第54話 試験後の打ち上げ

「悪い。待たせたな。準備はできたぞ」

「よし、じゃあさっさと行こうぜ! 今日も昼抜きだったから腹減っちまったぜ!」

「毎回昼飯抜きっすからね...毎回腹減って限界っす...」


 ワロウが基本的に依頼のときは荷物になる、動きが鈍くなるということで昼飯を食べない主義だったので、3人もそれを真似て依頼のときは昼飯を食べないスタイルを貫いている。

 

 とはいってもまだまだ食べ盛りの彼らにとっては結構きついものがあるようだ。


「んじゃ行くか。お前らも大丈夫か?」

「はい。いつでも大丈夫ですよ」

「うむむ...ただ飯に喜ぶべきか、その後にこき使われそうなことに嘆くべきか...」

「...馬鹿。そもそもあんたがたからなければよかったのよ。別にお金に困ってるわけじゃないんだから、普通に一緒に行くだけでよかったのに...全く」


 その時、遠慮気味なノックが聞こえてきた。もう夜も更けてきて晩飯には少し遅いかといったくらいの時間なのだが誰だろうか。


「いいぞ、入れ」

「あ...し、失礼します...皆さんここに集まってらっしゃるんですね」

「うん?どうしたケリー?何かあったのか?」

「あ、いえ...後片付けしてたんですけど...これ、お忘れじゃないですか?」


 ケリーが差し出してきたのは、ワロウのナイフだった。どうやら薬草を刻んだまま置いてきてしまっていたらしい。


「ああ、そりゃオレのだ。悪いなわざわざ。明日もやるからそのまま放置してくれてても構わなかったんだぜ」

「まあ、一応...帰ってからないって気づいたら気になるでしょう?」

「それもそうか。ありがとよ」

「いえいえ。それでは...」


 そう言って部屋を去ろうとしたケリーをボルドーが呼び止めた。


「ケリー。お前、この後時間あるか?」

「え?時間...ですか?まあ、大丈夫ですけど...」


 いきなり時間の確認をされて、ケリーは怪訝そうな顔をしている。ボルドーは寡黙そうに見えるが、元々は腕っぷしのいい冒険者だったこともあり、集まって大騒ぎするのは結構好きだったりする。それを知っているワロウにはなんとなく展開が想像できていた。


「よし、なら飯に付き合え。俺が奢ってやる」

「え! いいんですか?」

「火傷薬のときといい、今回の依頼といいお前には苦労をかけてるからな。せめて今日くらいはねぎらわせてくれ」

「あ、ありがとうございます! 流石はギルドマスター。僕みたいな下っ端のことも気にしてくれるなんて...」


 ワロウ的にはそもそも仕事を押し付けてくるのはギルド側なのだから、そこまで感謝する必要はないのではないかと思うのだが、本人は満足そうなので余計な口出しはしないことにした。


「よし、今度こそいいな?出発するぞ」


 なんやかんやあって結構な人数になったその集団はがやがや騒ぎながらゴゴットの店へと向かっていったのであった。




 ゴゴットの店につくと、もう夜も遅いこともありそこまで混雑はしていなかった。こちらの人数も多いが、なんとか入れそうではある。集団で店の中に入ると、厨房で皿を洗っていたゴゴットが目を丸くしてこちらを見てきた。


「おお?やけに大所帯じゃねえか。ボルドーまで来てんのか。なんか祝い事でもあったのかよ?」

「ああ、この3人が無事に依頼を達成した記念だ。ついでにワロウも指導者試験に合格したからな」


 ボルドーが上機嫌で、ゴゴットに今日のことを話した。それを聞いたゴゴットも最初は驚いたような表情だったが、すぐに笑顔になった。


「何、ホントか?そいつぁめでてえな! ちょっと待ってろ、すぐに飲み物を出してやるよ。全員エールでいいか?おっと坊主たちには果実水を出してやる」


 全員が頷くのを確認するとゴゴット厨房の奥へと去っていった。飲み物を準備しに行ったようだ。ゴゴットがいなくなった後は、全員で近くで食事できるように、各々がテーブルを移動させ始める。


「やれやれ...オレはついでかよ」

「うふふふ。口ではああいってますけど、心の中ではワロウさんが試験に合格したことがうれしくて仕方がないんだと思いますよ?」

「ホントかよ...」


 ワロウがテーブルを移動させながらぼやくとサーシャがフォローを入れてくる。ギルドを出たときにはいなかった彼女がなぜここにいるのか。


 実は、ケリーと同じように彼女も仕事が終わって帰ろうとしたところをボルドーにつかまってそのまま連れてこられたのである。


 かわいそうに...とも思ったが、本人は思ったよりも乗り気で、さっきからずっと機嫌が良さそうだ。中々これだけの面子がそろって食事をする機会もないので、それが楽しみなのだろう。


 テーブルをあらかた移動させ終わると、ちょうどゴゴットが大量にエールを持って入ってきた。それを受け取ると、もう一回厨房へ引っ込んで言って今度は果実水をハルト達に配る。


