空と陸の戦い

「車長。何か見えますか」


樹海の惑星グ=ラス南半球 森林地帯】


「いや。透明な葉っぱが空を覆い尽くしてるくらいしかわからんな。ああ、あと天気はいい」

アンディ・コリンズは、戦車のハッチから顔を出した新兵に答えた。彼の言う通り上には見るべきものはない。少なくとも今のところは。一方で地面に目を向ければ、彼の属する部隊の戦車が複数と、そしてこの惑星土着の巨大な樹木が複数見て取れる。

「最初この透明な葉っぱは不安だったんです。上から丸見えになるんじゃないかって」

「講習は受けなかったのか」

「受けました。こいつが電磁波を散乱させるから、機械に対しては特に探知される危険が低いと」

新兵の返答に、アンディは深く頷いた。何年もこの惑星で戦ってきた歴戦の戦車長にとって、植物の性質は戦車兵必須の知識だと断言できる。

「正解だ。そして電磁波だけじゃなく、赤外線。紫外線。光なんかも無茶苦茶に乱反射するからまあ、上から目視だろうがセンサーだろうが発見するのは無理だ。これが例えば地球の森じゃあ都合よくはいかない。遺伝子戦争以前の技術でも、衛星からのレーダー波で地面の形状が丸見えになるからな」

「戦前ってもう半世紀近くも前ですか。へえ。そんな昔に、そこまでできたんですねえ」

「人工衛星で戦争の形が変わるまで行ってたらしいからな。だが今じゃあテクノロジーの進歩で衛星を撃ち落とすなんざ造作もない。馬鹿みたいに高価な宇宙戦艦をいつまでも同じ場所に張り付けとくわけにはいかん。結果として、戦争の形態は湾岸戦争以前に逆戻りしたってわけだ。部分的にはだがな。遺伝子戦争でも、神々が人類相手に苦戦したのはそういう環境の違いが大きいって話だ」

「もう歴史ですねえ」

ミサイルで敵の防空能力を奪い、空爆で、そして陸上部隊をぶつける。というのは現代でも通じる陸戦の基本である。高度技術のせめぎ合いは、戦術を古典的な領域に留めたままとした。

数年前のカルカラ市攻防戦を思い出す。あの時は酷い目にあった。それでも結局のところ敵は、防空網の中核をなすユグドラシルを破壊できなかった。危ないところはあったにせよ。戦車兵にとって最も恐ろしい敵は空からやってくるが、人類は空での戦いではずっと優位を保ってきた。

今も。

低空を高速で飛翔していく物体に、樹冠が大きく揺れた。味方勢力圏から飛来したそれは単独ではない。一拍遅れてまたひとつ。もうひとつ。最後のひとつが通り過ぎる際、揺れた枝葉の隙間から一瞬、その姿が見て取れた。

全体としては三角形のシルエット。巨大なライフルと盾を構え、本体に匹敵する長さの尾翼を伸ばし、複雑で直線的な機械を組み合わせたような航空機的な姿の、鉄色をした巨人が飛び去って行ったのだ。

"サンダーバード"。実戦投入可能な年齢に達した中では最新鋭の人類製神格が、先陣を切って行ったのだ。

それを認めたアンディは、命令を下した。

「乗車だ!作戦が始まるぞ。気合を入れろ!」

彼の属する戦車部隊が前進を開始したのは、すぐあとのことだった。




―――西暦二〇五九年二月。サンダーバード級が実戦投入された月、惑星を縦断した子供たちに一人の戦車兵が命を救われてから五年目に起きた出来事。

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