繰り返される出会い

「はやしも。0さい、です……」


【日本国 千代田区 都築家玄関口】


生き物は、告げると、双子の陰に隠れた。

人型をしている。目があり、口があり、子供服を身に着け、全体的なシルエットは幼児と言った具合。しかし色は白銀で、眼球は六角形の集まった黄金の複眼であり、全身がこれまた六角形の鱗のようなもので覆われている。一見切りそろえられた髪の毛に見えるのは、全体がひと固まりになった、やはり六角形の集合体。腰のあたりからは尻尾が伸びているがこれも、やはり六角形の集合体である。よく見ればそれは時折動いた。めくれ上がると、下から昆虫のようなものが顔を出すのである。いや、ような、ではない。実際にそれは昆虫でもあった。無数の羽虫が集合して、このような形態をとっているのだ。

小さな生命の集合体が、まるで人間の子供のように振る舞っているのだった。

それを実現するテクノロジーを、凄い。都築燈火はそう、思った。人類はこのような形態の生命にまで、知性を持たせることが可能になったのだ。最初の知性強化動物を見た兄も、自分と同様に感じたのだろうか。

「こっちにおいで」

声をかける。

彼女―――いや。彼女は、自分よりずっと大きな双子の女性の陰に隠れてじー。とこちらを見ている。その様子は人間そのものだ。

だから燈火は、相手を人間として扱うことにした。

腰を落とす。視線の高さを合わせる。

「こんにちは。僕は燈火。都築燈火。今年で五十二歳になります。よろしくね」

手を差し出す。相手はそれをしばし観察すると、とてとて。と前進。燈火の人差し指をぎゅー。と握った。

青年が感じたのは不思議な感触。硬い小さなプレートが無数に集まっているかのような。しかし人肌のぬくもりがある。

「さ。家におあがり」

言われて、"はやしも"はしばし玄関の段差を観察。靴が隅に並べられているのを見て、自分の足も確認。この段階でようやく、どうすればいいのか理解したか。

座ると、靴を脱いで並べ、よっこいしょ。と立ち上がる。そのまま奥にとてとて。と彼女は進み始めた。と思ったら廊下のコンセントを観察したりしている。気になるらしい。ちょっとした探検と言ったところか。

「あれも知性強化動物でいいのかな。知性強化昆虫、じゃなくて」

「動物で統一してるらしいよ。最初に知性強化植物が生まれた時も、喋るし動き回る以上動物と呼んでも問題ないって言われたとかなんとか」

答えたのは双子の人類側神格の一方、エスス。はやしもを連れ帰ってきたのは彼女とタラニスだ。活動的な彼女らしいカジュアルな服装である。見た目だけならばこの春大学に進学する女子高生と言われても違和感はない。

「なるほどなあ。しかし、群体、か。気をつけなきゃいけないことはあるかな」

「日常生活はだいたい普通の人間とおんなじだって。昆虫が無数にくっつきあってるのが基本構造だけど、他にもいろんな生物の要素が混ぜてあるから。人間みたいな神経の役割を菌類のネットワークがしてたりとか―――あ」

こてん。

そんな音を立ててはやしもが転ぶ。

「大丈夫かい?」

燈火の見ている前で、よっこいしょ。とはやしもは上半身を起こした。ぱらぱら。と数個の六角形が顔から欠けているように見える。まずいのでは?と思う燈火が見ている前で、ぶーんと羽音がしたかと思うと白銀の昆虫が飛び上がった。それははやしもの顔に飛来すると、欠けた部分まで歩きそしてぴたり。と元の位置に収まったではないか。ショックで落っこちた昆虫たちが戻ったのだった。

こうしてみると服の下。関節の構造や筋肉の付き方も人間と異なるようだ。そもそも筋肉と呼べるものがあるのかどうか、専門家ではない燈火にはよくわからなかったが。どうやって栄養や酸素を循環させているのだろう?

大人たちが見守る前で、知性強化動物の幼子は立ち上がると探検を再開した。

「殺虫剤とかは普通に使う分には大丈夫ってきいたけど、心配になってきたな」

「控えたくなりますよね」

今度呟きに答えたのはタラニス。彼女の言に頷き、燈火は立ち上がる。

「彼女は全身が人間の脳のように働いているそうです。人間のよう、とは、人間のように感じて、考えて、行動する。という意味で。その過程であの子の"脳"はどんどん発達していくと聞きました」

「だろうね。凄い技術の進歩だ。あの子にたどり着くまで、どれだけの試行錯誤があったんだろう」

もはや中年に達した不老不死者たちは、過ぎ去った時の流れに想いを馳せた。

などとやっている間に、はやしもが視界から消える。単純に部屋に入ったのである。片付けはしてあるので危険はないだろうが、放置しておくのもよくはないだろう。

そう思った矢先。

どんがらがっしゃーん。

物がひっくり返る音に顔を見合わせた燈火たちは、慌てて部屋へ飛び込んでいった。




―――西暦二〇五八年。知性強化動物が人間の家庭で育つという伝統が始まってから三十八年目の出来事。

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