裁きの刻は近い

『それで、私のしたことはやっぱり。訴追されるんでしょうか?』


【オーストラリア メルボルン 先端医療センター 病室】


ノックの音に、麗華ブリュンヒルデは目を覚ました。

カメラでドアの方にと、入室を促す。

『どうぞ』

スピーカーから出力された合成音声は無事、相手に届いたようだった。自動ドアがスライドし、入ってきたのは医師や看護師ではなかった。スーツ姿の見慣れぬ人物がふたりである。そういえばアポがあったのを、今ここに至ってようやく思い出す。

国際刑事裁判所ICC検察官、九尾級"しらぬい"です。こちらは助手のジョッシュ・マクレーン。

お会いできて光栄です。蛭田麗華さん」

『こちらこそ。どうぞおかけください。こんななりでなかったら、握手のひとつも出来るんですけど』

麗華は、自分の身を。医療用ポッドの中に浮かんでいる体はピクリとも動かない。全面が機械で覆い尽くされ、直接は視線が通らない。脳と信号をやり取りする端末のおかげで外の様子はわかるし会話にも支障はないとはいえ。

神格が頭の中から抜き取られた以上、この有様なのは仕方のないことではあった。生きていられるだけでも儲けものだ。ドナデメテルともども。

麗華は、の前でパイプ椅子に座った知性強化動物と黒人男性の組み合わせをじっと見つめていた。

『それで、私のしたことはやっぱり。訴追されるんでしょうか?』

「やはりそこは心配になりますよね。だいじょうぶ。今のところ我々にその意図はありません。今日の聴取はあくまでも、遺伝子戦争以前から現在に至るまでの期間、神々によって行われた人道犯罪を明らかにするため。その一環として、あなたからお話を伺いたいと思ってまいりました。

ご安心ください。脳に機械を埋め込まれ、自由意思を奪われ、記憶を失っていた人の責任を問うことなど誰にもできません」

笑顔、なのだろう。たぶん。柴犬に似た顔をゆがめたしらぬいは、麗華を安心させるように告げた。

『そう、ですか……安心した。というより、これでいいのか。という気持ちになります。覚えているからです。この手でたくさんの人を殺したことを』

「今そのように、貴女が罪の意識に苦しまれていること自体が、神々による行為の結果です。助けになるかどうかはわかりませんが」

『そうですね。たくさんの人が同じことを言ってくれています。けれど、自分自身の身で体験したことなのは事実ですから。時間をかけて付き合っていくしかないのかな。って思います。

それにしても。今の時代には、知性強化動物が検察官をされるんですね。こちらに戻って来て一番驚いたのは、今日かもしれません。失礼かもしれませんけど』

麗華の言に、しらぬいは苦笑。実際、帰還者には驚かれることが多々ある。しらぬいのような知性強化動物が、この役職に就いていることは。

「我々知性強化動物は法務官としての教育を必ず受けます。弁護士も裁判官も出来ますよ。必要とあらば、ですが。我々の力は人類全体の利益のために使われねばなりません。その際に正しい判断をするためです。

まあ、再就職先みたいなものでもあります。私のような旧型は階級ばかり上がって、前線ではあまり役に立ちませんから。現在の戦況だと余ってるんですよ。せっかく、そのための能力も資格もあるのだから、ということで出向しているんです。これからはこちらの分野が人手不足になるのはほぼ確実視されていますしね」

『なるほど……』

「今の戦争は必ず終わります。恐らく数年以内に。向こうの世界でも以前から、神々による戦争犯罪の調査は始まっています。一部はもう裁判が開始されてもいるのです。彼らは人類ではありませんが、人類に対する罪を犯した以上は我々の法で裁くのが適正である、という考えが現在の国際社会では主流です」

『色々、変わったんですね……』

「変わりました。遺伝子戦争を経て、神々と言う外敵を得た人類は一つにまとまりました。人口の七割が失われた世界で必死に生きていくために倫理も進歩しました。そんな中誕生した我々知性強化動物と向き合っていくことで、人類文明は成熟したのです。テクノロジーだけが発達したわけではないのですよ」

言い終えると、しらぬいは居住まいを正した。

「では、そろそろ聴取の方を始めさせていただいても?」

『はい。よろしくお願いします』

そうして、しらぬいによる聴取が始まった。




―――西暦二〇六四年十月。異種知性による人類への犯罪行為に関連する法整備が開始されてから四十年あまりが経過した時期の出来事。

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