第36話 火傷薬の作り方

 ギルドの薬部屋につくと、中からなにやら声が聞こえる。とりあえず扉の前で耳を澄ませてみると、その声はギルドの専属薬師のケリーのもののようだった。


「いや、こんな量絶対無理だって...僕一人しかいないんだぞ」

「...ボルドーさんも無茶言うよな。...これ、何日かかるんだろ。考えたくもないよ」

「しかも、火傷薬とかほとんど作ったことないし...大丈夫かな」


 どうやら急に舞い込んできた大量の薬の作成依頼に文句を言っているようだ。

 ディントンの町は小さな町なので、ギルド専属の薬師は彼1人しかいない。当然町の薬師も何人かいるのだが、彼らも彼らで火傷薬以外の薬を担当しておりケリーの火傷薬の作成を手助けできるほどの余裕はなかった。


「ほほう。ギルドマスターの悪口をギルドの中で言うとはなかなか勇気があるじゃねえか」


 ワロウがそういいながら扉をあけ放つと、ケリーは飛び上がって驚いた。まさか、ここに人が来るとは思っていなかったのだろう。


「ワワワ、ワロウさん! 人聞きの悪いこと言わないでくださいよ...ちょっと火傷薬の作成依頼が多すぎて愚痴ってただけで、悪口なんて言ってないですって...」

「...火傷薬の作成か。このゴヤク草、さっきオレらが持ってきた分だな」

「あ、これワロウさんが採取したやつなんですね。どうりで丁寧に採取してあると思いました...ところで、後ろの3人は誰ですか?」


 ケリーはどうやらワロウが指導員になるための試験を受けていることを知らないようだった。今まで会う人会う人が全員知っていたので、逆に知らない反応の方が新鮮に感じるほどだ。

 とりあえず3人も今から手伝ってもらう予定なので、軽く紹介することにした。


「なんだ。知らないのか。色々あって今ちょっと面倒を見てる奴らなんだよ。そっちの背が低いのがハルト、中くらいのがダッド、そしてこっちの女の子がシェリーだ」

「チビじゃない!」

「説明がテキトーにもほどがあるっすよ!」

「うるせえ。ケリー、お前も自己紹介してやってくれ」

「あ、はい。...えーと、ケリーって言います。このギルドの専属薬師やってます。よろしく」

「シェリーです。こちらこそよろしくお願いします」

「あ、これは...ご丁寧にどうも...」


 シェリーがケリーに丁寧に返事をすると、ケリーはあまり女の子と話しなれていないようで、少ししどろもどろになりながら、顔を赤くしてシェリーに頭を下げた。


「おいおい、挨拶くらいでなに真っ赤になってんだよ」

「ま、真っ赤じゃないですよ! これは元々の顔色です! 」


 ケリーを少しからかうと、さらに顔が真っ赤になった。その様子を見ているのもなかなか面白いのだが、これ以上からかっていても話が進まないので、火傷薬の話に戻ることにした。


「で、さっきぶつぶつ言ってたのはこれの処理のことか」

「はい...なんか襲撃があったらしくて火傷薬が大量に必要なんだそうです。2日以内に全部処理しろっていわれたんですけど絶対無理ですよ、こんな量」


 そう言ってケリーは後ろのゴヤク草の山を指さす。確かにワロウたちは4人の採取用の袋がいっぱいになるまで採取したので、その量は半端なものではない。これを一人で処理しろと言われたらケリーでなくても嫌になってしまうだろう。


「...仕方ねえな。手伝ってやるよ」

「ホ、ホントですか!?あ、ありがとうございます! 助かります! 」


 ケリー自身もう無理だと半ばあきらめていたのだろう。ワロウが手伝うと聞いてその顔が憂鬱なものから一気に明るい顔へと変わった。ワロウが薬師としてレベルの高い技術を持っていることはこの町では知れ渡っているのだ。


