ナインヘッド

「"九頭竜ナインヘッド"。それが今、僕らが研究しているものの名前だよ」


【日本国埼玉県 防衛医科大学校】


「やあ。起きてたんだ」

「相火さん」

テレビを見ていたたいほうは振り返った。病室の扉を開き、顔をのぞかせていたのはよく知った顔。相火である。手には何やら果物の入った袋をぶら下げている。見舞いだろう。

荷物を机に置くと、よっこいしょ。と腰かける相火。スーツ姿である。東京から埼玉までわざわざやってきたらしい。まあ電車でそれほど時間はかからないが。

「聞いたよ。怪我したって」

「はい。脳が半分潰れていたって。もう再生しましたけど、検査が大変で」

「そりゃそうだ。八咫烏でそこまでダメージを受けたのは初めてだからな。後で想像もしていなかった後遺症が出たら困る」

持ってきた袋の中から、相火はリンゴを取り出した。果物ナイフを抜くと皮むきを開始する。しばしの無言。

相火の言葉には口に出されなかった続きがある。生きている中で、たいほうより重症な八咫烏はいない。という。すなわち亡くなった者もいるのだ。

宇宙兵器の火力は想像を絶する。既存の神格の中で最強の防御力を持つ八咫烏ですら、生き残るのは難しいのだった。もし秒速三百キロメートルの対艦ミサイルが惑星に直接撃ち込まれれば、都市が吹き飛ぶ程度では済まないだろう。

ふたりは、つけっぱなしのテレビを見た。ちょうどニュースで先の艦隊決戦を扱っている。戦いの画像。専門家の解説。艦隊の総司令官のコメント。死者や負傷者。

そして、勝利。

たいほうは、小さく呟いた。

「これで、戦争は終わるんでしょうか」

「終わるだろう。すぐじゃなくてもね。神々は宇宙戦力の大部分を喪失した。再建するのは容易じゃあないし、それまでの間制宙権は人類のものだ。そして、できたとしてもその頃にはもう手遅れになっている。第五世代が実戦投入されているだろうから。僕たちがそこまで持って行く。断言するよ。第五世代ひとりで、神々の全戦力を破壊し尽くせる」

「……できますか?」

「できる。神々が裏で第五世代を作っていたとか言うなら別だけども。ほぼ光速で動き回り、秒速三百キロメートルの航宙対艦ミサイルに無傷で耐え、一撃で直径二百キロメートルの小天体を破壊できる生物に勝つ方法があったら僕が聞きたい」

「―――そこまで?」

「まあ理論値だけどね。作っていてなんだが、馬鹿げた性能だよ。ようやく目途がついた。早ければ来年には生まれるだろう。欧州連合EUの"テュポン"とどっちが先かな」

「その子たちが生まれたら、私はお払い箱ですね」

「心配することはない。どんなに強くてもひとりでは生きていけないのは第五世代も同じだよ。君が生まれたからと言って、第三世代以前の知性強化動物の存在が無意味になったわけではなかったように。

だいたいそれを言い出したら僕みたいなだって居場所がなくなる」

「はい」

剥き終わったリンゴをたいほうに手渡すと、相火は立ち上がる。

「さ。これから職場に戻らないと。来年に向けて忙しくてね」

「無茶はなさらないでくださいね」

「ははっ。大丈夫だ。君たちの苦労と比べたら大したことなんてないよ」

踵を返し、出て行こうとする相火。そこへ。

「そうだ。相火さん」

「なんだい?」

「研究してる第五世代。名前はあるんですか?」

「そうだな。うちは"九頭竜くずりゅう"って呼んでる。共同で研究してるアメリカのチームに言わせると"九頭竜ナインヘッド"だ。まんまの英訳だよ」

告げると、相火は今度こそ去って行った。

それを見送ったたいほうは、リンゴを口に運んだ。




―――西暦二〇六二年。人類製第五世代型神格が誕生する前年、国連軍が艦隊決戦を制してから十日あまり経った日の出来事。

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