世界に名を馳せるまで

@niket

第1章 第1話 追われる男

「クソッ...コイツぁ...マズッたぜ...!」


その男は一人走っていた。その脅威から逃れるために。


(油断したか...縄張りには入ってなかったはずだが...!)


目的のものを手に入れた後の油断もあったかもしれない。

しかし、男にとってそれは想定外のことだった。


アオ...ォォォ...ン...アオ...ォォォ...ン...


男の後ろからは森狼の咆哮がいくつも聞こえている。捕まるわけにはいかない。

一度捕まったら一巻の終わりだからだ。


男は振り返ることもせずに一目散に逃走していた。

その男の名はワロウといった。


ワロウは冒険者だ。当然、剣も持っているし、戦うことだってできる。しかし、この夜の森の中で複数の森狼相手に一人で勝てるほどの技術は持ち合わせていなかった。ゆえに、彼はひたすら逃亡という選択肢を採るしかなかったのである。


(...このまま逃げ切れるか...?クソッ...! どこかで隠れてやり過ごしたいが...)

(森狼相手に隠れても無駄だからな...音と匂いでどうせ見つかっちまう)


森狼は夜行性だ。視力だけに頼らず聴覚や嗅覚も使って獲物を狩っている。つまり、姿を隠しても音や匂いで見つかってしまう可能性が高い。ワロウは長い間この森に潜り続けてきた。当然そこに住む魔物の特性に関しては熟知していた。


(どうすればいい...!どうすれば...)


普通の人間と魔物では走るスピードが全く違う。ワロウが今まで逃げ切れているのは、彼がこの森の中を知り尽くしていて逃げやすい場所を選んで逃げているためである。...もしくは森狼達が”狩り”を楽しむためにわざと手加減して追いかけているのかもしれない。森狼の知能はそれほど高いのだ。


とにもかくにも今のところは追いつかれていないが、それにも限界がある。長い間逃げるうちに彼の体力はほぼ尽きかけていて、すでに足は止まる寸前だった。


そのとき、必死で逃げ回る彼の耳にザアァ...ザアァ....と水の流れる音が聞こえた。


(まずい...! こっちは谷の方向だったか...!)


夜の森という視界が限られる中、極度の疲労と緊張のため、彼の方向感覚はマヒしかけていた。結果、彼はいつのまにか逃げ場のない谷へと向かって逃げてしまっていたのである。


(ここの谷は深いし、かなり急だ。下に降りるのは難しい)

(万事休すか...?このまま谷へいくわけには...!)


そうこうしているうちに、視界が開けてきた。月明かりでうっすらと照らされた大きな崖が見えてくる。そしてその崖の下では流れの激しい川が流れる水音が聞こえてくる。他の方法を考える暇もなく谷へと着いてしまったのである。


(チクショウ...!ここまでか...)


当然このまま崖に突っ込むわけにもいかず、ワロウが谷を前に立ち止まると、幾許もなく森狼達が森の中からゆっくりと姿を現した。森狼達は逃げ場を無くした獲物を前にしながらも、慌てることなく余裕を見せつつこちらの様子を探っている。ワロウは魔物に感情があるかどうかは知らない。しかし、彼にはその森狼たちの余裕な態度が自分のことをあざ笑っているように感じた。


(クソ...!ナメくさりやがって...!)

(最後に暴れて道連れにするか?)


ここでそのまま餌になるくらいならば、最後に一矢報いようとも考えた。しかし...


(...オレの実力じゃ、無理だろうな)


ワロウはDランクの冒険者だが、少々特殊な事情でDランクになっており、特に戦闘に関してはランク相応の実力があるとはいえなかった。彼自身も自分の実力は普通のDランク冒険者には一歩も二歩も劣ることは重々理解していた。


ワロウが思考している間、森狼達は様子見をやめてこちらへ徐々に距離を詰めてきている。ここまで追いつめた獲物を決して逃がさないようにとその包囲網は厳重だ。間を突破することは不可能だろう。


(間を突破するのは無理だ...だったら...!)

(仕方がねえ...一か八かやるしかない...!)


「よぉ、狼さん方。よくもまぁここまでよく追いかけてくれたもんだぜ」


ワロウは狼の方向へ向かって喋りかける。別に森狼と会話したいわけではない。今まで散々追いかけまわされた相手に文句を言いたかっただけである。当然、返事はなく、その代わりに獲物を前にしたギラギラとした視線が彼に注がれた。


「だがなぁ、ここで黙ってお前らの餌になるほど俺は諦めがよくないんでね」


そう言い放つがいなやワロウはクルリと振り返り谷へと飛び込んでしまった。

森狼達も突然の行動に意表を突かれ、一瞬動きが固まってしまった。が、獲物を逃がすまいとすぐにワロウがいた場所へと駆け付け、谷底を覗き込んだ。しかし、谷底は暗く水が流れる音が聞こえるのみであった。


獲物を逃したことを悟った森狼達は、くやしそうに谷底を見つめていた。しばらくするとあきらめたようで森へと引き返していったのであった。


なぜ、彼が夜の森の中で森狼から逃げることになったのだろうか。それを知るためには少し時をさかのぼる必要がある。

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