「だが、もちろんタダってわけにはいかねえな」

「ほ、報酬だったらギルド長に言って出してもらうようにしますけど...」

「そいつももちろんいただくが...それに加えて、こいつらに火傷薬の作り方を教えてやってほしい」

「ええ...僕もあんまり自信ないんですけど...ワロウさんが教えた方がいいんじゃないですかね」

「3人に同時に教えるのは面倒なんだよ。とりあえず教えるのを手伝ってくれりゃいい」

「わ...わかりました...頑張ってみます」


 ケリーはいかにも自信なさげに頷いた。ディントンの町付近では火を使う魔物は出ない。となれば火傷を負う冒険者もほとんどいない。彼自身も火傷薬をほとんど作ったことがなく、作成にあまり自信がないのも仕方がないのだ。


「よし、じゃあ準備するか。まずはゴヤク草を刻む。いいか、なるべく細かく刻めよ。荒く刻むと薬効が水の方に移りにくいからな」


 何をするにしても、薬を作るためにはその材料を刻む必要がある。これをいかに細かく早く刻めるかは薬師の基本中の基本の技術だ。

 早速3人にナイフでゴヤク草を切らせてみるが、どうにも切り方が荒い。特にハルトが切っているものは悲惨で、刻むというよりか乱切りに近い。


「えっと...こんなもんか?」

「細かくって言っただろうが。いくらなんでも荒すぎだ。もっともっと細かく刻め。ケリー、お手本を見せてやってくれ」

「あ、はい。わかりました」


 ワロウの言葉に頷くとケリーはナイフを近くの机の引き出しから取り出すて、ゴヤク草を刻み始めた。その手つきは慣れたものであっという間にそこそこの量があったゴヤク草が細かく刻まれてゆく。3人も思わずケリーのその華麗な手さばきに見惚れていた。


「いいか。これくらいに切らないとだめだ。他の薬草を刻むときもこれくらいを目指して切るようにしろ」

「うげえ...結構きついっすよこれ。ケリーさんみたいに細かく早くできないっす」

「はは...まあ慣れだよ慣れ。君たちもやってればすぐできるようになるさ」

「とりあえず先に全部刻むか。お前たち、刻み終わったらオレかケリーに見せろ。それでいいかどうか教えてやる」


 3人に指示を出すと、ワロウ自身も刻む作業にとりかかった。


 5人がかりで刻んでいくと、あれだけあったゴヤク草の山はあっという間に減ってきた。5人がかりとはいっても駆け出し3人組が刻んだものはやり直ししている時間も多かったため、ワロウとケリーがほとんどを刻んだものがほとんどではあったが。


「ケリーさんも早かったですけど、ワロウさんも早いですね...」

「師匠、早すぎだろ。ホントは冒険者じゃなくて薬師なんじゃないか?」


 二人はワロウの手さばきに驚いたようだった。ギルドの薬師であり、普通の薬師よりも高い技術を持っているケリーといい勝負だ。普通の冒険者ではありえないレベルである。


「まあ、なんだかんだ15年くらいはやってるからな。15年もありゃ誰だってこれくらいはできるようになるんじゃねえか」

「マジかよ...15年も...」

「これ専門でやってればもっと早く上達すると思うぜ。まあそしたら冒険者じゃなくて薬師になっちまうけどな」


 そこでワロウは一旦手を止めて、辺りを見渡す。初めはあれだけあって見るのもうんざりするような量だったが、もうすでにそのゴヤク草の山は消えており、すべて刻まれた状態となっていた。


 これで火傷薬を作る過程で一番面倒な部分が終わったと言っても過言ではない。まだ、ほかに必要な薬草をいくつか刻む必要はあるが、その量は大したことはなくワロウ一人でも十分対応できる量である。


「じゃあ、オレは他の薬草を刻むから、ケリーとお前らは抽出の準備をしてくれ。今回使っていいんだろ?魔法装置」

「あ、はい。許可はもらってます。なにしろ時間がないですからね」


 ワロウが大蜘蛛の変異種の解毒薬を作ったときに使った時間短縮と効果上昇の魔法装置は、今回も許可をもらっているようだ。ボルドーとしても何としても早急に薬をネクトの町に届けたいという思いがあるのであろう。


「じゃあ、抽出の準備をするから僕の指示に従ってくれ...まずはね...」


 ケリーは鍋の中に水を入れ、刻んだゴヤク草を放り込んで火にかけるよう指示だしながら、自らは魔法装置の設定をやり始めた。

 ワロウはケリーたちが着々と準備を進める様子を見ながら、ゴヤク草以外の必要な薬草の処理に手を付けたのであった。

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