第2話 恋華、恋師になる。おばあちゃん、儲ける。
「恋華そろそろ起きて〜。おばあちゃんの家に着くわよ。」
「ん〜。」
今日は土曜日。
私とお母さんは、車でおばあちゃんの家に向かっている。
窓の外は見覚えのある景色。あと10分くらいか。
「よく寝るわね〜。」
「逆に寝不足なんだよ。」
そう、私はめちゃくちゃ寝不足だ。
慣れないもの(パソコンとかその他もろもろ)が部屋にあるせいで、昨晩もその前の晩も落ち着いて寝れていない。
金曜日は授業も部活もいまひとつ集中できず、有澄にも心配されてしまった。
そもそも、何で急におばあちゃんの家に行くんだろう。
普通、もっと驚くはずだよ?部屋に急に知らないものが出現したら。まぁ、お母さんは普通ではないんだけど。
それに、まさかあのテーブル一式を私の部屋に置きっぱってことはないよね…。
そんなことを考えていると、おばあちゃんの家に着いた。
「久しぶりねぇ。」
お母さんの声に私はただ頷く。
おばあちゃんに会うことへの緊張がやばい。
おばあちゃんは「恋色」の会長をしているだけあって、貫禄というか威圧感というかそんな感じのものがとにかくすごい。お母さんとはまた別の意味で、ちょっと怖いのだ。
「いらっしゃい。」
おじいちゃんが出迎えてくれる。
おばあちゃんとは逆に、おじいちゃんはいつもニコニコしていて近づきやすい。
「恋子は奥の部屋で待ってるよ。」
「うん。父さんありがと。」
お母さんはさっさと家の中に入ってしまった。
私も、おじいちゃんに軽く挨拶してから家に入る。
スリッパに履き替えてから、お母さんと一緒に奥の部屋へ向かった。
大きな和室の中央に、おばあちゃんが座布団を1つ敷いて座っている。
うっ、やはり貫禄がすごい。
なんか前にあった時よりもパワーアップしてない?
お母さんがおばあちゃんの前に正座する。
私もその横に正座。
私たちは座布団なしか〜。そういう感じか〜。
ピンと張り詰めた空気が部屋に満ちている。
最初に口を開いたのはおばあちゃんだった。
「深恋。電話で言っていたことは本当だね?」
「はい、お母さん。本当です。」
お母さんも、おばあちゃんの前でだけは大真面目だ。
おばあちゃんは目を閉じて一つ頷くと、今度は私に言った。
「恋華。部屋にパソコンやヘッドフォンが乗ったテーブルが現れたかい?」
「はい。現れました。」
おばあちゃんはまた一つ頷くと、再びお母さんに質問した。
「それで深恋。対象は?」
対象。何のことだろう。
「画面に映ったのはこの子の幼なじみの女の子。咲原有澄ちゃんです。」
突然、有澄の名前が出てきたことに私は驚く。
もう本当に、何が何だか分からない。
「恋華。その有澄という子とは仲が良いのかい?」
「はい。幼なじみで…親友です。」
親友という言葉に少し恥ずかしさを覚えながら、私は答えた。
「では、その子が恋をしていたらその恋を叶えてあげたいと思うかい?」
唐突。そして、有澄が恋。
私たちはお互いにあまり好きな人が出来たりはしてこなかったけど、まあそうなった時は応援したいと思う。
「はい。思います。」
おばあちゃんは今までで一番大きく頷いた。
「うん。合格だ。」
そして、今日初の笑顔を見せる。
合格…とは。
「深恋。この子にはまだ何も聞かせていないんだね?」
お母さんが頷くと、おばあちゃんは改まってこう言った。
「恋華。あなたは、ある大きな力に目覚めようとしています。」
おばあちゃん?あの…頭おかしくなっちゃった?
