神様のこどもたち
「だいじょうぶ!宇宙にお花畑、作れるよ。寒かったら暖かくする!おひさまの風が強すぎたら磁場で柵を作る!水と空気が足りなかったら、小惑星を運んでくる!大人になった"テュポン"はそれができるもの!」
【イタリア共和国カンパニア州ナポリ ナポリ海軍基地】
「わあ。押さない。押さない」
リスカムは押し寄せて来た子供たちにたじたじとなった。基地に帰還したのは久しぶりである。全員が知らない顔だったが、この子供たちが最新型の知性強化動物であることは知っていた。
「知らないおねえちゃんだー」「おねえさんだれー?」「おみやげだー」
日光がたくさん入ってくるサンルームに集まった子供たちの数は十を超える。いずれもやや長い耳を備えた獣相である。キメラに似ているが別の存在だ。テュポン級。人類のテクノロジーが生み出した傑作たちが、集っていたのだった。
とは言え今はまだ、ただの子供に過ぎない。いかに知能が高くとも。
「はいはい。お姉ちゃんはね。リスカムっていうの。あなたたちの名前、教えて?」
一斉に答えようとしてわやわやとなってしまうテュポンたち。仕方なしに今度は、ひとりひとりに聞いていくとようやく聞き取れるようになった。
「はい。よくできました」
リスカムは下げて来た紙袋から中身を取り出すと、中身を取り出した。熊のぬいぐるみ。子供たちのために用意してきたお土産である。
「「くまだー!!」」
狂喜乱舞する子供たちであった。熊は童話の人気者だ。シチリアもクマの王国に征服されたとかなんとか。
全員に手渡した段階で、リスカムは怪訝な顔。クマが一つ余った。子供がひとりいないらしい。どこかと見回すと。
いた。
サンルームの隅のソファですやすやと眠っているテュポンの子供と、そして膝枕をしてやっている銀髪に眼鏡の科学者がいたのである。
ゴールドマンだった。
「やあ。お帰りリスカム」
「ゴールドマンおじさん」
わいわいと走り回る子供たちをかき分けて、リスカムはゴールドマンの隣に座った。更には眠っている子供の傍にぬいぐるみを置いてやる。
「活躍は聞いてるよ。よくぞ神々から空を奪った」
「みんな、頑張ってくれたから」
「君だって頑張った。みんな知っている」
「うん。ゴールドマンおじさんだって」
リスカムは、サンルームで遊んでいる子供たちを見た。この子供たちが大人になったその日、戦争は終わるだろう。それまで持ちこたえることが人類はできるだろう。
その先の未来に、進むことができるだろう。
ゴールドマンは、ゆっくりと子供の頭をソファの上に移した。起こさないように。
作業をやり終え、立ち上がる。
「行っちゃうの?」
「ああ。忙しくてね。君の顔を見ようと待ってただけだ」
「そっか。お疲れ様。ゴールドマンおじさん。体、壊さないでね」
去っていくゴールドマンの後ろ姿を見送り、リスカムは子供の頭を撫でた。
と。そこで。
「ふぇ」
目を覚ます子供。彼女は視線をしばし巡らせると、やがてリスカムに焦点を合わせた。
「おねーさん。誰?」
「リスカムっていうの。あなたは?」
「……ベルナル」
むくり。と身を起こすと、ベルナルと名乗った子供はクマのぬいぐるみを発見した。それを抱き上げると。
「これ、くれるの?」
「うん。大事にしてあげてね」
「わあい。ありがとう!」
ぎゅっとクマを抱きしめるベルナル。はた目にはチョークスリーパーをかけているようにも見える。
「リスカムおねえさんは、どこからきたの?」
「宇宙だよ」
「宇宙!凄い!!」
「大変だけどね。いろいろ」
「お話して!宇宙!」
「そうだなあ。神々の軍勢をやっつけた話がいい?それともお月様で基地を作った話?オービタルリングのパラリンピックでエキシビジョンに出た話とかもあるかな。
あとは―――火星」
「凄いね。色んなところにいったんだ」
「もっと遠くにも行けるよ。まだ行ったことはないけど、今の戦争が終わったら」
「悪い神々を懲らしめるんだよね?」
「そうとも言えるかな。色々複雑だけどね。
ベルナル。あなたは宇宙に行きたい?」
「行く!」
「行ったら何をしたい?」
「えーとね。えーとね。宇宙でお花をたくさん植えるの!奇麗なお花畑を作るんだ。地球はたくさんの人と生き物で埋め尽くされてるけど、宇宙なら空き地の惑星がいっぱいあるもの!」
「空き地かあ。面白い考え方。でも大変だよ?草も生えないくらい過酷な土地だもの」
「だいじょうぶ!寒かったら暖かくする!おひさまの風が強すぎたら磁場で柵を作る!水と空気が足りなかったら、小惑星を運んでくる!大人になった"テュポン"はそれができるって、マルモラーダが言ってた!」
熱弁するベルナルに、リスカムは深く頷いた。文明再建用拡張身体としての神格。その性能の全てを発揮することができる、テュポンの子供に対して。
「そっか。偉いね。もう大人になってた後のこと考えてるんだ」
「えへへー。ほめられちゃった」
再び、リスカムは相手の頭を撫でた。優しく。
それをしばらく続けたあたりで。
「あ。もうこんな時間」
「行っちゃう?」
「うん。仕事が残ってるから」
「また、会える?」
「たぶんね。ありがとうベルナル。貴女のお話、とっても楽しかった」
リスカムは立ち上がると、ベルナルに。そして他の子供たちに手を振った。皆が見送る中、このシカの頭を持つ人類の英雄は、去って行った。
―――西暦二〇六三年。樹海大戦終結の四年前。ベルナルといずもが出会う二年前の出来事。
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