暴風雪のヴェール

「なんてこった。こりゃあ自然の吹雪じゃあないぞ!」


樹海の惑星グ=ラス南半球 フガク市東南東】


凄まじい暴風雪であった。

季節外れのそれが荒れ狂うさまは、まるで世界の全てが白一色に塗りつぶされてしまったかのよう。本来この地域ではこれほどの気象災害に見舞われることはない。という事実を、パトロール中の国連軍兵士たちは知っていた。

「どうなってんだ!」

「こりゃあ自然の気象じゃあないぞ!」

雪上用のキャタピラを取り付けた高機動車で、兵士たちは怒鳴り合う。先ほどから鳴り響く暴風で、こうでもしないと聞こえないのだ。車両が現在進んでいる道も分からなくなりつつある。遭難する前に帰投したほうが良い。

「自然じゃあないって、じゃあまた神々がやらかしてんのか!」

「たぶんな!こりゃ車両も航空機も無理だぞ。連中またぞろ神格を繰り出してくるんじゃないか!」

「最悪だな!とりあえず戻ろう、司令部に―――」

言いかけた運転手は、ブレーキを踏んだ。急激に停止していく車体。

「どうした!」

「周りを見ろ。何だこの音は…!」

言われたもう一人の兵士は、周囲を見回した。二度三度と繰り返した彼はまずいものを見つけたのである。

地面。いや、凍結した川面に走りつつある、ひび割れの様子を。

「いつの間にか河の上に出てる!引き返せ、水没するぞ!」

「くそ!」

ギアをバックにチェンジ。アクセルを思い切り踏み込む。車両が急に後退するのと、水面が砕けるのは同時。

「―――!危なかった……」

「気付かなかったぞ!いつの間に氷の上を走ってたのやら。やっぱりこいつは尋常じゃない。この寒さが続けば、その内戦車だろうが走れるくらいに氷が分厚くなるぞ!恐らく数日中には」

「だろうな!上にご注進したほうがよさそうだ。敵は凍らせた河を渡って攻撃してくるつもりかもしれん!」

九死に一生を得たパトロール部隊は、司令部へと連絡しつつ帰路に就いた。


  ◇


亡霊のような影が、風雪の向こうで揺らめいていた。

ひとつではない。幾つも幾つも。高性能な巨神のセンサーを通じて確認できるそれらは、暴風雪を隠れ蓑とした神々の眷属ども。

初の実戦を前に、アミアータは怖い。そう思った。自らの拡張身体の内部で、手をぎゅっと握る。その中にある純金の指輪。ナポリの基地で二歳を過ぎたすべての知性強化動物が持っている、炎の女神生ける伝説から授けられたお守りを。

そうだ。自分たちは、二人がかりでならあのペレにすら勝利できる。神格二十四柱と互角と言われた炎の女神に。現時点で人類が作り上げた中では最強の、人造生命体なのだ。大丈夫。こちらは味方の神格もいる。フガク市に駐屯した部隊の掩護がある。都市の北西と東南東へと配置についている機甲部隊も敵を阻止するのに十分な戦力だ。勝てる。

アミアータはそう、信じた。

『まだだ。ギリギリまで引きつけろ。接近戦用意』

司令部から通信。

防備についている味方神格群は接近戦の構えだ。暴風雪でレーザーや火球の威力は著しく低下するし、センサー性能も平時と比べるべくもない。そして市街地が間近だ。その都市機能には高い利用価値があるし、人類の支配下に落ちたあとも取り残され、居住している神々も多い。被害を与えるのは望ましくなかった。敵もそれを意図しているのだろう。接近戦に持ち込むために、気象制御型神格を束にして暴風雪を起こしたに違いない。幅何十キロもある河川を凍てつかせるほどの大寒波を。こちらの気象制御型神格の数は少ない。数の暴力で押し切られてしまったが、しかし問題はない。何と言っても、一万トンの質量を備えた勇壮なる獣神像の数々が、配置についているのだから。アミアータの横に並んでいるのは黄金に輝き棍を構える"斉天大聖"ら。グレーの豹獣人姿の"コシチェイ"は大鎌を構え甲冑で身を守った姿で後列にいるし、ナックル歩行の姿勢を取った"スティールコング"たちはいつでも飛び出せそうな構えだ。

永遠にも思えるほどの時間が経った頃。敵勢の全貌が、露わとなった。

赤。黒。緑。白。仮面をつけ羽衣をまとった仙女。甲冑で身を守った武神像。巨大な翼を備える天使像。煽情的な衣で身を飾る女神像。色も形も様々な、ビルディングの巨体を備える眷属群が隊列を組み、こちらに接近していたのである。

『―――備えろ』

司令部よりの通信に、アミアータは最後の点検を行った。周囲の味方との位置関係。自らの体調。敵の配置。武装。そういったものを。

『―――攻撃を開始せよ!』

張り詰めていた緊張の糸が切れたその瞬間。国連軍神格部隊の攻撃が、開始された。




―――西暦二〇六〇年。キメラ級が初めて実戦投入された日の出来事。

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