灼熱の星へ

「うわあ…つ、つかれた」


【太陽系 金星往還船】


はるなはベッドに倒れ込んだ。高級士官用の個室と言えども宇宙船のそれは狭い。カプセルホテルの方がまだ広々としているだろう。あるだけマシと言える空間に身を横たえ、壁際の窓型ディスプレイへ視線を向ける。映っている光景は、宇宙。船外カメラが撮影した光景がリアルタイムで表示されているのだ。

脳内無線機経由でディスプレイを操作。船尾付近のカメラに切り替えさせる。

映し出されたのは、地球だった。もうかなり小さい。しばらくは帰れない。これから一カ月かけてこの船を含む訓練艦隊は金星軌道に乗り、そこでの訓練を行うからだ。

人類製第五世代型神格、総数96名の惑星上戦闘訓練を。

第五世代はカタログスペック上は大気圏内でも亜光速での近接戦闘が可能である。あくまでも理論上は。もし想定通りにいかなかったら大変なことになるから、被害が局限される天体上で、性能の極限を発揮するような訓練は行うしかない。

はるなは考える。

それにしても、九頭竜やテュポンだけなら通常航行でも金星までほんの数分でたどり着くというのに原始的な加減速をしなければならないのはどうにかならないものか。いや、彼らに長期間航行の訓練をするのも目的ではあるが。それに、機材や経験豊富な人材がそろっていなければ事故があった時に救助できないのでどうしても必要ではある。

はるなは、今回の訓練における現場の最高責任者だった。教官を含めて三百の神格と四隻の金星往還船、二百人の人間の面倒を見なければならない。忙しいにも程がある。

ましてや目的地は金星。人類にとっては最も過酷な天体のひとつだ。90気圧の大気。硫酸を多く含み、人体は愚か金属すらたちどころに溶かしてしまう雲の層。500度の地表。現在のテクノロジーならば克服は可能だが、それですら金星に降下した宇宙飛行士が事故死したという話は何例もある。安全に金星表面で活動できる人工物は巨神くらいのものだろう。

万が一事故が発生したら―――それを鑑みれば、気の休まる暇はなくなるだろう。今のうちに休息を取っておくしかない。

第四世代が実用化されたころから金星での訓練は行われるようになった。その司令官は名誉な仕事だが、誰もがやるのを敬遠するのはこんな理由からだった。戦場からは離れていても過酷なのだ。各国の共同で建造された艦隊の運営スタッフは経験豊富なのが唯一の救いである。

はるなは、ひと眠りしようとして。

『お休み中の所申し訳ありません。問題が発生しました』

脳内通信機に流れ込んできたのは、そんなメッセージ。また仕事が増えたのだ。

休息を諦めたはるなは起き上がると、ブリッジに上がる支度を始めた。




―――西暦二〇六五年十月。人類製第五世代型神格が実戦投入される一年半前、初めて金星での軍事訓練が行われるようになってから九年目の出来事。

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