 全員の手元に飲み物がそろったことを確認すると、ボルドーがその場で声を張り上げた。


「今日は3人の依頼達成及びワロウの試験合格を祝うものだ!存分に祝ってやってくれ!そして...」


 そこでボルドーは一回溜めるように言葉を区切り、ニヤリと笑った。


「今日は俺のおごりだ!好きなだけ飲んで食ってくれ!」

「「ウオォォォ!!!!」」


 ボルドーのその言葉に一気に場が盛り上がる。別に、今ここで初めて知ったというわけではないのだが、初めて知ったかのように盛り上がる。冒険者とはノリのいい連中なのだ。


「...さて、長話は嫌いなんでな。早速乾杯と行こう」


 さっきとはうって変わって、静かな口調でボルドーが杯をかかげる。皆もその言葉に合わせて杯を突き出した。


「乾杯!」

「「「乾杯!!」」」


 乾杯の後はもう大騒ぎだった。なんだかんだ言って今回の試験では皆どこかで緊張していたり、不安に思っていたりしたのだ。そこから一気に解放されたとあって、その爆発力はすごかった。


 とはいえ、流石に永遠と騒ぎ続けられるほどの体力はない。ある程度時間が経ってくるとバカ騒ぎは鳴りを潜め、他愛もない世間話が始まることになる。


 周りの皆が小さく集まって話し始めたとき、朝からずっと薬を作り続けてきた疲労もあってワロウは誰と話すこともなく、近くの椅子に座り込んでちびちびとエールをすすり始めた。


 その横ではサーシャとハルト達3人が何やら話している。どうやら今日の依頼の受付について話しているようだ。


「サーシャ、あの時なんで水亀が魔法使うって教えてくれなかったんだよ」

「マスターに駄目だって言われてたんですって! 私だって本当は教えたかったのに...言おうとすると後ろから無言の圧をかけてくるんですもん」

「ああ、なんか言いかけてもごもごしてたのはそのせいだったんすか」

「こっちも結構つらかったんですからね! この情報は無くて大丈夫なのかな...ホントは教えてあげたいのにってずっと思ってましたから」

「ううん...確かに悲壮な顔をされてましたよね...それで私もそれ以上聞けなかったんですけど...」


 今回の試験のことを話しているようだ。サーシャも渋々従っていたらしく、文句が山のようにあるらしい。さっきからずっと愚痴を言っているような気がする。


 一方で、店の入り口の方ではケリーとベルンが何やら真面目そうな話をしている。


「ケリー、最近ギルドの薬の品ぞろえが悪くなってないかい?今まであった薬がいくつか無くなってるみたいだけど...」

「ああ、それはあれなんですよ。最近変異種の大蜘蛛のせいで夜間の森への移動が禁止になったじゃないですか。それの影響で手に入らない薬草がいくつかあるんですよね」

「ああ、そういうことだったのか...早くどうにかしたいけど、僕らのパーティでは少し厳しそうなんだよな...」

「そうですねえ..でもベルンさん達のパーティでも厳しいってなると、流れてくる高ランク冒険者に任せるしかないですかね」

「うーむ...そんなに都合よく来るかなあ...まあ、仕方がないね。しばらくは薬は手に入りにくくなると思った方がいいか...」


 どうやら変異種の大蜘蛛の影響は意外と身近なところでも出てき始めているようだ。こっちでまじめな話をしているかと思えば、あっちの方ではなにやら怪しげな会話が聞こえてくる。


「実はさ...俺悩みがあるんだよ...聞いてくれるか?」

「な、なによ。急に改まって...わかったわよ。聞いてあげる」

「俺さ...最近...気づいちまったんだ」

「え...な、何によ...」

「俺......髪が...薄くなってる気がするんだ...」


 真剣に悩みを聞こうと構えていたアデルだったが、その悩みを聞いた瞬間にあきれた表情になった。


「.................世界一どうでもいい悩みだったわ。真剣になって損したじゃない」

「なんだと!?お前なあ、じじいになってからならまだわかるが、まだ俺は24だぞ!?お、俺がその事実に気づいてしまってから、どれだけ絶望に打ちひしがれたかわかってるのかよ!?」

「はいはい、わかったわよ。ケリーに頼んで増毛剤でも調合してもらったら?」


 アデルとしては適当に返事をしただけで本気に取られるとは思っていなかったのだろうが、ジェドの方はそうではなかったようで、驚愕で目を見開いた。


「な...なんだと...お前...天才か?こうしちゃいられん。おーい!!ケリー!!お前にしか頼めない重要な極秘依頼があるんだ!!聞いてくれ!!」

「あ! ちょっと! ...一体どこに極秘依頼を大声で話す馬鹿がいるのよ...ごめん! ケリー! 酔っ払いがそっち行くけど、まあ...そっちにベルンもいるし大丈夫よね」

「えー!勘弁してくださいよ!」


 ケリーの悲鳴が聞こえた気がするが、アデルは我関せずといった様子で、サーシャとハルト達が話しているテーブルへと向かっていってしまった。


 取り残されたケリーは逃げることもできずジェドに捕まってしまったが、そばにはリーダーのベルンもいるしいざとなったら助けてくれるだろう。


 そのときワロウはふと一人だけ声が聞こえてこない人物がいるのに気がついた。それと同時に視界の横からぬっと人影が現れてワロウの隣へと座った。


「...飲んでるか?ワロウ」

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