「教えてあげましょう。私たち『恋師』の力について。」
「恋師」。そういえば、お母さんもそんなこと言ってたっけ。
そしておばあちゃんが語ったのは、にわかには信じ難い私のご先祖様の話だった。
「昔々、お恋という人がいました。」
昔話みたいな始まりだ。
お恋さんは山へ芝刈に行くのかな?名前は女性っぽいから川へ洗濯に行くのかもしれない。
頭の中でキジと猿と犬が踊り出した。
「その人が、初代の『恋師』であり私たちのご先祖さまです。」
全く違かった。桃太郎の人じゃなくてご先祖さまだった。お恋さんごめんなさい。
そして、動物の皆さんお帰りください。
そんなふざけたことを考えていると、おばあちゃんに一喝された。
「恋華。ちゃんと聞いているのですか?私は今大切な話をしています。」
「あ、はい。聞いてます。はい。」
やっぱり怖い。ちゃんと聞くことにしよう。
「そもそも、『恋師』というのは漢字の通り恋に関連した力を持つ者のことです。さらに詳しく言えば、恋を成就させる力を持ちます。」
何だか縁結びの神様みたいだ。
「お恋は『恋師』として目覚め、多くのカップルを成立させました。」
本当に縁結びの神様みたいだ。
「お恋の血が流れる女性には皆、『恋師』の力が宿っています。それでその血を絶やすことがないよう、名前に『恋』という感じを用いて代々受け継いできたのです。」
なるほど、「恋師」は女性限定の力というわけか。
そして確かに、おばあちゃんもお母さんも私も名前に「恋」の字が入っている。
ということは、おばあちゃんやお母さんもその「恋師」なのかな?
お母さんの方を見ると、お母さんはニッコリ笑って言った。
「そうよ。私も恋師なの。もちろん、おばあちゃんもよ。」
やっぱりそうなのか。
「あなたは、これまで17年間『恋師』の力を秘めたまま暮らしてきました。そして一昨日、『恋師』の力がわずかながら開花したのです。その結果、例のテーブル一式が出現しました。」
あのテーブル一式はそういう意味だったのか…いやいや、納得出来ない。
あまりに突拍子もない話だ。
「信じられないかもしれませんが事実です。そしてあなたの能力を開花させた存在、それは有澄というその女の子です。」
もはや頭が混乱しすぎて付いていけない。
なぜ有澄が出てくるの?
「有澄というその少女は」
おばあちゃんが少し長めに間を取る。
「恋をしています。」
あまりの衝撃にもう思考が停止している。
有澄が恋してる?
いや、仮にしていたとしても何でおばあちゃんが知ってるの?
「『恋師』の力は本来生まれ持った力です。ですが、お恋の時代からだいぶ時が経った子孫である私たちはその力が弱く生まれつき発動させることは出来ません。」
血が薄まっているのか。そりゃそうだよな。
「今、『恋師』の力を持っているのは直属の家系であるこの高宮家だけです。」
高宮家が直属。てことは、おじいちゃんやお父さんって高宮家に入ってきた側だったんだ。
「現在、『恋師』の力が目覚めるにはいくつかの条件が必要です。まず、親しい友人が熱烈な恋をすること。そして、それを『恋師』の力を持つ当人が応援してあげられること。最後に、『恋師』として生きていく覚悟を決めることです。」
「親しい友人」の有澄が本当に恋をしているなら1つ目の条件はクリアで、私はそれを応援するから2つ目の条件もクリアだ。
気になるのは最後の条件。
人生賭けろって言われてるみたいで怖い。
「既に2つの条件が達成されています。あとは、あなたが恋師として生きていくかどうかです。」
ここまで黙って聞いていたが、さすがによく分からないので私はおばあちゃんに質問した。
「えっと、『恋師』として生きていくとするとこの先の人生はどうなるの…ですか?」
雰囲気におされてつい敬語になってしまう。
「『恋色』への就職が無条件で決定します。それも高待遇で。」
「はひ?」
思わず変な声が出てしまった。
あまりに予想していた答えと違いすぎる。
ご先祖さまから受け継いだ力って言うから、何かこう何歳までしか生きられなくなるとかそういう呪いみたいなのがあるのかと思ったら。
就職?それも高待遇?
