第4話


「四天王寺ロダン君と言ったね、どうして日比野が犯人だと分かったの?」

 カウンターに置かれたビール瓶に映る自分の姿を見ながら山岸は言った。

 夜の八軒浜の界隈の雑居ビルのバーに山岸はある人物を呼び寄せ、今肩を並べている。

 今日の山岸は金髪を黒髪に染め、しょんぼりとグラスの底を覗いている。そのグラスの底に映る自分の姿を消す様にビールが注がれていく。

「なぁどうなんだい?」

 眼鏡越しに赤く染まる目が若者を見ている。見つめられた若者は首をぴしゃりと叩くと小さく頷いた。

「ええ、まぁ何となくすが、実はですねあの『転坂』の丁度真向かいのお寺、日比野さんの実家でしたでしょう?」

「ああ」

 山岸は頷いた。

「あそこね、昔から本当によく人が転ぶんで有名だったんです。何故だか分からないですけど、それも夜なんです」

「夜?」

「ええ。夜」

 若者がアフロヘアを掻く。

「そこが一つの謎ですが…しかし考えれば簡単なんです」

「どう簡単なんだい?」

「夜、暗くて足元って良く分からないでしょう?」

「…なるほど、それで釣り糸のテグスか、あれなら夜道に張られていても分からないな」

 若者が頷く。

「どうして日比野が犯人だと?」

「ええ、実はね。彼、ネットでもう一つ別の名前で作品を書いていたんです」

「別の名?」

「ええ『田中』ってどこにあるネーミングで」

「…そうなんだ。」

「僕ねぇ、こう見えても実は役者で劇団に居ます。だから偶に脚本も書くのでウエブ小説なんかは偶に参考にしてるんです。それである有名サイトを見ていたら、急にランキングが上がる作品がありましてね、実にその内容が…」

「坂道で人が転ばして殺すという話だった」

「そうです」

「読めばそれが実に巧妙で…というより殺人方法はシンプルなんです。内容はですね、坂途中の地蔵の首に釣りで使うテグスを何本も巻き付ける、それから向かいの自分の実家まで引く。それで夜道、人が坂を下るのが見えたら一気に引いて、バーンと倒す、それだけ」

「単純だな」

 吐き捨てる様に山岸が言う。

「単純です。なんせ子供の事からしていた悪戯ですからね。ウェブ小説に書かれた物語も最初は悪戯を愉しんでいた子供心を描いてて、その後段々とそれにはまる主人公がやがて人を殺したくなる衝動に駆られる、そんな話です。ご本人が子供の頃にしていた悪戯ですから、方法は単純ですが、しかし、心理描写は生々しい。これは本人以外には書けない自伝的殺人小説ですよ。だからそのリアリティが凄くてランキングを突如駆け抜けた…勿論本人は悪戯で運悪く人が死ぬなんて本当は思っていなかったでしょうが、やがてスリルを味わいたくなったのでしょう。釣り糸のテグスなんて引きもどせば、跡形も無く消えて、証拠も残らないでしょうし…」

「でもどうして彼だと分かったんだ。『田中』が日比野だと」

「ええ、それは物語の世界観です」

「世界観?」

 山岸の問いかけに若者が目をしょぼしょぼさせる。

「ええ、彼の作品では『転坂』で人が転倒死するのは豊臣の頃に武士に槍で突かれ惨殺された物乞いの恨みが顔無し地蔵に憑りつき、だから人が転んで死ぬのはその祟りだとなっていましてね…」

「…それが?」

「そこ、僕のオリジナルなんです。だから彼、おもいっきりそこで僕のをパクったわけです」

「本当の話じゃなかったのか?」

「ええ、そりゃあんだけ忙しい時でしたからね、あそこは僕の思いつきでした。ともなれば奇妙な符号でしょう?僕が一度しか、それも思いつきで話したことが世界観になっている、そんな話聞いた人しかできないことです」

 山岸ははぁと息を吐いた。

「あいつは学生の頃から俺が唯一認めた才能あるやつなんだ。俺はあいつがいつまでも小説にばかり夢中になるのが本当に残念で、残念でなかった…だからあの日俺と一緒に漫画を作ろうと言ったんだ。漫画だって物語が必要だ。素晴らしい物語に素晴らしい作画、そして総合力。俺はこれからの漫画に新しい新風を吹き込めるには日比野の力が不可欠だと…だからあの日あそこであいつを誘ったんだ、それなのに…」

 山岸は言葉を吐き出すと後は黙って何言わずカウンターに顔を突き伏せて泣き始めた。

 若者がそんな山岸に背に向かって言う。

「山岸さん、でもどうでしょう?日比野さんはそのおかげでウェブ小説で連続一位を取り、今もなお一位であり続けている。これは本当に大変な事なんです。例え本当の殺人者が書いた小説としても、それは本当の意味で彼の成功だったのではないでしょか?確かに彼はその後、首を括りましたが、それでも尚、彼の作品は『美』を持って永遠にデジタルコンテンツの中で輝き続けるのです。故人に取っては素晴らしいことだと思うことも故人の心の慰めになるのではないでしょうか。僕も役者としていつかは素晴らしい作品を演じてみたいと思ってます。そう、芸術家としてそんな作品を残してみたいと思っています」

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