ハロウィン・ショートショート

星山藍華

2019年)ジャックさんの楽しいパーティー

 町外れの黒い霧が立ち込める森の中に、一人暮らしの老人が住んでいる。その人はジャックと呼ばれ、出会った人たちは、今にも人を殺しそうな目をしていると散々に言う。

「はあ……今年もこの季節がやってきたのか……」

 鬱屈とした気分で外を見ると、木の枝には小さなかぼちゃの中をくり抜いたランタンが飾られていた。もうすぐハロウィン。ジャックは大きな溜息を吐き、言葉を漏らした。

「ハロウィンが嫌いじゃ。子供も嫌いじゃ。皆してわしを死神だのドラキュラだの。目つきが悪いからと言って勝手に子供たちのパーティーに呼ばれ、勝手に衣装を着させられて。わしはそんなくだらない事に付き合いたくないんじゃ」

 この時期は毎日にように溜息をつき、気分が沈む。ジャックはロッキングチェアに揺られながら、かぼちゃのポタージュを啜っていた。

 その日の夜、ドアをノックする音が聞こえた。ゆっくりドアを開けると、目の前には誰もいなかった。

「下だよ、おじいさん」

 可愛らしい声の方向を見ると、尖がった頭につばの広い帽子を被った女の子が立っていた。木の皮で編んだ籠を持っていたから、お菓子を貰いに来た子供と思い、ジャックは追い返そうとした。

「待って待って! アタシはハロウィンを楽しむ子供らとは違うよ!」

「じゃあ何しに来たんじゃ」

「アタシ、目を覚ました時にはこの不気味な森の中にいて、ようやくこの家を見つけたんだ。しばらく休ませてはくれないか?」

「わしは子供が嫌いなんじゃ。今晩だけなら構わないが、長居されるのはご免じゃ」

「頼む! せめてある事を終わらせるまでは居させてほしい! ……帰れないんだ……」

 女の子は悲しい目をして必死に手を合わせる。目には涙まで浮かべていた。

「――話は聞いてやる。それから考えよう」

 ジャックは女の子を中に通し、ソファーに座らせた。多めに作っていたかぼちゃのポタージュを温め直し、女の子にもてなした。

「このかぼちゃのポタージュ、甘くてとっても美味しいな!」

「そりゃあ、わしの特製じゃからな。――で、お前さんは何で帰れないんじゃ?」

 女の子は少し顔を下に向き、口を開いた。

「アタシ、魔女見習いのシェイネ。初級魔女に上がるための試験があってな、それが終わるまでは帰れないんだ。それで……」

 シェイネと言った女の子は、少し怯えるような目でジャックを見る。付き合わされているジャックは段々不機嫌になっていった。

「それで、なんじゃ」

「おじいさんに手伝ってほしい」

 ジャックは腕を組んで少し悩んだ。いつまでもここに居られては困るし、かと言って帰れない女の子を放ってもおけない。ジャックは大きな溜息を吐くと同時に決心した。

「分かった、手伝ってやろう。その試験というのは何をするんじゃ?」

「それはな、パーティーを開いて、子供から大人までみんなを笑顔にすることだ!」

 子供嫌いなジャックにとっては、苦難と言葉がお似合いだった。それでもシェイネが居なくなれば……と考えると、今は我慢するしかなかった。


 パーティーの準備には一週間かかった。シェイネは飾りつけに専念し、ジャックはたくさんのポタージュを作るためのかぼちゃを収穫。ついでに小さいかぼちゃは、パーティー当日に子供たちとランタンを作るためにとっておく。ピカピカに光る電飾をドアや軒に飾り、ここが会場であると目立つように付けていく。

「ったく。なんでわしがこんな目に……」

 ジャックがかぼちゃを切っている時、偶然聞こえてきた言葉がシェイネの耳に入ってしまった。

「おじいさんはパーティーが嫌いなの?」

 シェイネは疑問に思うと同時に、少し寂しい気持ちもあった。

「ああ嫌いだとも。特に子供たちが主役のハロウィンパーティーはな。皆してわしを死神だのドラキュラだの、言いたい放題じゃ」

「それは酷いな……確かにちょっと怖い顔してるかもしれないけど、おじいさんはこんなに美味しいポタージュを作ってくれる優しい人なのにな」

 ジャックは何も言えなかった。初めてそんなことを言われて、何と返せばいいか分からなかった。とりあえず、このもどかしい状況を変えるべく、作っていたポタージュの味見を依頼する。

「ほれ、明日配る分のポタージュじゃ。味見してくれ」

 マグカップに少しだけ注ぎ、それをぶっきらぼうにシェイネに突き出す。出来立てのポタージュに息を吹きかけて冷まし、少しずつ啜る。

「うん、やっぱり美味しくて優しい味だ。よし、これからチラシを配りに行くぞ!」

 シェイネはジャックの腕を引っ張って、町へと繰り出した。外は肌寒く上着がほしいほどの風の冷たさだった。町はどこもハロウィン飾りで賑わっており、子供たちは様々な仮装をして遊んでいた。子供たちはジャックを見るや否や、指を指して声を上げる。