ちなみに言っとくと、「恋色」は日本最大手の結構相談所で高待遇での入社となれば相当なお金が貰える。
「『恋師』は非常に大きな力です。その力のおかげで、『恋色』はここまで成長しました。その力を持つあなたも、もちろん『恋色』の貴重な力として迎えます。高待遇で。」
やけに高待遇を強調するな…。
てか、つまり「恋色」は先祖代々の力をビジネスに利用して大成功したってことか。
何だかなぁ。
別に、「すごい!私特別な力持ってるんだ!」とかときめいてたわけじゃないけど、今までの突拍子もない話から一気に現実に引き戻された感じだ。
「あまりよく分からないんですけど、そういう力ってビジネスに使っていいんですか?こうもっと隠しとくとかそういう必要は無いんですか?」
私がおそるおそる聞いてみると、おばあちゃんは堂々と言い切った。
「構いません。実際、お恋もこの力でたっぷり儲けたそうですから。」
ご先祖さまもご先祖さまだったか。
無理やり納得すると思い出した。
話があまりに脇道にそれすぎて忘れていたけど、まだまだ分からないことがあったんだった。
「何個か質問していいですか?」
「どうぞ。疑問は全て解消しなさい。」
よし。まず一つ目は、
「『恋師』の力に目覚めたら何でパソコンが出現するんですか?」
パソコンなんてお恋さんの時代には無かっただろうに。それがなぜ現れるのか。
「『恋師』のデジタル化です。」
「恋師のデジタル化」。あまりにパワーワードすぎる。「コロネの中にコーンポタージュ」くらいよく分からない。あれ?意外と美味しそうだな。
「お恋から10代目くらいまでは、幽体離脱に近い状態で対象のカップルを見守れたそうです。しかし、血の薄まった私たちにはそれが出来ない。ですが、パソコンやヘッドフォンを使えば24時間いつでも対象を観察できるというわけです。」
堂々と言ってるけど軽く犯罪じゃなかろうか。
お風呂やトイレの時にうっかり見ちゃったらどうするの…。
すると、私の心を見透かしたようにおばあちゃんは言った。
「だからこそ、『恋師』は女性限定の力なのです。」
説明になってるようでなってない…。
カップルの男の方の風呂とか見ちゃう可能性もあるでしょうが。
まぁ、いちいちつっこんでたら話が進まない。
はい、次の質問。
「『恋師』が恋愛を成就させるのは分かりました。具体的に何をすればいいんですか?」
催眠術的なことで好きにならせたりするのだろうか。だったらそれは嫌だ。
「そうですね…。一概にこれをしなさいと言うことはありません。例えば、この現代でいえば集団で出かけて上手く2人きりにならせたりとか、デートのセッティングをしたりとかですかね。」
いや、もう恋師って何なの。
対象を24時間観察できる力を除けばただの良い人じゃん。
その力も犯罪スレスレだし。
「あ、でも。」
幻滅しかけてる私に気付いたのか、おばあちゃんが付け足した。
「対象のカップル2人の精神状態が分かりますよ。簡単に言えば、心が読めるということです。その読んだ心の状態に合わせて行動することで、より的確なサポートが出来ます。」
それは、面白そうな力かな。
ちょっと見直したぞ、恋師。
「他に質問はありますか?」
いくつか気になることはあったけど、見直しかけてる恋師にまた幻滅したくなかった私は首を横に振った。
「そうですか。」
すると、おばあちゃんは最初の雰囲気に戻って言った。
「では恋華。あなたは恋師として生きていきますか?」
うーん。まぁ、高待遇での就職決まるし有澄が恋してるっていうなら気になるし…。
総合的に見てマイナスではないか。
「はい。そうします。」
こうして、私は先祖代々の力を受け継ぎ「恋師」になった。
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