おいしいケールの食べ方

「ええ。相火さんと私が結婚すればあなたにはお母さんができるし、相火さんもとられない。いいことずくめ」


【東京都新宿区 都築相火宅近辺のスーパー】


「買い物は好きかい?」

「だいすき!」

尻尾をふりふりしながら相火の問いかけに答えたのは"いずも"である。この狐面にも似た顔を持つ知性強化動物はハーフパンツにTシャツと言うラフな格好で、商品棚の間を進んでいた。カートを押しながら。

去年と変わらぬ内面の幼さと、それに反するように成長した肢体のアンバランスさに相火は苦笑。既に大学レベルの学業を修めつつあるというのにこれだ。姉妹たちと比較すると心と体のバランスが取れていないのでは、と不安にもなる。

スーパーの人の入りはそこそこ。昔ながらのロボットによる管理がいきとどいた古い店舗だ。人間の店員が全てをこなすスーパーは相火が物心つく頃には既に絶滅危惧種となっていた。生花の横を抜ける。野菜類を物色。実のところいずもが家にいる日くらいしか相火は真面目に料理をしない。一人暮らしなのでそんなものである。

「ねーねーケールってなあに」

「外国の野菜だな。日本じゃあんまり食べない奴だよ」

葉野菜をじーっと見つめるいずもに答える。表示を見るとどうやら近郊農家が作っているらしい。マイナーな野菜もだいたいは近場でとれたものが手に入るあたり大都会東京の面目躍如と言ったところか。とはいえ調理法が分からないので迂闊に手を出せない。

と、そこで救いの手が。

「ケールはサラダや炒め物にしたらおいしいですよ」

不意の声に相火が振り返ると、知った顔がいた。

「やあ。"たいほう"。帰ってたのか」

「ええ。やーっと、お休みを貰ったんです」

そこにいたのは"たいほう"。いずもと毛の色や体格以外はそっくりな容貌は見るからに同族。と言うことを思わせる。相火のように慣れていなければ個体識別は不可能に違いない。実際に八咫烏は九頭竜のプロトタイプと言う側面を持つため、外見が似ているのは当然ではあった。

「……だれ?」

一方のいずもは、相火の後ろに隠れながら、突如現れた同族を見上げていた。値踏みしているらしい。

「そういえばいずもは初めてか。"たいほう"。いずもたち九頭竜のお姉さんだよ。

たいほう。この子は"いずも"。僕が面倒見てる子だ」

相火の言葉に、びくっ。と震えるいずもと、わずかにまなじりを吊り上げるたいほう。

対峙する両者の間に奇妙な緊張感が漂う。

やがて均衡は破れた。

「おとーさんとっちゃやだ!」

いずもの言葉に、言われたたいほうよりも相火が目をぱちくり。

「いや、僕は取られたりしないから」

「だって、おとーさんとりそうな顔してるもん」

ぎゅー。っと抱き着くというおまけつきである。もう子供と言うより少女と言った方がいい(両性具有だが)肉付きの知性強化動物が幼子のように強く抱き着いてくると、何やらアブノーマルな雰囲気が漂ってくる。

「たいほう。君も何とか言ってやってくれ」

「ええ」

たいほうはいずものほうに近づくと腰を落とした。視線の高さを揃えたのである。

そこから彼女は、爆弾発言をした。

「ねえ。いずもって言ったかしら。あなた、お母さんが欲しくない?」

「……おかーさん?」

「ええ。相火さんと私が結婚すればあなたにはお母さんができるし、相火さんもとられない。いいことずくめ」

「ほんとう?」

「ええ。もちろん」

そんなやり取りに、相火はあきれ顔だ。

「君は何を言ってるんだ……」

「だあってえ。わたし、もう今年で六歳ですよ?ちゃんと大人になって、世間を見て、考えても気持ちに変わりがないんですもの。

それにいずもは乗り気みたいですし」

確かにたいほうの言う通り、わくわくした目で相火を見上げるいずも。

「おとーさん。いずも、おかーさん欲しい」

「あー…それについてはちょっと話し合おうか」

「話し合い!話し合い!!」

「でもその前に買いものな。な?」

「はあい」

相火といずものそんなやり取りを見て、たいほうはくすっと笑う。

「あー。たいほう。この問題についてはまた後日にしないか」

「いいえ。せっかくだから今日はおうちまでご一緒させてください。結論が出るまでとは言いませんが。

美味しいケールの食べ方、お教えしますよ」

いずもとたいほう。二方面からの攻勢に晒された相火は、白旗を掲げた。

「降参だ。大人になったというのはほんとうらしい。まだまだ子供だと思ってたんだけどなあ」

「そう、作られていますから」

告げると、たいほうは微笑んだ。人間とは異なる笑顔だったが、相火には確かに伝わっていた。




―――西暦二〇六四年。八咫烏級が誕生してから六年、相火と"たいほう"が入籍する年の出来事。

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