「あー! ドラキュラだー! 今年は自分からこの町に来たぞー!」

「きゃー! ドラキュラー!」

 ジャックは煩くて堪らなかった。怒鳴り散らして遠ざけようとした瞬間、シェイネが先に怒声を発した。

「こらー! おじいさんをそんな風に呼ぶなー!」

 周りの子供たちはきょとんとした顔でシェイネを見た。町の住人は顔が覚えられる程度に少数だから、シェイネが余所者であることは子供たちにも理解できた。

「おねえちゃんだれー?」

「ドラキュラの仲間かー?」

「アタシは魔女見習いのシェイネだ。みんなを笑顔にするために、この町にやってきたのだ!」

 腰に手を当てて胸を張るシェイネ。しかし子供たちは自分たちと同じくらいの身長のシェイネを、嘘つきと呼んだ。

「こんな小さいのが魔女だなんて嘘だ!」

「魔女さんは、しわくちゃのおばあちゃんで、鼻が長くて、黒いとんがり帽子をかぶってて……」

「がいこつの杖を持ってる!」

 子供たちは言いたい放題で、その勢いは止まらない。

「お前はちっちゃくて杖も持ってない!」

「お鼻はぺしゃんこ!」

「僕たちと同じ子供じゃないか!」

 これにはシェイネの我慢も限界だった。子供たちに襲い掛かろうとしたシェイネをジャックは両手で軽々と持ち上げた。そして少し不気味な口調に変えて、子供たちに大声で叫んだ。

「お前たち! 俺は人間のフリをしたドラキュラだ! この少女を助けたければ、明日の夜、お化けの形をしたクッキーを持って、俺の屋敷まで助けに来い。もし来なかったら、この町の住人の全員の血を吸ってやるからな!」

 ジャックはシェイネを抱えたまま、家まで走っていった。

「はあ……歳には……勝てん」

 ドアの前でシェイネを下ろし、ジャックは部屋に入ってすぐにロッキングチェアに腰を掛けて落ち着かせる。シェイネはしょぼくれた顔でジャックに謝る。

「ごめん……。でもどうして、あんなこと言ったんだ?」

「ああでも言わないと、子供たちは来ないじゃろう。それに、長居されてもわしが困る」

「おじいさんはよく見てるんだな」

「あの町と全く疎遠になってるわけじゃない。さあ、休んでる暇は無いぞ」

 ジャックは一芝居したおかげか、少し元気になった気がした。同時に口元が少し上がっているように思えた。シェイネはジャックを見て、胸を撫なで下ろした。


 翌日の夕方。部屋の一番大きい窓から外の様子を伺った。そこには列を成してこちらに向かってくる親子たちが見えた。

「おじいさん、準備はいい?」

「いつでも大丈夫じゃ」

 大きなテーブルには、ポタージュの入ったカップが多く並べられ、空の大皿が用意されていた。

 二人は頃合いを見計らって外側のドアの前に立つ。子供たちが見えてきたところで、ジャックはまた芝居を始める。

「よく来たなお前たち!」

 仮装して鎌を持った子供がジャックに立ち向かう。

「その子を離せ! 悪いドラキュラ!」

「なぜ俺が悪い?昨日散々、この魔女を嘘つき呼ばわりしたくせに?」

 子供は黙りこんでしまった。しかし、かぼちゃの形をした籠を持った子供が涙ぐみながら反抗する。

「昨日はあたしたちが悪かった。もう魔女さんを嘘つきなんて呼ばない。クッキーだっていっぱい持ってきたよ。だから、放してあげて!」

「――二度と嘘つきと呼ばないな?」

 子供たちは一斉に首を縦に振った。

「よろしい。では仲直りのパーティーをしようじゃないか! さあ、中に入れ!」

 ドアを開けて皆を部屋へ招待する。部屋中に漂うかぼちゃのポタージュの匂いが、嗅いだ者の腹の虫を起こさせた。

「わあ!」

「おいしそうな匂い!」

「さあ、手を洗って、クッキーはその大きな皿に乗せて、ハロウィンパーティーの始まりだ!」

 子供たちは順番を守って手を洗い、クッキーを大皿に並べた。小さいかぼちゃをくり抜いてランタンを作ったり、楽しく過ごした。ジャックは子供たちの様子を見て、この時間だけは嫌いにならずにいられた。

「こんな素敵なパーティーを開いてくれて、ありがとうございます」

 お淑やかな細身の母親が、ジャックにお礼を伝えた。毎年ハロウィンパーティーの主催を任されている人だ。

「いや、お礼なら、あの嬢ちゃんに言ってくれ。あの子が来なかったら、わしもこんな楽しいパーティーをすることはなかったじゃろう」

 シェイネを見ながら母親に言うジャック。その顔には見たことが無かった笑顔があった。

「このスープ、おいしいね」

「おじいさん自慢の、かぼちゃのポタージュだからね」

 パーティーは無事成功し、シェイネは一安心した。

 しばらく雑談が飛び交う中、突然、窓の外から緑色に光る扉が現れた。

「あ、あれは……!」

 シェイネは慌てて飛び出すと、嬉しそうな涙を浮かべていた。

「迎えに来た……合格したんだ!」

 子供たちは何のことかさっぱり分からず、シェイネに尋ねる。

「どうしたの?おねえちゃん」

「みんな、黙っててごめん。このパーティー、アタシが本物の魔女なるためのテストだったんだ。これでアタシは、元の場所に帰れる――」

 子供たちはキョトンとしていた。ジャックは手助けするように言葉を続けた。

「自分の家に帰るんじゃよ」

「そっかー。また遊んでね、おねえちゃん!」

「おじいさん……みんな……ありがとう! また来るよ!」

 シェイネは笑顔で手を振って扉の向こう側へ走っていった。


 楽しいパーティーはお開きとなり、皆は楽しかった時間を名残惜しく帰って行った。

「たまにはこんな時間も、悪くないな。一役買うのはご免じゃが」




おしまい

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