反魔族組織レジスタンス

 コルニクスに襲われそうになっていたところを間一髪助けられたシェリルは、その場に居合わせた住民たちと共にあれよあれよと宿の中に押し込まれた。「けやき亭」という看板が出ていた宿の中には多くの住民が避難していて、ほぼすし詰め状態だ。


 宿の中では怪我人の手当てが行われていて、シェリルはそこでようやくホッと安堵を洩らした。先ほど助けた子供もはぐれた親と宿の中で再会できたようで、泣き腫らしてぐちゃぐちゃになった顔にすっかり満面の笑みを浮かべて母親に甘えている。


 現在は、冒険者風の者たちが住民たちの怪我の有無を確認して回っている状態だ。テキパキとした無駄のない動作は、これが今回初めてのことでないことを暗に示していた。


 そこで、つい先ほどの――あの意思の強そうな碧色の眸を思い返して、またひとつ胸が高鳴るのを感じた。あの人はどこへ行ったんだろうか、突然のことすぎて満足に礼の言葉も伝えられていない。シェリルはあの黒衣を探して軽く宿の中を見回した。



「おねえさん、だいじょうぶですか? おけがはありませんでしたか?」


「……え? あ、ああ、うん。大丈夫よ、ありがとう」



 そんなシェリルの元に、一人の子供が近づいてきた。まだ十歳にも満たない年頃に見える、背はシェリルの腰の辺りまでしかない。肩につかない程度の金の髪は艶やかで、藍色の大きな目が特徴的。実に可愛らしい顔立ちの少年だった、少女にも見えるくらいの。シェリルは自らの膝に両手を添えて、軽く腰を屈める。



「私はシェリルっていうんだけど……ねぇ、きみ。ここで治療にあたってる人たちはレジスタンスのメンバーなの?」


「そうですよ、僕たちはレジスタンスです。わるい魔族をやっつけるんですよ。あ、僕はシオンっていいます、よろしくお願します」


「きみもメンバーなの? ふふっ、それは頼もしいなぁ」



 思いのほかあっさりと肯定が返るのは子供だからか、それとも隠す必要もないのか。それはわからなかったが、とにかくレジスタンスに接触するという目的はクリアできた。あとは彼らのリーダーに話をつけたいところだが、今は忙しそうで誰がリーダーなのかもさっぱりわからない。とてもではないが込み入った話ができるような雰囲気ではなかった。



「――こんな生活もう嫌だ! 王さまはどうして何もしてくれないんだよ!」



 そこまで考えた時、宿のロビーにそんな怒声が響き渡った。見れば、窓際の長テーブルに座って項垂れる一人の青年の姿。声を上げたのは十中八九彼で間違いないだろう。彼は項垂れたまま両手で頭を抱えると、昂る感情を抑えきれないとでも言わんばかりに再び叫んだ。



「コルニクスが来たってことは、この後にはまた魔族が来る! いつまでこうやって怯えなきゃならないんだ!」



 その声に、宿の中はシンと静まり返った。コルニクスが現れた後には魔族がやってくる――それは、この世界では既に当たり前の認識になっていた。当然、各国の住民だって知っている情報でもある。魔族はコルニクスを死の宣告者として扱い、人々が怯える様を見て楽しんでいるのだ。


 ひとまずは助かったことに安堵していた者たちも、その怒声に意気消沈したかのように項垂れてしまう。助かったという安心感よりも、先の未来を想像すれば無理もないことだった。ただでさえ魔族に支配され続けている状態なのに、この国の王は自分の保身のことしか考えていないのだから希望を見出せないのも当然のことである。


 そして、その絶望を煽るかのように、外では争いの音が響き始めた。聞こえてくる甲高い高笑いは――魔族が上げるものだ、魔物は笑い声など上げない。どうやら今回も例に洩れず、コルニクスの襲撃直後に魔族が現れたようだ。その声や物音を聞いて、避難民たちは怯えたように身を竦めた。


 シェリルは窓辺に張り付くと、不安そうに瞳を揺らしながら外へと視線を投げかける。



「外は、外にいる人たちは大丈夫なの!?」


「今お外に出てるのはレジスタンスのみなさんだけです、だいじょうぶですよ。……いつものことですから」


「いつものことって……」



 傍らにいる金髪の少年は、どう見ても十歳未満の子供にしか見えない。けれど、その口調も雰囲気も到底そんな小さな子供とは思えないほどに落ち着いていた。心配そうな色こそその瞳に見え隠れするが、このくらいの年齢ならば不安に震えて泣き叫んでいてもおかしくはないはずなのに。


 そこで、シェリルは改めて宿のロビーにいる避難民たちに目を向ける。誰もが皆、不安を隠し切れず泣き出しそうな表情を浮かべていた。


 自分は、魔族と共に戦ってくれる仲間を探してこうして他国までやってきたのだ。こんなところで避難しているなんて冗談じゃない。コルニクスに睨み下ろされた状況を思い返せば足は勝手に震えるものの、魔物程度に怯えていては魔族となんて戦えない。



「……わたしも行ってくるわ、怪我をしてる人がいたら役に立てるはずだもの!」


「お、おねえさん! あぶないですよ~!」



 シェリルは意を決したように宿の外に飛び出すと、軽く辺りを見回す。見える範囲には人の姿も魔族の姿も見えなかった。どうやら戦場となっているのは少し離れた場所のようだ。


 もどかしいような想いを抱えながらシェリルは歯噛みすると、騒ぎになっている方へと駆け出した。


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