到達不能極ふたたび
「―――開いた」
【南半球
それは、巨大な機械だった。
海面に浮かんでいるのは何キロメートルもあるメガフロート。すなわち海上浮遊構造物である。核融合炉と直結され、そのエネルギーを無尽蔵に吸い上げることで動く装置は、今まさに稼働を開始しようとしていたのである。太陽の光が照り付けている場所は、国連が設定した実験海域だ。
その光景をテレメータや直接観測などで確認している管制室は、地球近傍。オービタルリング上にあった。宇宙施設にしては広大な空間で、多数の研究者が端末と向き合いそれぞれの仕事をしている。
そんな中で、燈火は呟いた。
「前は三十五年かかった。今度は九年。人類の力を思い知ります」
それは、門だった。人類がその力の総力を結集して再現した、神々のものと寸分たがわぬ性能を発揮する高度機械なのだ。
燈火の言葉を聞いていた科学者たち。その責任者のひとりであるジョン・タイソン博士は、深く頷いた。
「人類は強くなりましたよ。この半世紀近い歳月で。あなたがもたらしたテクノロジーを完璧に扱える水準になった。
こいつが開けば、あなたが最初に開いた門をようやく休ませてやれます。9年も騙しだまし動かしてますからね。やっとオーバーホールに取り掛かれる」
「思えば無茶をさせてます。元々あれは、実験用の門だっていうのに」
新たな門をここに開く理由はシンプルだ。燈火が開いた門は老朽化が著しく、早急なメンテナンスが必要だった。それまでも最低限の整備維持はされてきたにせよ、元々は実験用の門を改造した代物である。その代替も兼ねているのだ。
スタッフが最後のチェックに忙殺されている中。ふたりは、これから展開するであろう門を注視する。
やがて。
「開始します」
起動スイッチが、通信回線を通じて入れられた。
粒子が加速される。ぶつかり合ったそれらが巨大なエネルギーを生じる。ワームホールが沸き上がる。その接合先が固定される。
門の前方に変化が生じる。それははじめ海上すれすれに生じたごく小さな翠の光。されどたちまちのうちに拡大し、強烈な発光となり、そして。
不意に、光が収束。一点にまで縮んだかと思えば愚痴の瞬間、急速に拡大していくではないか。それも、今までのような荒れ狂い方ではない。安定した、静かな展開。
それはたちまちのうちに、直径一キロメートルを超えてなお拡大していく。
最終的にそれは、海面に対して垂直に。直径四千メートルにまで広がって、止まった。
向こう側の光景が見える。陽光にきらめくこちら側とは対照的な闇に包まれた海面。そこに幾つもの艦艇の姿が見えている。あちら側で門の開通を待っていた国連軍の艦隊だ。
「―――開いた」
それは、歴史的な瞬間だった。手にしていなかった最後のテクノロジー。すなわち門の開閉技術を、人類が実用化したことを示していたから。
完璧な成功だった。
誰からともなしに、拍手が起こった。それは、門の向こうに位置する艦隊からの通信が入ってくるまでのわずかな時間、ずっと管制室で響いていた。
―――西暦二〇六一年。人類が完全に新造した門を開いた年の出来事。
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