あとがきにもならないプロローグ
神様は死んだ。私が殺した。
この世界の神様を殺して、私は自由になる。
私もあなたも、もう死にゆく運命も、悲劇的な結末も、過酷な設定も必要としない。
何処までも自由で、何処までも何もない世界にいる。
私は、もうそれで良いと思っている。
生も死も、希望も絶望も、好意も悪意も、敵も味方も、何もない。
私はあなたに見られている時だけ朧げに存在できて、あなたは私に見られる時にだけ朧げに存在を保つ。
それでも。いや、それだからこそ私はあなたのことをあまり見ないようする。
あなたを認識するということは、あなたに名前を与えるということだから。世界に言葉を増やすということだから。世界を区切るということだから。
この世界は不完全で、区切りが出来てしまうとあっという間に悲劇を作る。隔たりが人に差を生み出して、その差によって潰されてしまうあなたがいた。
だから、私はもう良いと思った。もうこの世界に拡がりなんてないほうが良いと思った。きっと、世界を拡張すればそれだけの隔たりが生まれる。だからこの世界のままでいい。
いや、もっと狭い、狭いも広いもない世界。何もない世界で良いと思った。
だから神様も殺して、もうこの世界が生まれてこないで良いようにしようとした。
それなのに、世界を完全に消すことはできなかった。
創造主を消したはずなのに、この世界は呼吸をやめない。言葉は消えてくれない。
私とあなたをここで巡り合わせ、ただ永劫の時間を過ごさせる歪な世界だけど、壊れている世界だけど、確かにここに私とあなたの世界が存在している。
「ねえ、僕の名前は何だったの」
あなたが聞く。
私はその質問に無言を貫いている。きっと、名前を呼んでしまえば世界は再生されてしまう。不完全で、何度生み出しても思い通りにならなくて、悲しみの無くならない不完全な世界が再生してしまう。
私は何も言葉を発さない。何も言葉を紡がない。
「また繰り返してしまうことが怖い?」
あなたは聞く。私は何も言わない。
「誰かと出会うことが怖い?」
何も言わない。
「出会いも別れも、何もかもなければよかった?」
あなたの言葉に、私は動揺する。
何もかも決めてそうしたはずなのに、私の心は揺れる。
私は、怖かった。出会うことも、別れることも、嬉しいことも、悲しいことも。
何もかもが私の手のひらからすり抜けて、積み重なってくれるものがない。
私にとって、得た教訓も忘れたくないと思った悲しみも、すべて私は忘れてしまう。
「何もかもがやり直しになってしまうことが怖い?」
私は初めて、声を出す。
「怖いよ」
私は、何も忘れたくなかった。
変化と共に、私と離れていくあなたがいた。
この世の存在で無くなったというのに私を忘れないあなたがいた。
殴り合うしか愛情を結べない世界で暴力を振るわないあなたがいた。
優しさでさえ何かを傷つけることしか出来ないあなたがいた。
色のない世界で私に色彩を与えてくれたあなたがいた。
あなたの喪失も悲しみも絶望も、私は忘れたくなかった。
「このままだと何も無くなっちゃうよ」
「私、怖いんだ」
「傷つくことが?」
「ううん、傷つけてしまうことが」
あなたは穏やかに私の言葉を聞いて、頷く。
「そうだね、僕も怖いよ」
でも、私は既にこうしてあなたと話してしまっていて、既に世界が満ち満ちていく。
怖くて仕方がない。
そうであるのに、私の心は何か暖かなものを感じてしまっている。
私は、ここまでして終わらせようとしても、世界を続けてしまっている。神様を殺して壊したはずの世界なのに、世界が消えないのはそんな私の未練を手放せないからだ。
「ねぇ、私もう一度、もう少しだけ。続けてみる」
あなたは微笑んでいる。
「また、出会ってくれる?」
あなたは頷く。
「また、いつかの明日で」
「おはよう、溝口君」
「おはよう」
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