永久の解決

「随分と寂しくなったものだ」


樹海の惑星グ=ラス空中都市"ソ" テザーステーション】


神王ソ・ウルナは天を見上げた。

そこに広がるのは暗黒の宇宙空間。大気の揺らぎがほとんど存在せぬため、星も瞬かぬ高空である。

装甲宇宙服を身に着けた彼の足元に広がるのは巨大な建造物の外部構造。それは視界の隅で途方もなく巨大な塔に繋がり、それは遥か上方にまで伸びている。それは空中都市を支えるテザーであり、静止衛星軌道上にぶら下げられた巨大な小惑星に引っ張られて安定しているのだった。

ここは、空中都市を空中都市たらしめる中継ステーションなのだ。

かつてはここからは行き交う無数の宇宙船の姿を見ることができた。このステーションに到着した船から人や物資が行き来し、テザーを伝って空中都市まで上下する鉄道を使って大気圏内まで降りることもできた。今は違う。その運行は最小限となり、星の海を渡る船の姿はなくなった。短距離の航行能力しかもたぬ警備艇や作業船が係留されているだけだ。

全ては、航路が閉ざされたから。

南へと目をやる。そろそろ見えるはずだ。

信じがたいほどに巨大な翼をもつ、漆黒の物体がちょうど。真上に近づきつつあるところだった。

人類製神格。巡航艦タイプの最新兵器であるそいつは、軌道上を占拠し地上に対して各種支援を行っている強力な人造生命だ。見てはっきりわかるほどに近くを飛翔するそいつに対して行われる攻撃はない。破滅をもたらすだけだと皆が知っているからだ。人類製神格は都市に対する致命的攻撃を行わない。人類がその決定を下さない限りは。あるいは、反撃。

人類は己の目的に対して忠実だ。この惑星に囚われた同胞の救助とそして、神々の無害化を優先する。そのためならば交渉もする。虐殺もする。強大な武力を背景とした手法はほんの半世紀前まで核融合炉すら持っていなかった種族と思えぬほどに洗練されていた。そして、それですら慈悲深い。神々が、遺伝子戦争でした行いを思えば。

人類によって神々の宇宙艦隊が壊滅させられてからもう半年近くが経つ。制宙権は完全に奪われた。神々の工業基盤の多くは宇宙に存在する。地上を人類の放牧場とするために時間をかけて移された結果だったが、今や宇宙から地上へ物資を運ぶルートは閉ざされてしまった。地上に取り残された神々の軍勢は疲弊しつつあり、そして宇宙に住まう神々はそれを見ていることしかできぬ。人類は月の向こう側、深宇宙にまで進出してくる様子は今のところはない。出てくれば虐殺にしかならないだろう。まだ神々は宇宙兵器からなる軍勢を保有しているが、宇宙都市を守り切れるほどではない。

人類は恐らく待っていた。神々が疲弊するのを。自らの進歩を。あるいはその両方を。

高度知能機械の試算では、後数年も経たぬうちに次の技術革新が起きる。前の技術革新の結果は地上を蹂躙していった人類製第四世代型神格の軍勢であり、頭上を横切っていく巨大な人類製神格もそのひとつだ。地上の戦線は大幅に後退し宇宙戦力はほぼ消滅した。今は小康状態と言ったところだが、次が起きれば、もう神々は耐えられないだろう。

ソ・ウルナに出来ることは、その日を待つまで神々を生き延びさせることだけだった。先延ばしにすることすらできぬのだ。

先代の言葉を思い出す。問題を永久に解決することなど、まつりごとにおいては滅多にないと。

祈るしかなかった。人類が、神々という問題を永久に解決できる稀有な機会に飛びつくことがないようにと。

人類製神格が飛び去って行くのを認め、ソ・ウルナと同じように装甲宇宙服に身を包んだ秘書の眷属が、行動を促した。

「陛下」

「うむ」

ソ・ウルナは頷く。この場所で働く者たちの様子を視察し、労わねばならぬ。この、装甲宇宙服で身を守らねばならぬ、危険な宇宙ゴミデブリが飛び交うステーション外壁で。

一歩を踏み出す。足裏の機能が発揮され、分子間力によって床と吸着する。周囲に視線を巡らせる。

神王は、視察を開始した。




―――西暦二〇六三年四月。初の人類製第五世代型神格が誕生して一か月。樹海大戦終結の四年前の出来事。

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