第68話 帝国の実態

「ふうむ...そんな派閥があるとはなあ。流石に貴族様の事情は知らなかったぜ」


 ワロウ自身、貴族に関しては全く興味がなかった。ディントンの町を誰が治めているかも知らないし、今、自分がいる国がハルラント王国だという意識すら薄かったほどだ。


 とはいえ、普通の人間が普通に暮らしていくうえで貴族と関わる機会はほとんどないし、自分がどこの貴族の領地に所属しているのかなんていうことも普通は考えることすらない。


 特に冒険者という職業はあちこちに移動しながら生活をしているので、余計にその感覚は薄い。

 

「目端の利く商人はある程度は勘づいているものもいるようですが...確かにそこまで表沙汰にはなっていません。...今はまだ」

「それで?その帝国派の貴族と化け物の話がどうつながるんだ?」

「そう。そこが重要なところなのです...」


 先ほど話したように王国派と帝国派はかなり激しく対立しています。なので、バングニル家は相手の情報を仕入れるために間者を放っているのです。


 その中で一つ気になる情報がありました。...最近になって帝国で魔物の研究が活発に行われているというのです。


 魔物の研究はどの国でも禁忌とされていて、原則行ってはいけない...ということになっています。ハルラント王国でも、もし禁忌を破った場合は処刑にされると決まっています。


 ですが、帝国はそのおきてを破り、むしろ国が積極的に魔物の研究を進めているような状況だと言うのです。


 もちろん、これはあくまでも聞いた話なので実際に帝国がどのような状態で、どのように研究を進めているのかはわかりません。


 しかし、他の王国派の貴族のところにも同じような情報が入っていると聞きました。...複数の情報源から同じ情報が上がるということは、おそらく帝国が魔物の研究をしているというのは間違いないのでしょう。


 そして、今回襲ってきたあの化け物は明らかに人の手によって作られたものでした。ハルラント王国ではあのようなものを研究することは認められておりませんし、実際に研究するのは大きな組織だったとしても難しいでしょう。


 ですが、帝国派の貴族の元で研究が行われていたとするならばどうでしょうか。彼らがかくまいながら研究を進めさせていたとしたら...


 もちろんその背後には帝国がいることはまず間違いありません。きっと彼らに技術提供を行ったのでしょう。王国内の帝国派の力が増せば、それだけ帝国にとって有利になりますからね。


 ...今までの話はあくまでも予想です。ですが、裏に帝国の手があることはほぼ間違いないはずです。






「なんとまあ...大層な話だな。帝国なんて...うっすら聞いたことがあるかどうかって感じだぜ」


 キール少年の言う通り、あれは人工的に作られた化け物であることはワロウもわかっていた。だが、その後ろには帝国という大きな国が関わっているという。


 そもそもユージリッド帝国という名すら聞いたことが聞いたことがあるようなないようなといった感じだ。


 ワロウは今の話にあまり現実味を感じないというか、はるかかなた雲の上の話を聞いているかのようだった。


 だが、実際にその強大な力の矛先はワロウにも向けられていた。今回はレイナやキール少年といった強力な味方のおかげで退けられたが、状況としてはどちらが死んでいてもおかしくはなかった。


「そうですね...皆さんは今まであまり関わることはなかったでしょう...ですが」

「ああ...これからはわからない...ということか」


 偶然とはいえ、キール少年の暗殺を妨げてしまったのだ。そのことがもし、相手の貴族に知られたら...相手がどう出てくるかは未知数だ。


「申し訳ありません...私がもっと慎重に行動していれば...巻き込まずに済んだかもしれないのに...」


 キール少年はうつむくと後悔の念がにじんだ声でワロウたちに謝罪する。魔物の研究の一端を知ってしまったワロウたちはこれから口封じを狙われる可能性があるのだ。


「...まあ、気にするんじゃねえよ。なっちまったもんは仕方ねえさ」

「そうだな...むしろこんなことが行われていると知れて幸運だったかもしれない。対策もできるしな」


 今までは全くその研究が行われていること自体気が付かなかったのだ。その研究が行われているということを知れただけでも大きい収穫と言えるだろう。


「ウシクさんたちにもこのことを伝えなくてはいけませんね...」

「...どうだろうな。まあ、そこはお前の判断に任せるぜ」


 ウシク達はワロウと違ってあの化け物とはあまり深く関わってはいない。事情を話すか話さないかはキール少年次第だろう。


「しかし...ここであの化け物を出してきたってのは少し気になるがな...」

「ん?どういうことだ、ワロウ」


 ワロウは少し疑問に思っていることがあった。独り言のつもりだったが、その声にバルドが反応した。


「ああ...いや。今まで隠れて研究を進めて来たってのに、ここで派手に行動してきたのが気になってな」

「...確かに。私たちに知られることは相手にとってはあまりよくないことのはずですが...」


 ワロウの疑問にキール少年がそれもそうだと頷く。相手にとってはここでワロウたちに攻撃を仕掛けることによって、その研究が行われていることに気づかれてしまうという大きなデメリットある。


