世界の見え方は言語次第

「第三世代以降の知性強化動物は人間より複雑な構文を扱える。だから、それに相応しい言語が必要だ」


【イタリア共和国カンパニア州ナポリ ナポリ海軍基地 知性強化動物棟】


わいわいがやがやしていた。

日当たりのいい吹き抜けのサンルーム。知性強化動物の子供たちが集うこの空間は、施設の居住空間の中では最も広いスペースのひとつだ。冬の今の時期板張りの上に絨毯が敷かれた心地よい遊び場では、白い毛に長い耳と尾を備えた子供たちが何人も、ごろごろしていた。

いや。よく見れば一名だけ子供ではない者がいる。特徴はよく似ているが、明らかに大人なのである。

「お姉ちゃん遊んでー」「あそんでー」

「はいはい。重いから体を昇らないの」

マルモラーダは、体を登ってくる妹たちを引き剥がしながら言った。実際は重いというほどではなかったが、あまり力を使いたくなかった。巨神を扱えないマルモラーダはそのパワー供給も受けられないからである。怪力を発揮すればあっという間にガス欠になるだろう。マルモラーダ自身の不具合は今のところ修正不能という結論が出ている。成長期に修正できなかったためだ。技術が進歩した十年後、二十年後ならわからないが。そのころにはマルモラーダは旧式化しているだろう。今の戦争も終わっているかもしれない。マルモラーダより後に生まれた不具合を持つ子供たちは修正が間に合ったのが救いである。

今の仕事はだから、子守とそしてゴールドマンの助手だった。

「お疲れ様。調子はどうだい」

振り返ると、眼鏡をかけ、カジュアルな服装をした初老の男の姿。

「あ。ゴールドマンおじいちゃん。元気すぎて困るんだけどこの子たち」

「子供はそんなもんだ。僕も昔の体力があれば付き合ってやれたんだがな」

よっこいしょ。とあぐらをかいたゴールドマンに、子供たちは駆け寄ってくる。こうしてみるとただの気のいいお爺さんに見えたが、実際の所人類屈指の頭脳と知名度を持つ天才科学者のひとり。それも昔は相当な過激派だったらしいというから人間分からない。

「ねえ。ゴールドマンおじいちゃん」

「なんだい」

「どうして時々、私にこの子たちの相手をさせるの?」

「嫌かい」

「嫌じゃあないけど。人間の保育士さんでいいじゃない」

「大半の時間は実際保育士がやってるけどね。そういえば理由を話してなかったか。言語だよ」

「言語?」

「そうだ。第三世代以降の知性強化動物は人間より複雑な構文を扱える。これは知ってるな?」

「うん。まあ。人間相手に使ったら変な顔されるよね」

「そのままじゃあ理解できないからな。僕らがそれを理解しようと思えば記録して、数学の方程式を解くように分解していく必要がある」

「フォレッティのお姉さんたちがおしゃべりに使ってるのを覚えただけなんだけど」

「あれは第三世代同士が会話していくうちに自然発生的に作り上げた言語だ。初期の第三世代が作った各国の言語が統合されて、今じゃあひとつに統一されたものの各国版があるような感じか。イタリア語。日本語。英語。ドイツ語。ロシア語。様々なバージョンがある。これ専門の研究者もいるくらいだよ。オープンソースのソフトウェアみたいなもんだな」

「知らなかった」

「君にここで子供たちの面倒を見てもらっているのは、その言語を教育してもらいたいからだ。フォレッティも出払ってるからな」

「どうして?人間に理解できない言葉を理解させたからって意味あるの?」

「ある。言語は知的活動を規定する。例えば古代ギリシャ人は"青"に相当する語彙を持ってはいなかった。もちろん彼らが青を認識できなかったわけじゃない。他の色と言葉として識別する手段をもっていなかったんだ。だがこれは、青という概念を扱えないことを意味する。今の人類の言語もそれと同じだ。君たちにとっての"青"に相当するような新しい概念が存在しない。それは君たちの知的能力に枷をはめることにつながるんだ。それは望ましくないからね。ネイティブスピーカーに教育してもらいたいと思ったんだよ」

「なるほど。私でも役に立てるね。それなら」

「ま、まずは人間の言語をしっかり身に着けさせてくれると助かる。そこから発展して、より高度な概念を獲得させていけばいい」

「分かったわ。ゴールドマンおじいちゃん」

マルモラーダは、深く頷いた。




―――西暦二〇五九年。第三世代型知性強化動物が誕生してから十五年、第四世代型知性強化動物が実戦投入される前年の出来事。

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