きな時計を見ると、時刻は午後6時を既にまわっていた。大きなエアコンも切れているようで、まだ生暖かい空気が残っていたがそれも冷めてきているようで、確かに体が震えた。寒い冬の今、先生が心配したのはそれ故だ。とっくに下校時間を過ぎていた。

「疲れが溜まっているんじゃないのか? 休むことは大事だぞ」

「はい、分かっています……」

藍はささっと紙とペンを片付けて帰る用意をした。

「ほら、司書さんが待ってるぞー」

「はいっ!」

先を行く先生に促され、藍は早歩きで先生の後を追いかけると、途中で司書に一礼した。先生は右手に二冊の少し分厚めの本を抱えていた。先生は一週間に一度だけここに来る。先生は読書が好きだからだ。

図書館を出ると、先生は私の方を振り返って、

「今日は早く寝ろよ、優等生」

と言った。先生は時々そうやって私を揶揄ってくる。藍にはその言葉は褒め言葉じゃなかった。まだ自分は優等生ではない、もっと優秀にならなければいけないと思っていたからだ。

「先生、私は優等生ではありません……」

俯きながら私はそう言った。

「いいや、お前は優等生だよ」

「……」

「また明日」

そう言って手をあげた左手の薬指には蛍光灯で指輪が金色に光っていた。それが私の胸を締め付けた。

多分、先生は私の気持ちを知っている。知的で人を魅せるような話し方は皆から人気で、どこか憎めない。

風邪をひくことを心配していたとしても先生は決して隣の椅子に掛けてあった私のブレザーを私の肩に掛けようとはしなかった。藍は悲しく思う反面、先生のそんなところが好きだった。決して触れないところを。入学式で新入生である私たちに祝いの言葉を述べたあとすぐに、生徒指導として「この学校は、我々は、決していじめを許さない」と堂々と言って沢山の新入生の心を射た正義感の強いところも。

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