 しかし、そのデメリットを覆すようなメリットがあったからこそ仕掛けてきたのだろう。その理由に関しては皆目見当もつかない。


「そこまで複雑な話ではないのではないか?あの化け物なら我々を葬れるとでも考えたのだろう」

「...それもそうか」


 あの化け物は並みの冒険者が戦って勝てる相手ではない。特に回復術を用いた耐久力は驚異的で、決定力に欠けるようなパーティでは勝つことは不可能だと言ってもいい。


 今回はキール少年がその決定的な一撃を持っていたおかげで何とかなったが、それがなかったら今頃仲良く怪物の腹の中に収まっていたに違いない。


「...そうですね。私も本国に戻ってこのことを父上に相談してみます。...ここは帝国派の貴族の領土ですからね。あまり動かない方がいいでしょう」


 ここは相手の手の内なのだ。少しでも怪しい動きをとればそれだけで相手が動いてくる可能性もある。迂闊な行動は厳禁だ。


「...そうか。オレもさっさと違う町に行くとするかねえ....」

「申し訳ありません...本来ならそこまでしなくても...」


 ワロウがぼそりと町を移動しようかとつぶやくと、またキール少年が申し訳なさそうな顔になる。それを見てワロウは慌てて否定した。


「いや...そもそもオレも試験に受かったらさっさと移動しようと思ってたんだ。元々目的があるからな。この町に長居する気はなかったのさ」


 ワロウは元々この町では軽く路銀を稼ごうと位しか考えていなかった。それがまさかのEランク降格(実際は違うが)によって足止めを喰らっていたのだ。


 気づけば一カ月近くたってしまっていて、この事件がなかったとしても、ワロウはさっさと次の目的地に移動する予定だった。


「...そうですか...わかりました。では町を出る前に私の元へ来ていただけますか。今回のお詫びとお礼をお渡ししたいのです」

「...いや、別にいらねえ...」

「それでは私の気が済みません。それにご迷惑をおかけしながら何もしなかったとなれば私が父にどやされてしまいます」


 そしてじっとワロウのことを見つめてくる。こうなってしまうと非常に断りずらい。助けを求めてお目付け役のバルドに視線を送るが、そっぽを向かれてしまった。どうやらバ

ルトではどうしようもないようだ。


 ここは折れるしかなさそうだ。


「...わかった。じゃあ、寄らせてもらおう」

「ええ。バルドに言っていただければ場所はわかります...バルド、お願いしてもいいですか?」

「はっ!かしこまりました」


 バルドがきっちりと頭を下げる。こういったところを見ると、急にキール少年が貴族なのだという実感が湧いてくる。


(伯爵ねぇ...どれだけ偉いかよくわかってねえが...)

(まあ、Cランク冒険者を従えられるんだからそれなりには偉いんだろうな...)


「...ちなみに君はよくわかってないかもしれないが、伯爵は貴族の中でもかなり偉い方だからな」

「げっ...ホントかよ。ていうか何考えてるかよくわかったな」

「君は存外顔に出やすいからな。そんなことより今はいいかもしれんが、他人の前で接するときは気をつけろよ」

「...」


 確かにキール少年に対して粗野な話し方をしているところを他人に見られると、何が起こるかわからない。というかそのまま牢屋にぶち込まれても文句は言えないかもしれない。


「では、そろそろ出発しましょうか」

「はっ!参りましょう」


 キール少年の言葉に反応したのはバルドではなくワロウだ。いきなり先ほどまでの冒険者口調から軍人のような言葉使いにキール少年は疑問を持ったようだ。


「ど、どうしたんですか?急に」

「いえ。お気になさらず」

「は、はぁ...」


 ワロウの言葉使いに、キール少年は戸惑いを隠せない。その様子を後ろから見ていたレイナはどうしてこうなったのかと頭を抱えるのであった。

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