しがみつく駄々っ子

「やだー!」


【イタリア共和国カンパニア州ナポリ ナポリ海軍基地近郊 ナダル邸】


駄々っ子だった。

マルモラーダの足にがっしりとしがみついているのはやや長い耳に獣相を備えた小さな子供。知性強化動物である。生まれて一カ月が経とうというテュポンの子供が、帰ろうとするマルモラーダの足をホールドしているのだった。

「もう。何が嫌なの?あんなに楽しみにしてたじゃない。お泊り」

「マルモラーダといっしょじゃなきゃやだー!」

「あーそういう……」

マルモラーダは苦笑した。前にあるのはやや込み入った街路に面したごく普通の民家である。

今足にしがみついているテュポン。個体名"ベルナル"の里親に選ばれた人物の実家である。保護者として選定されたのはかなり前で、この二週間は毎日のように基地の施設に通ってはベルナルと一緒に遊んだりして共に時間を過ごして来た。今日という日が来るのを当人は楽しみにしていたはずなのだが。

マルモラーダが視線を下ろすと、やはり苦笑した中年の男性。名前が確かラファエル・ナダルとか言った気がする。今の戦争が始まる場に居合わせ、最初期から特殊部隊を率いて過酷な任務の数々をこなしてきたベテランだという。史上初めて向こうの世界から人間を救出したというから筋金入りだ。

「ほーら。"おとうさん"がまってるよ」

「一緒がいいもん……」

離れる様子はない。この辺は星を砕く超生命体といえども人間の子供と大差なかった。

「しょうがないなあ。いいですか?」

「もちろん」

ナダルの諒解を得て、よっこいしょ。とベルナルを抱き上げる。家に一緒に入る。おしゃれな内装が目に入る。知性強化動物の保護者に選ばれる際、きちんとした家庭生活を送っているかも審査の対象となる。後は身元。研究者だったり軍人だったりという場合が多い。最初期はその辺かなり適当だったらしいが現代ではそうだ。まあ手探りだった遺伝子戦争直後と比較するのは酷であろう。

中ではナダルの家族が待っており、歓迎の準備をしていた。

「わあ…」

さっきまでの駄々はどこへ行ったのやら。ベルナルは目を輝かせると、家の中をきょろきょろ見回し始めた。

「ほら。いっておいで」

「いく!」

とてとて。と歩いていった幼子が受け入れられているのを見送り、マルモラーダは静かに外へと出た。ナダルに頷く。扉が閉められる。きっとベルナルはよい時間を過ごすだろう。

出て来た通りに視線を巡らせる。ごく普通の様子。そのように見えるが、よくよく見れば動きがただ者ではない男女が数名。警察軍カラビニエリの専任チームだ。知性強化動物の子供の警護については四十年もの実績を持つ。まあ、彼らも含めてナポリの風景の一部だというならばこれも普通、なのだろう。何しろここは知性強化動物の街でもあるのだから。

マルモラーダは後を彼らに任せると、帰路についた。




―――西暦二〇六三年。最初の知性強化動物が人間の家庭に受け入れられてから四十三年が経った日の出来事。

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