極光は死の徴

「オーロラ、とっても奇麗。です」


【樹海の惑星南半球南極圏 神格支援型航空母艦"ニミッツ"CIC】


「―――うん?うわっ!?」

凄まじい雑音に、オペレータはヘッドセットを無理やり外した。通信にノイズが走ることは珍しくないが、ここまでの威力のものは珍しい。

「どうした?」

「はい。空電のようです。……なんだ?」

艦長の問いかけに答えようとして疑問符を浮かべるオペレータ。彼だけではない。CIC。いや、艦の各所で似たような困惑が広がっている。

「レーダー1基が停止。過電流の模様」「通信がノイズまみれです」「こちら後部監視。オーロラを観測しました」

「電子攻撃か?原因の究明を急げ。対抗措置の準備を」

「確認します。二十秒ください。―――太陽嵐のようです」

「分かった。機能回復に務めろ。監視を強化。

僚艦とのレーザー通信は?」

「問題ありません。繋がっています」

息をついた艦長は、椅子に深くもたれかかった。現状頼りになるのは近距離で機能するレーザー通信のみ。恒星の活動の活発化の結果である強力な太陽嵐は、莫大な荷電粒子を高速でばらまく。惑星に到達したそれは電気的システムに莫大な被害を及ぼすのだった。現代の軍事兵器は基本的に対策済みだが、機器が受けるダメージの局限はできても電波通信やレーダーが干渉を受けるのは避けられない。この状況では巨神の中性微子ニュートリノ通信も擾乱される。中性微子ニュートリノの自然界における主な放射源は恒星だからだ。

艦長は傍らの艦隊司令官に振り返ると、口を開いた。

「厄介ですな。自然の猛威は。我々は情報的に孤立しました。他の艦隊や基地も同様のはず。念のため、偵察を出しましょう」

「ええ。それと戦闘の準備を。これが自然現象なら、敵も同様の目に遭っているだろうけれど。希望的観測は危険よ」

「神々は来るでしょうか」

「相手が相手だもの。何をしでかすか分からないわ」

「了解しました。全艦第一種戦闘態勢」

命令は、すぐさま実行された。


  ◇


翠の極光オーロラに照らされた夜の氷海を白銀の巨体が行く。

途轍もなく巨大な羽を震わせ、頭部には複眼。メカニカルな外骨格構造を備えた昆虫のごとき一万トンの存在の名を"蠅の王ベルゼブブ"と言った。

蠅の王は一体ではなかった。同じ姿の個体がもうひとつ。空を並走していたのである。大気中での高速度は群を抜くこの神格についてこれる機種は他にないからだった。

現状最速の航空戦型神格は、激しい太陽フレアの影響下で言葉を交わしていた。レーザーを用いた通信によって。

「はやしも。どう思う?」

「オーロラ奇麗、です」

「いやそうじゃなくて」

「"はつしも"は不安、です?」

「うんまあ。敵の攻撃かもしれないし。これ」

天空を横切る不可思議な帯がいわゆるオーロラである。それは地磁気に沿って降下してきた太陽風に叩かれた大気が発光する自然現象だ。性質上、地磁気の両極を囲む円周上で発生するのが常だった。あるいは、強力な電磁波兵器。大出力レーダーやビーム火器などが用いられた場合にも。巨大なエネルギーがあれば発生しうるのだった。ふたりは南極点を挟んだ門の反対側。南極圏を取り囲むオーロラの発生地帯にいるのだった。

これが自然現象ならばよいのだが。もしそうなら敵も大混乱で攻撃してくる余裕などないからだ。だがそうでないなら。

だから、"はつしも"。そう呼ばれた蠅の王の懸念も分からないではない。そもそも現状を把握するためにふたりは飛んでいるのだから。

「もうすぐ味方の小艦隊が見えてくるはず。見つけたらすぐ速度落として情報交換だ」

「分かってる、です」

二人の速度は音速の十倍にも及ぶ。気を付けないとあっという間に目標地点を通り過ぎてしまうだろう。

減速を開始した矢先のことだった。前方に噴煙が見えたのは。

「―――!」

戦闘態勢を取った両名は高度を上げた。相変わらず電磁波はノイズが凄まじい。目視で戦況確認。

目に入ったのは、神像。赤。金。黒。白。青。形も色も様々な一万トンの物体が多数、光学観測で確認されたのである。百を超え、二百はいるだろう眷属群だった。そして、神々の軍勢を押しとどめようとする数体の人類製神格及び、海上でダメージを負い、対空火器で防戦中のフリゲート艦の姿。

「―――はつしもは戻って、です」

「私は、ってじゃあはやしもはどうするの!?」

「助けなきゃ、です。お仕事は偵察、です。どっちかは戻って知らせないと、です」

「―――分かった。死なないでよ!」

圧縮されたごく短いやり取りの後、蠅の王の一方はUターン。引き返していく。無線が使えない現状、長距離での情報伝達は伝令を使うより他はない。母艦の戦力が駆け付けてくれれば、この場は持ちこたえられるだろう。それまであの小艦隊が保てばの話だが。

戻っていく姉妹を見送りながら、はやしもは前方にも視線を向けた。自分を作った人々は、蠅の王ベルゼブブは不死だと請け負ってくれた。どれほど砕かれようとも再生できると。

だが、戦略級神格は別だ。巨神自体が丸ごと蒸発させられれば蠅の王と言えども死ぬ。そして敵の数からすれば、そこに含まれているのはほぼ確実とみて間違いない。

怖い。心底そう思う。人間と同様の肉体構造だったら震えが来ていたかもしれない。

それでも、やるしかないのだ。

前方の友軍に救援を通告したはやしもは、槍をた。

増速。プールしている熱量を運動エネルギーに変換。電磁流体制御出力最大。分子運動制御でさらに大気整流を行う。

蠅の王ベルゼブブの速度は、音速の六十倍にも達した。

ごく短い時間ですべての準備を終えたはやしもは、敵勢へと切り込んだ。




―――西暦二〇六二年三月。蠅の王が初めて実戦投入された年、人類製第五世代型神格誕生の前年の出来事。

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